第22話 悪夢
「すぅ……」
「……」
「うわ……」
正面と背後から聞こえてくる寝息に思わず溜息を吐いてしまう。
この状況には少しドキドキしてしまう。
俺が起きているにも関わらず二人とも無防備な寝顔を晒している。
普段は俺よりも早く起きるシルビアと俺の方が先に力尽きてしまうメリッサ。
「あんたは起きたのかい?」
状況に困惑しているとベッドの近くに置かれた椅子に腰掛けたルイーズさんが話し掛けてきた。
「ええ、もう大丈夫です」
魔力も全快とは言えないが、十分な量が回復している。
ゆっくりと上半身を起こす。
隣の二人と一緒に。
「え?」
二人も起きた事に驚いている間に恥ずかしくなったシルビアが両手で顔を覆い、メリッサの表情がどんどん落ち込んで行く。
「あんな夢を見た後だったとしてもご主人様に抱き着いて逃げられないように絡み付くなんて……」
「シルビアさんなんてマシな方です。私なんて寝ている間も無意識に主の匂いを嗅いで安らいでいたのです。このような痴態は私ではあり得ません」
「二人とも冷静に解析しないで」
こっちまで恥ずかしくなってくる。
「アンタたち毒でずっと眠っていたんだよ。それは分かっているね?」
ルイーズさんが尋ねると二人とも頷く。
「なら、真っ先に言う事があるんじゃないかい?」
シルビアとメリッサがベッドの端へと移動して正座をすると手を付いて頭を下げてきた。
「「助けてくれてありがとうございました」」
「いや、お前たちが眠ることになった原因は俺の慢心にもあるから起こせるなら起こすのは当たり前だから気にしなくてもいいよ」
「そういうことだ。一言お礼を言ったならそれで終わり」
その時、グゥ~と俺の腹が鳴る。
そういえば昨日の朝に食べたきり何も食べていなかった。
「とりあえず朝食にしようじゃないか」
ダイニングに行くとアイラとイリスの手によってルエラさんの作った朝食がテーブルに用意されているところだった。
「3人とも起きたんだ」
「あんたにも迷惑掛けたわね」
「いや~今回あたしが一番役に立っていないと思うわ」
実際、一番の功労者はイリスだ。
その功労者はテキパキと用意を済ませると自分もテーブルに着いて色とりどりのサラダとソーセージのような物を食べる。
俺もテーブルに着いて同じ物を食べる。
ソーセージらしい物は、見た目はソーセージそのものなのだが食感が全く知らない代物だった。里の外には獣型だけでなく、蟲型の魔物がたくさん生息していたらしい森が広がっている――何の肉を使用しているのか考えるのは止めよう。
「で、お前たちの身に何があったのか説明してくれるか?」
俺が尋ねるとシルビアとメリッサの肩がビクンと反応する。
「……どうしても言わないといけませんか?」
「そんなに言いたくないなら言わなくてもいいけど、もしも同じ状況に陥った時の為に状況を詳しく知っておきたい」
純粋に危険への対策として知っておきたい。
その事を伝えるとシルビアは諦めたのか溜息を吐いた。
「途中までは幸せな夢を見ていました。父さんが生きていて、その……ご主人様と結婚している夢でした」
シルビアの夢の内容を聞いて「まあ」とルエラさんが反応する。
彼女も夢を見て眠り続けるシルビアの事を心配していたらしい。
「けど、夢の中には仲間が登場することはあっても今みたいな関係ではありませんでした。今のわたしにとっては物足りない世界だったんです」
夢だと気付けた理由はアイラと同じだ。
今度はメリッサから夢の内容を聞く。
「私の場合も似たような感じです。あの日に死んで、その後はスケルトンロードに取り込まれた友達も生きていて故郷で父の跡を継いで、傍には主がいて皆もそれとなくいるのですが……」
物足りなさがあった。
彼女たちが見ていたのは夢だ。
いくら夢とはいえあり得ない光景を生み出すのは不可能だった。
一人の男性が複数の女性を囲うなど貴族や大商人でなければ不可能であり、ここにいるのはメリッサを除けば元はそれほど裕福ではない家庭の人間だ。
心の奥底では、5人が一緒にいる光景が不可能だと思っている。
だが、同時に5人でいたいとも思っている。
「突然苦しみ出したんだけど、何があった?」
俺の予想通りに幸せな夢を見ていたのならそのままにしてあげたかった。
しかし、苦しみ出した二人は幸せな夢を見続けているようには見えなかった。
