第8話 家族の見送り
「みなさん……本当に何日も留守にされてしまうのですか?」
サボナへ向けて出発する朝。
妹たちに泣きつかれてしまった。
今日の朝にサボナへ向けて出発する事は昨日の内に説明して納得してもらっており、依頼によって何日も帰られない事はこれまでに何度もあった。しかし、今朝になって妹たちから反対されていた。
「仕事でけっこう遠い所に行かないといけないんだよ」
「……今回行くところはリゾートみたいですね」
クリスからジト目を向けられて思わず怯む。
どうにも妹からの攻撃には弱い。
「お姉様、私もリゾートへ行ってみたいです」
「わ、わたしも……!」
「温泉には連れて行ってくれたではないですか! 私たちも一緒に連れて行って下さい!」
……兄や姉と離れるのが寂しくて泣きついていたのではなく、リゾートへ連れて行って貰えない事に拗ねていた。
俺としても連れて行ってあげたい。
しかし、温泉の時と違って今回ばかりは連れて行くわけにはいかなかった。
「途中までも馬車を使わずに向かう事になるから一緒に行くことはできないんだ。それに今回は旅行が目的じゃなくて仕事で行くことになっているんだ。向こうには危険な魔物もいるから討伐が終わるまでは呼ぶこともできない」
「そんな……」
クリスががっくりと肩を落とす。
ここら辺で勘違いを訂正しておかなければ嫌われてしまう。
「勘違いしないように。危険な魔物の討伐が終われば迎えに来るから」
「絶対ですよ……」
涙を目の端に溜めながらクリスが離れて行く。
そんなにサボナへ行きたかったのか……。
温泉街フェルエスへ行った時には仕事の都合で付いて来る事ができなかった兄とメリッサの父であるガエリオさんをメリッサが転移で迎えに行った。
方法は、拠点である屋敷に転移して二人と手を繋いでもらった状態で現地にいる俺が迎えに行ったメリッサを召喚した。
転移や召喚のような移動系のスキルは、使用者や対象が触れている物も含まれる。だから、直接触れていた兄とガエリオさんは転移させる事ができた。
残念ながら俺は迎えなければならない立場なので、みんなに手伝ってもらえば屋敷にいる全員を連れて来る事も可能だ。
「こら、リアーナ!」
「だって! お姉ちゃん!」
シルビアが連れて行って欲しいと我儘を言う妹のリアーナちゃんに怒っていた。
「安全が確保されたらきちんと連れに来るからそれまで待っていてね」
「お願いします」
リアーナちゃんもトボトボとした足取りで屋敷に戻って行く。
その姿をメリッサの妹であるメリルちゃんが苦笑しながら眺めていた。
だが、3人とも危険な魔物が討伐される事を疑っていなかった。
これは討伐に失敗できない理由が増えてしまった。
「クリスたちの事は気にせずしっかりと仕事を果たしてくるのよ」
「分かっています。母さんも留守番をお願いします」
母たちに留守番を頼むと3人とも頷いてくれた。
彼女たちがいれば屋敷の方は問題ない。それに何か問題があれば迷宮核が教えてくれる事になっている。彼女たちも詳細は知らないが、俺が施した何らかの警備設備について勘付いているので安心していられる。
「それより、母さんたちも後で呼ぶから」
「本当に呼ぶつもり? いえ、あなたたちの実力を疑っているとかそういうわけではなく……」
「大丈夫。俺たちに負担なんて全然ないようなものだから」
1回の転移で魔力を100ほど消費しているが、魔力総量を考えれば負担は微々たるものだ。
「じゃ、行ってくるよ」
屋敷を出るとアリスターの西門へと向かって歩く。
大通りに出ると朝の早い時間だったが、露店を出している商人が客を呼び込もうと大声を出して賑わっていた。
ふと隣を見てみるとイリスがニコニコしていた。
「どうした?」
「なんだか、いいなって思って」
「何が?」
何か特別な事があったわけではない。
いつものように見送られながら屋敷を後にしただけだ。
