第26話 神樹の実
「ご主人様?」
意識を取り戻すと心配そうに俺の事を見上げるシルビアの姿が目に映った。
「俺は、どれくらい意識を失っていた?」
「ほんの2、3秒くらいの話です。それも意識を失っていたというほどの事ではなく、少し呆然としているといった様子でした」
普段から俺の事をよく見ているシルビアが言うなら意識を失っていたようには見えなかったのだろう。
神樹ユグドラシルとは10分近く会話をしていたはずだが、現実世界ではほんの一瞬の出来事だったらしい。
その間、俺の意識がなかった事は、時間が短かった事からボーっとしているように見えたみたいだ。
「詳しい事は後で説明する。おそらく神樹から今回の一件に対するお礼があるはずなんだけど……ん?」
近くに何か置かれていないかと視線を彷徨わせていると頭上に気配を感じて見上げる。
シルビアたちパーティメンバーは感じなかったみたいだけど、ルイーズさんを含めエルフたちは気付いたらしく俺と同じように見上げていた。
その先には、神樹の枝が広がっていた。
「あれは……」
長老の誰かが呟く。
直後、枝からある物が二つ落ちて来る。
それは、俺の目の前に落ちて来て手を差し出すだけですっぽりと収まる。
「ま、待て!」
「こんな事があり得るのか」
「相手は人間だぞ」
「しかも二個だ!」
長老たちが俺の手の中にある物を見て驚いている。
「どうやら神樹が森に現れた魔物を討伐したお礼にとくれた物らしいです」
神樹からのプレゼントは、丸い形をした赤く瑞々しい果実だった。
樹だからこそお礼も果実だということだろう。
両手に持った二つの果実をなぜか騒いでいるエルフに見せる。
「ほう、これが噂に聞く神樹の実かい」
「どんな噂なんですか?」
神樹の実を見ながら呟いたルイーズさんに尋ねる。
「神樹は100年に1度くらいしか実を付けないと言われている。少なくともアタシが生きている間には実を付けた事がないはずだよ」
長老に確認してみると頷いていたので本当らしい。
100年に1度しか実らない神樹の実。
「そんな貴重な物が二つも手に入るなんてラッキーなんですね」
「ラッキー? そんな事では済まされない奇跡だ」
俺の言葉に反応した長老がガシッと俺の両肩を掴んで顔を近付けてくる。
その表情には鬼気迫るものがあって怖い。
「神樹は大昔からあり、その実は100年単位で神樹が見つけた勇猛なエルフに与えられる事になっている。これまでに人間に与えられたことなどない!」
そりゃ、神樹の周囲にエルフしか住んでいないなら神樹の実を得られるのもエルフしかいない。
改めて瑞々しい果実を眺める。
「そんなに珍しい物なら誰か食べた人はいないんですか?」
100年毎にしか収穫できない実。
しかも二つ手に入っただけで大騒ぎをしている事から今までは一つしか収穫できなかった可能性が高い。
「今のエルフの里で神樹の実を食べた事があるのは、ここにいる長老たちだけだ」
「あんたら、まさか……」
長老の権限を利用して神樹の実を食べたのではないか?
