第21話 二度寝
「何があった!?」
里へと戻っていたアイラたちと合流すると長老の一人が駆け込んで来た。
不安になるのも仕方ない。
俺が起きた時には近くにいなかったエルフ二人がジャイアントモスの姿を見た瞬間に襲われた事を伝えに真っ先に里へと戻った。その後にジャイアントモスが出現した方向から聞こえて来た轟音。最終的に何百本という樹を潰してしまった音を聞いてしまったからだ。
そして、戻って来た俺、アイラ、ルイーズさんがそれぞれ仲間を一人ずつ抱えている。
合流した直後、ルイーズさんがイリスを背負い、アイラがシルビアとメリッサを脇に抱えるように片手で持っていたのでシルビアを抱えさせてもらった。さすがに荷物のように扱われているのは可哀想だ。
「巨大蛾は追い払いました。ですが、仲間の二人が毒に侵されてしまいました。解毒薬はありませんか?」
エルフの中にも既にジャイアントモスの毒に侵された者がいる。
もしかしたら解毒薬が用意されている可能性があった。
「解毒薬ならもうない」
「ない?」
「巨大蛾の毒に効く解毒薬を作る為には特別な素材が必要なのだが、巨大蜘蛛がよく出没する地域にある物なので里に備蓄されていた分しか手元になく、残しておいた解毒薬も毒を浴びた数人を救う為に使用してしまった」
そして、使われなかった数人は今も眠り続けているままらしい。
素材がないので製法などは分かっていても作ることができない。
「だったら、すぐに採りに行ってください」
「だが、ジャイアントスパイダーが出没する中……」
「奴なら既に討伐しました。残っているのはジャイアントモスだけです」
「なに!?」
長老が近くにいた監視役のエルフ二人に確認している。
エルフ二人はそこまで報告していなかったらしく、首を何度も振って俺たちが討伐した事を肯定してくれる。
「何か証明できる物を持っているか?」
「ジャイアントスパイダーの遺体は置いて来たのでありませんが、魔石なら後で見せることができるかもしれません」
「そうか」
魔石はシルビアの収納リングの中にある。
勝手に取り出すことができないようにしてあるのでシルビアが寝ている状況では見せることができない。
「解毒薬がないなら、とりあえず彼女たちを休ませたいので失礼します」
「もしも先に毒を受けたエルフと同じなら解毒薬なしでは目が醒めることなく眠り続けている。だが、ポーションを少量ずつ摂取させて衰弱を免れれば命に関わるような毒ではないので安心してほしい」
「ありがとうございます」
そのまま昨日も利用したルイーズさんの実家へと足を踏み入れる。
ルエラさんは出掛けているらしく、家の中にはいなかった。
道具箱から大きなベッドを取り出してシルビアとメリッサを寝かせる。
「昨日も見たけど、こんな大きさの物まで収納できるスキルも凄いね」
「これがあるおかげで収納リング以上に大きな物でも持ち運べるんです」
必要だから、と仲間から言われて持ち運んでいる3人が一緒に寝ても大丈夫なサイズのベッドだ。
ベッドで安らかに寝ている二人は本当に大丈夫そうだ。
「お前の方はどうだ?」
「魔力が足りなくて少し辛いところがあるけど、問題ない」
「なら大丈夫そうだな」
テーブルの前に置かれた椅子に座るイリスは体調が優れないものの意識ははっきりとしている。
俺とアイラ、ルイーズさんもイスに座って会議を始める。
「とりあえずシルビアとメリッサの現状について説明しようか」
自分の体験から幸せな夢を見て眠らされているという事を説明する。
ただし、俺と彼女たちの体験では違いがあるはずだ。
「俺の場合は、イリスが天癒で治療してくれたおかげで最初から違和感しかない夢の世界だっていう認識だった。その辺はどうなっているんだ?」
同じように一時は眠っていたというアイラに尋ねる。
「あたし? 最初は夢の世界だなんて認識はなくて、死んだはずの家族が生きている世界で父さんと一緒に剣を握って冒険者をしている世界だった。あの世界も幸せだったけど、所詮は夢だからね。世界を叩き斬るつもりで明鏡止水を使ったら簡単に現実へ戻ることができたわ」
「どうして途中からは夢だと認識することができた?」
「あたしの見ていた世界だとマルスが近所に住む冒険者仲間の男の子っていう設定で時々一緒に依頼を受けるような仲だったし、シルビアは近くの食堂で働いていてメリッサとイリスも出てきた」
細かいところは違うものの夢の中に別の設定が与えられて仲間が出てきたというのは俺と同じだ。
「まあ、その世界だとあたしとあんたが付き合っていたんだけど、シルビアたちとは深い関係じゃなかったみたい。だから、この世界は偽物だって認識することができたの」
「そうか」
アイラの夢の内容を聞いて思わず嬉しくなってしまう。
想われていた事もそうだが、夢の世界ぐらい独占をしてもいいのにアイラは5人でいる事を選んでくれた。
そうして、明鏡止水という何でも斬れるようになるスキルがあったからこそ『夢の世界』も斬ることができた。
「そもそもどうして夢を見るの?」
「たぶん眠らせたままにする為に幸せな夢を見せる事で起きたくないと思わせる必要がある、とか?」
「だったらシルビアたちだって起きてもよさそうだけど」
「どうして?」
「だってあたしよりもシルビアこそ今の生活が充実しているだろうし、メリッサなんか責任感から起きても良さそうだけど」
「起きる気配はないね」
ルイーズさんが寝ているシルビアとメリッサの顔を覗き込む。
その表情は穏やかなもので夢を見ているのだとしたら幸せな夢を見ているはずだ。
二人ならどんな夢を見ているだろうか?