イリスが笑顔になるような事に心当たりがない。
「私、アリスターに来る前は誰かに送られて遠くに行く経験ってなかったから家族に送られて出掛けるのが新鮮」
「クラーシェルに居た頃にはなかったのか?」
イリスにもフィリップさんたちのパーティに加わる前には孤児院で生活していた時期がある。
その時、孤児院で一緒に住んでいた孤児や育ててくれたシスターは家族のようなものだとも言っていた。
「冒険者になってからは孤児院には最低限しか帰らないようにしていた。そうでないと家族の優しさに溺れてしまいそうだったから」
本当にイリスは目標だったティアナさんに近付く事しか考えていなかった。
その目標を家族や仲間にも伝えず一心不乱に剣を振り続けていた。
結果、今のイリスがあるのだろうが、あまりに寂しい生活だ。
「家族が近くにいる生活はどうだ?」
「なんというか……彼女たちの為に頑張ろうという気にさせられる」
「そうだな」
それだけの事に気付けるなら今は十分だ。
俺もイリスの意見には賛成だ。
そんな風に話をしながら歩いていると街の西門へすぐに辿り着いた。
「こんにちは。手続きをお願いします」
「おう。ちょっと待っていろ」
身分証である冒険者カードを渡して街を出て行く手続きをしてもらう。
こういうところで手を抜いてしまうと街に危険人物を招いたりと非常に厄介な状態になってしまうし、中から出て行く時も同様に慎重でなければならない。
俺も迷宮という場所の管理者であるので重要性は分かる。
しかし、同時にこの手続きがなければ屋敷から一瞬で転移で移動できるのに、と思わずにはいられない。
手続きの方は簡単に終わる。
「今度はどこに行くんだ?」
「ちょっとサボナまで」
「サボナ!? また何十日もいなくなるのか……」
さすが門番。目的地の名前を言っただけでどこの事なのか分かったらしい。
「いや、予定だと短ければ10日。長くても1カ月以内には帰って来るつもりだ」
巨大魔物の詳細が分からない状態では詳しい予定を立てることができなかった。
移動に5日。
討伐に5日。
合計10日の予定を立てている。
ちなみに帰りは転移を使って一瞬で帰って来るつもりなので移動には往路分しか含まれていない。
「おいおい、さすがにそんな短期間での移動は片道分にもならないぞ……まさか、山脈越えをするつもりか?」
「行き来がないわけではないんだろ」
詳しく調べてみるとある程度舗装された街道ならあると教えられた。
その街道を使ってサボナ周辺にある港で手に入れた物資の運搬がフェルエスへ向けて行われている。
それでも山脈を越える為には数日の時間を要する。
どう考えても計算が合わない。
「ま、お前らの移動時間がおかしいのはいつもの事だ」
門番として人の出入りを把握している彼にとって誰がいつ出て行って、いつ戻って来たのかは覚えておかなければならない情報だ。
俺もアリスターに住んで1年以上。
何度も門を利用していれば移動時間を把握される。
「サボナまで何をしに行くのか知らないが、お前らはもうアリスターに住むAランク冒険者なんだからしっかりして来いよ」
「ま、お仕事だから善処するよ」
他のメンバーも手続きが終わったらしいので合流して門を離れて行く。
「……チッ、ハーレム野郎が。リゾートに行って彼女たちにどんな格好をさせるつもりなのか」
強化された聴力が門番のそんな声を拾ってくる。
どんな格好をさせるのかなんていつも通りでいいだろう。
「よし、これだけ離れれば俺たちの姿が見えなくなっても見間違いか何かだって思うだろ」
「どうやって行く?」
「まず転移で迷宮の地上部分まで移動する。そこから全力疾走で……フェルエスには明後日の午前中には着くようにしよう」
以前行った時の移動時間を考えれば早ければ明日の夜には着けるだろうが、温泉街でゆっくりするぐらいの時間は必要だ。
依頼にも期限が設けられているわけではないのでゆっくり進む事にしよう。