そう、口にしようとしたところ長老たちの表情が険しくなる。
「それは逆だ。私たちは長老だから神樹の実を食べられたのではなく、神樹の実を食べたからこそ長老になることができたんだ」
「どういうことですか?」
「神樹の実を食べると神気に対する適性が上昇し、エルフでも通常なら150年から200年くらいまでしか生きられないところを最大で5倍も生きることができるようになる。ここにいる長老は既に数百年の時を生きたエルフなんだ」
見た目20代ぐらいで数百年を生きたと言われても信じられない。
だが、それが神樹のおかげだと言うなら少しは信じられる。
なにせ神樹は自らの意思を持って数千年前に神が遣わしたシステムの一つだ。それぐらいの特権があって然るべきかもしれない。
「……ん? 神気の適性が上昇する? だったら神気に対して全く適性のない者が神樹の実を食べたらどうなるんです?」
「分からない……」
俺たちが神樹の実を食べることによって普通のエルフと同等の適性を得ることができるようになるのか。
それとも全く効果を表さないのか。
「試してみないと分からないっていうこと? だったら食べてみましょ」
アイラが俺の手から神樹の実を奪おうとするので阻止する。
「ちょっと!」
「お前こそ何を考えているんだ! もしかしたら食べた事で窮地に陥るかもしれない果実なんだぞ」
「大丈夫よ。今までだって食べても問題なかったどころかレベルアップできたみたいじゃない」
「それは食べたのがエルフだからだ」
何かがあってからでは遅い。
『ちょっと待って!』
迷宮核から止める為の一言が飛んでくる。
『それを詳しく見てくれないかな?』
迷宮核に言われて掲げた神樹の実を眺めてみる。
神樹の実をじっくりと見れば、すぐにでも齧り付きたくなる誘惑が漂って来る。
だからこそ食べてはいけない危険な物だとも感じる。
なにより魔力とは違う別なエネルギーを感じる。
神樹が直接接触して来たせいか朧気ながら魔力とは違うエネルギー――神気を感じ取れるようになってしまった。
『うん。終わったよ』
『何か分かったのか?』
『これは「神樹の実」なんて呼ばれているけど、果実なんかじゃない。内に膨大なエネルギーを秘めた物体だよ』
どう見ても果実にしか見えない。
『神樹の実を食べたエルフが更に長命になれるのも神気が凝縮された物体を体内に取り込むからだね。体内に取り込まれて神気への適性が更に上がったおかげで、より多くの量の神気を取り込んでも問題なくなった』
元々、神気を取り込むことによって長命でいられるエルフが150年から200年で死んでしまうのは、体がそれ以上の神気の吸収に耐え切れなくなってしまうかららしい。
しかし、神樹の実を取り込んで神気への適性が更に向上すれば、さらに多くの神気を取り込んでも問題がなくなる。
『どうして、お前がエルフの特性について知っている?』
『以前にいた迷宮主に永遠の命を求めるような人がいてね。その人は、エルフが長命でいられる秘訣を探ろうとしたんだよ。結局、エルフが長命でいられる秘密は分かっても人間である自分には適応できないと考えて寿命が来てしまったから諦めたんだよ。その時は、神樹の実も手に入れることができなかったから、さらに長命なエルフの長老がいることも知らなかったよ』
たしかにヒントとしては十分かもしれない。
その時の迷宮主には申し訳ないが、俺は永遠の命になんて物に興味はない。
シルビアたちとそれなりに生きて寿命を全うすることができれば十分だ。
『俺たちが食べればどうなる?』
『それこそ止めておいた方がいい。エルフは最低限の適性を持っているから神気の塊なんて物を食べても問題ないかもしれないけど、全く適性を持っていない人間が食べたら、その瞬間に死んでしまうかもしれない。もしかしたら生き残ることができて適性を手に入れる可能性もあるけど、僕は死んでしまう方に賭けてもいいよ』
『止めておこう』
そこまでのリスクを冒してまで神気への適性を欲しいとは思わない。
どう使うか自由にしていい、と言われたが使い道がない。
「そうでもありませんよ」
どうするか迷宮核と悩んでいるとメリッサに妙案があるらしい。
「たしかにエルフと同じように食することで適性を得るのは不可能かもしれませんが、私たちには『魔力変換』という方法があります。神気――エネルギーの塊である神樹の実なら打って付けではありませんか?」
「なるほど」
物体を迷宮に捧げることで魔力に変換することができるスキル。
神気と魔力に互換性があるのか分からないが、試してみる価値はあるか。
「ところで俺たちが持って帰っても問題ありませんね」
「……このタイミングで与えられた事などから神樹が君たちに与えた物である事は間違いない。好きなように持って行くと良い」
神樹そのものからは許可を貰っているが、やはりエルフの長老からも貰う必要がある。
魔力変換は万が一の場合に備えて迷宮に戻ってからすることにしよう。
「それよりも宴会だ」
「そうだ。神樹の実が成るような奇跡が起きたのだから祝わなくてどうする」
気を良くした長老たちがどこかへと消えて行く。
おそらく言葉通り宴会の準備に向かったのだろう。
「あの……この後は調合について教えてくれる約束だったはずですが」
「そっちは私の方から案内させてもらいます」
長老に代わって神樹まで案内してくれたエルフの指示に従って調合が得意な錬金術師の下まで行くことになった。
巨大蜘蛛・蛾討伐報酬
・神樹の実