第10話 乗っ取り
「しかし、こういうチンピラ連中ってどうしてこういう倉庫が好きかね」
グリーソン一家を継いだ連中が根城にしていた倉庫を見渡しながら呟く。
「こういう人たちはパーティのような数人ではなく、数十人単位で集まらなければ戦力にならないのでこういう広い場所が必要になるんだと思います」
シルビアが持っていた男を倉庫の中心に放り投げる。
床に投げられた事で男が呻き声を上げるが興味がない。
「実際に30人近くいたのに全く相手にならなかったわね」
「そうですね」
アイラとメリッサも同じように男たちを投げ捨てる。
倉庫の中心では総勢32名の男たちが蹲っていた。
「こっちも終わった」
「ぐへっ」
最後にイリスがグリーソン一家とは違う男を連れて来る。
これで倉庫にいた人間は全員だ。
「しかし、こんな場所をアジトにするのはどうにかならなかったのか」
具体的に言うと匂いが酷い。
昼間地上げを行っていた男たちを迷宮送りにして聞き出した情報からグリーソン一家を乗っ取った人物がアジトにしている場所を襲撃した。
襲撃そのものは問題なく終わった。
ここは、温泉街として知られるフェルエスでも街の端にある寂れた場所にある倉庫街で昔は多くの人が出入りして賑わっていたのだが、開発によって人が遠退いてしまったせいで寂れてしまったらしい。
そのせいか物乞いのような人が集まって腐臭が漂う事になっていた。
これは硫黄の匂いのせいだけじゃない。
「おい、貴様ら!」
イリスの連れて来た男が声を張り上げる。
男はイリスに拘束された時に割れてしまった眼鏡をして、ヒョロヒョロと体の細い人物だった。どう見ても戦えるような人物ではない。実際に直接戦闘に参加するような事はない。
「なんだ?」
「僕たちにこんな事をしてタダで済むと思っているのか」
男がニヤニヤとした笑みを浮かべる。
なので、その笑みを崩してやる事にする。
「ガルガンド商会が助けてくれると本気で思っているのか?」
「そ、そうだ。俺たちのバックに誰が付いているのか分かっているなら……」
ガルガンド商会は一部では悪名の知られた商会だった。
しかし、今では落ちぶれた商会も同然だった。
「お前が何をしていたのかは分かっている。壊滅したグリーソン一家だったけど、消失したのは構成員だけで組織が持っていた武器や防具は手付かずのままどこかに残されていたらしいな」
それについては俺の落ち度だ。
直接対峙したグリーソン一家の装備から隠し持っていたとしても大したことはないと判断してしまった。
実際には30名分の武器と防具が隠されており、その隠し場所を知っていたガルガンド商会の一人が奪い取ってチンピラたちを雇って彼らに持たせた。
「ガルガンド商会を敵に回すつもりか?」
「そんな事にはならない。奴らが俺たちを狙ってくるなら俺たちの素性についても知っているだろうから割に合わないと判断して向こうの方から引き返して行く事になるだろうさ」
正常な判断ができる奴ならAランクの冒険者で俺みたいに有名な奴と敵対しようとは考えない。
しかし、ガルガンド商会にいる連中の頭のネジが何本か狂っていたなら攻撃して来る可能性はある。
「ま、冒険者の俺たちが悪徳商会とはいえ、一般人に手を出すと後が色々と面倒になる」
だから一般人には手を出さない。
その言葉を聞いてホッとしている連中がいた。
「何を勘違いしている。お前たちは一般人にはカウントしないぞ」
「な、なんでだよ!?」
何でも何も……マグマバードの卵包みを堪能しながら店にいた人と話を聞いてグリーソン一家を名乗る連中が街でしていた事について聞いた。
聞けば聞くほど酷い。
今回のように土地を脅して格安で手に入れると無理矢理家賃を値上げしたり、脅迫紛いの事をして金をせびったり、時には店の備品を壊して営業ができないように妨害もしていた。