「わたしは偽物の世界だと気付いた時から抜け出そうと出口がないか【探知】で探していたのですが、それらしい場所が分からずに途方に暮れていたところでした」
「私は空間魔法を使っての脱出ができないか模索していました」
どちらの方法でも上手くはいかなかった。
二人とも夢の世界だと認識しても世界を壊す方法を持っておらず、状態異常を自力で治療する術を持っていなかった。
そんな方法で脱出できるはずがなかった。
「そんな時、見ていた場面が一転したんです」
そこから先は思い出したくないのかシルビアの表情が青褪める。
「わたしの意識は、あの王都にある裏路地へと移され、見ず知らずの相手に助けを求めても誰かが助けてくれるようなことはなく、奴隷娼館で日々を過ごしている内に父さんが殺人犯として処刑されたという話を聞かされました」
「私も気付けば幼い日の盗賊に故郷が襲われた時に戻っていました。スケルトンロードに取り込まれた友達に助けを求められても助けることができず、自分だけが助かり空腹感を満たす為に森で草を食べる、というあの頃の生活を送っていました。正直、今の生活を知っているだけに涙が出て仕方ありませんでした。そんな貧しい生活を送っている内に周囲の景色が溶け出したかと思えば……」
意識を醒ました。
助けを求め続けていたシルビアは、現実で本当に助けてくれた俺の姿を見つけた瞬間に嬉しさから放さないように抱き着いてしまった。
メリッサも無意識の内に安らぎを求め、俺から離れないようにした。
それが寝起きにした行動の理由らしい。
「迷惑でしたよね」
「迷惑だなんて思っていないさ」
外野が二人ほどいるが、不安になった二人を落ち着かせる為にもちょうどいい機会かもしれない。
「みんな、なんだかんだ言ってこの場にいる5人が揃っていないと物足りなさを感じていたんだ。俺も心のどこかでそれは感じ取っていた。だけど、今の状況が健全ではないというのも同時に理解していた」
感覚と理解。
二つの相反する想いがせめぎ合っていた。
だからこそ、『主と眷属』や『パーティメンバー』という関係に落ち着かせようとしていた。
だけど、夢の中で父に相談した結果それではダメだと結論を出した。
俺の中で理想とする人はいつだって父だ。
今となっては俺の方が圧倒的に強かったとしても父の背中に追い付けるとは思えない。
相談するのにこれ以上の相手はいない。
「改めて言わせてもらうよ。俺には、お前たち4人の力や存在が必要だ。だから、お前たちは付いて来い。代わりに俺は全力でお前たちを守るし、お前らを傷付けるような奴はぶっ潰す」
俺の言葉を聞いて4人が顔を見合わせている。
やがてイリスが最初に顔を赤くし慌て始めたのを合図にシルビアが俯き、アイラが笑顔になるとメリッサがコーヒーの入れられたカップを手にしていたが動揺から揺れていた。
「『傷付けるような奴はぶっ潰す』ね……そこまで言うなら自分の女を眠らせて悪夢まで見せるような蛾を許すつもりはないんだろう?」
「もちろんです。みんなにも手伝ってもらいますが、奴は俺がボコボコにします」
「けど簡単な事じゃないよ。奴は姿を消せるみたいだし、迷いの森が人間に与える性質についても理解しているみたいだった。対策はあるのかい?」
「あります」
考えていた方法を迷宮核に伝えて可能かどうか判断してもらう。
『可能か不可能かで言えば可能だよ。問題は君の魔力がどこまで持つかだね』
天癒を使って枯渇した俺の魔力は5000まで回復していた。
最初は3000まで回復すればいい方だろうと思っていただけに驚異的な回復量だが、どうやら俺が思っていた以上に二人と一緒に寝た効果があったらしい。
「シルビアとメリッサの魔力はどうだ?」
数値としてはステータス確認で分かっているが、本人の体調の良し悪しによって変わってくる。
「わたしは体を激しく動かすのは難しそうです」
「私も魔力が上手く練れません。後遺症ではなく、長時間毒に侵されていたことによる影響だと思われるので明日には問題なく魔法が使えるようになっているはずです」
そうなると二人は戦力として考えない方がいいかもしれない。
とりあえず4人にして欲しい事だけを伝える。ただし、内容は本当に手伝いだ。
「じゃあ、行こうか」
ルエラさんを置いて家を出ると昨日と同じように門番に挨拶をして森へと赴く。