「けど、寝かせたままでいいの?」
「今すぐに起こす必要性はない。幸せな夢を見ることができるなら今ぐらいは過去の夢に縋っていさせたいと思ったんだ。寝かせたままでも問題ないみたいだしな」
俺とアイラの夢の内容から見させられている夢の内容は、過去に失った幸せの再現ではないかと思われる。
もう、手に入らない光景だ。
アイラは、最初は夢だと認識できなかったと言っていた。そこまでリアルな世界で過ごしてほしいと願った。
「でも、苦しそうだよ」
「はぁ!?」
慌てて二人の様子を見てみると安らかだった寝顔は眉を寄せて苦しそうにしており、規則正しく動いていた胸も落ち着きをなくしていた。
『おい、こういう時ぐらいしっかり見ていろよ』
『無茶言わないでよ。僕は君たちの視界を覗いているだけ。見ることができるのは君たちと同じ物だけだよ』
迷宮核はあくまでも俺たちと同じ物を見る。
そして、自分だけが気付ける事を教えてくれる。
起きている3人全員が二人から目を離していたため容態が急変したことに気付けなかった。
「どうして急に苦しみ出したの?」
「原因は分からない。けど、さっさと治療した方がよさそうだ」
「できるのかい?」
「寝かせたままにしてあげたくて治療しなかっただけで治療ができないとは言っていないです」
二人の間に膝を突いて屈むと胸の上に手を置く。
天癒でジャイアントモスの毒を治療できる事はイリスが俺で証明してくれた。
イリスの魔力は毒を治療できるほど回復していない。だから魔力が残っている俺が天癒を使用する必要がある。
「天癒!」
迷宮魔法で再現させた天癒が手から二人の体へと流れて行き、体の中にあった毒を浄化していく。
苦しそうだった二人の表情が和らいでいく。
「う……うん?」
やがてシルビアが目を醒ました。
「よかった。魔力は足りたみたいだな」
天癒は一度使用すれば十分な魔力が残されていたとしても使用者の魔力を枯渇させてしまう。
そのため使用できるのは一度だけ。
どちらかを先に治療すれば残された方は苦しんだままだ。
どちらかを選択することなんてできなかった。
だから、両者を同時に治療させてもらった。
「……ご主人様?」
「大丈夫か?」
未だ寝惚け眼のシルビア。
俺よりも早く起きる彼女のこんな姿を見たことは今まで一度もなかった。
けど、いつまでも見ていられそうにない。
魔力枯渇を起こしているせいで意識が再び沈みそうになる。
「ご主人様!」
離れて横になろうとしたところ俺の首に腕を回したシルビアによって抱き寄せられた。
その横顔を見ると薄らと涙が流れていた。
さっきまでの寝ていた時の表情から幸せな夢ではなく悪夢を見ていたのかもしれない。
って、それはマズい。
「おい、どこに手を入れている!」
消え入りそうな意識を繋ぎ止めて叫ぶ。
壁抜けを利用して服の内側に潜り込んだシルビアの手や足によって俺の体が絡め取られていた。自然、密着するような形になる。
「お前もか!?」
後ろから衝撃を感じて首を動かすと背中から俺に密着するメリッサの姿があった。
こいつ、抱き着き癖があるのを忘れていた。
「いい匂い……」
表情から毒は治療されているみたいだけど、寝惚けているみたいですぐ傍にいた俺に抱き着いてきた。
やばい。俺も魔力枯渇から眠りそうだ。
「ちょっと、美少女二人に抱き着かされて鼻を伸ばしているわよ……」
「私たちよりもスタイルのいい二人だから……」
シルビアとメリッサに前後から抱き着かれている俺を見ながらアイラとイリスがヒソヒソと話をしている。
「アンタ、ここが人の実家だっていうことを忘れるんじゃないよ」
「いや、本当にそんなつもりは……」
あ、ダメだ。意識が落ちる……。