そんな事をされ続けていればフェルエスが行き着くのは営業停止だ。
「目的は後で聞くとして、お前たちは街にとっては害悪にしかならない存在なんだよ」
店員さんもグリーソン一家の事をどこから来たのか分からない相手と言っていた。
さすがに大通りで営業をしている人がスラムにいる人の顔まで知っているとは思えないが、街の住人で一度も見た事がないというならある程度は信用できる。
こいつらは余所者だ。遠慮する必要もない。
「俺たちを警備隊に突き出すつもりか?」
「それでも構わないんだけど、お前たちみたいな安い連中を突き出しても大した報酬を貰えないんだよな」
こいつらがしていた事は恐喝に器物破損。
懸賞金が懸けられる凶悪犯と比べれば木端もいいところだ。
「というわけで俺たちなりの方法で利用させてもらうことにした」
「……何をさせるつもりだ」
床に倒れた男が倒れたまま俺から離れて行く。
「お前たち、サバイバルは得意か?」
「サバイバル……? これでも金がない時は森に生えている薬草なんかを食って飢えを凌いでいたからある程度は得意だけど……」
「じゃあ、大丈夫そうだな」
俺以外の4人が自分の連れて来た男に触れて迷宮へ転移する。
行き先は、迷宮の45階。密林フィールドだ。
「召喚」
4人が戻って来る。
傍には触れていた男たちは誰もいない。
がらんと人がいなくなった倉庫。
最後にガルガンド商会所属の男だけが残った。
「あ、あいつらをどこにやったんだ!」
「教える必要性を感じないな」
彼らには迷宮でサバイバルを頑張ってもらおう。
密林フィールドには植物が豊富にあり、湖もあるのでサバイバル能力さえあれば生き残るのも難しくない。運が良ければAランク冒険者の誰かが立ち寄る事があるかもしれないが、魔物に見張られた状態でいつまで生き残る事ができるのか。
あんなチンピラでも少量ながら魔力を持っている。
『ごちそうさまです』
生き延びて少しでも多くの魔力を与えてもらおう。
「さて、これで俺たちに逆らうとどういう目に遭うのか分かったかな?」
男がガタガタと体を震わせる。
何も事情を知らない者から見れば急に仲間がいなくなったようにしか見えないだろう。しかもどこに連れて行かれたのか全く分からない。
そんな場所に自分も連れて行かれるかもしれないと思えば震えられてしまうのも仕方ない。
「僕に何をさせるつもりだ?」
「お前にはチンピラを雇ってガルガンド商会が悪事を働いていた事を喋ってもらう」
直接動いていた男たちではガルガンド商会との繋がりが全くないせいで罪を問う事はできてもガルガンド商会の責を問う事ができなかった。
「そんな事をすれば僕は……!」
「当然警備隊に捕まる。たとえ何らかの方法で出る事が出来たとしても今度はガルガンド商会から命を狙われるような立場になるだろうな」
今後の事を思って男の顔が青褪める。
こいつがガルガンド商会所属だという証拠は掴んでいるので逃げられたとしても問題ない。
「お前はもう詰んでいるんだ。自分の身の安全を優先するなら牢獄で大人しく余生を過ごす事を勧めるぞ」
その後、倉庫内にあった様々な証拠を突き付けるとあっさりと観念して投獄される事を選んだ。
「クソッ……商会の連中がフェルエスの土地になんかに目を付けなければこんな事にはならなかったのに」
どうやらフェルエスの土地を格安で手に入れる為に一旦価値を下げる為に嫌がらせをして価値を下げていたらしい。
そんな事をしても温泉という手段があっても価値の下がったフェルエスの人気を再び向上させる為には多額の資金が必要になる。
将来の事を正しく予測できないほど追い詰められているらしい。
「まったく……明日は山越えで忙しいっていうのに」
だが、これは俺がきちんと壊滅させなかったことが原因で起こった事だ。
俺たちの手できっちりと始末を付けたかった。