第6話 セイルズ村
途中で街道脇にある森の前で野営をし、一泊した翌日の昼前――ようやく目的地であるセイルズ村に到着した。
「あれがセイルズ村ですか」
「そうだ」
ブレイズさんが故郷を見ながら肯定してくれる。
到着するまでにセイルズ村がどういった場所なのか聞いている。農業が盛んな場所で、近くにある森で狩猟が行われることもあるため、田舎という立地を無視すれば豊かな村である。
しかし、今回はその近くにある森にどこかから流れて来たのか今まで見たこともないような魔物が住み着いてしまった。
村は200人ほどの規模で、それなりに大きな村だったのだが、村を囲うように2メートルほどの柵が外敵から村を守っていた。
そのせいで、村の中の様子が分からない。
「大丈夫よ。村が滅んでいるような様子はないわ」
「分かるんですか?」
「ほら、あそこを見てごらんなさい」
マリアンヌさんに指を指した場所を見てみると、村の門の入り口の上に二人の兵士が槍を構えて立っていた。
「もしも、村が滅ぼされた後ならあんなに外から来る相手を警戒したりしないでしょう」
「なるほど」
村では本当に手伝い程度のことしかしていなかったため、兵士が警戒している、ということがどういうことなのか気付かなかった。
数分後、村まで辿り着く。
門の前にいる二人の兵士たちは、近くにある森にそれまでいなかった魔物が住み着いているとあってピリピリとしていた。
しかし、目の前まで来ると馬車に乗っていたのがネイサンさんだと気付き、馬車に乗っているのが誰なのか理解したようで安心していた。
「冒険者ギルドの依頼でやってきた冒険者だ」
馬車からはネイサンさんではなく、リーダーであるブレイズさんが馬車から下りて冒険者ギルドで受け取った書類を門番に渡していた。
門番は、それが本物であると分かると一人が村の中へと走って行き、もう一人が門を開けて馬車が通れるようにしてくれた。
「よく来てくれた」
「ああ、任せとけ」
ブレイズさんが答えると兵士は安堵したような表情になっていた。
やはり、実力はあっても無名な冒険者が来るよりも既に実力が分かっており、村の出身者であるブレイズさんが来たことで信頼は違うようだ。
(この辺は、俺にはないものだな)
ステータスを全開にすれば、俺の方が強い。
しかし、実績のない俺では依頼者から実力を信用されない。
(まずは、冒険者ランクを上げて分かりやすい実績を得るか)
色々と先輩から学ばせてもらうことにしよう。
☆ ☆ ☆
「おお、来てくれたか」
俺たちを――正確にはブレイズさんたちのパーティを笑顔で迎え入れてくれたのは、セイルズ村の村長をしている60歳ぐらいの白髪の男性だった。
冒険者が来てくれたことを好意的に受け入れているように見えるが、途中で聞いた話ではブレイズさんたちが独立する時に一番反対していたのがこの村長とのことだ。
村長としては、村の貴重な労働力である若者を手放したくなかったため、親たちと一緒になって反対していた。しかし、こうして実力を付けて安い報酬で受けてくれるとなると掌を返したように自慢にしていた。
「ん? そっちの若い子はどうした?」
「ああ、ギルドから新人を連れて行って勉強させるように言われたんで、今回は一人多い。特に問題もないだろ」
「ああ、問題ないな」
ブレイズさんは、戦力的に自分たちでも十分だと。
村長は、1人新人が増えたところで依頼に対して支払う報酬が変わらないのだから問題ないと考えていた。
(どこの村長も似たようなものだな)
俺の村の村長も金にはがめつい人だった。
(ま、もうどうでもいいけどな)
俺は、そんなことを考えながら村の様子を観察していた。
多くの村人が村の中にいた。しかし、畑がある柵の外側へ出て行こうとする大人の数が少なかった。みんな、怯えていた。そんな中でも遊んでいる幼い子供たちの姿を見ているとどこかほっこりとした気分にさせられた。
(俺たちにもあんな時期があったんだよな)
在りし日の光景に思いを馳せていると村長とブレイズさんの話し合いが佳境に迫っていた。
「さて、もう1度確認だが、森で確認されたのはフォレストウルフなんだな」
「ああ……あの森に入った若者の一人がフォレストウルフの姿を目撃している。それは間違いない」
森の狼――森に住み着き、4匹~6匹で群れを作り、森の中で草木を食するだけでなく、時には狩りを行う雑食の魔物。本来、魔物は魔力を糧に活動しているため、食事をする必要がない。しかし、中には娯楽として食事を楽しむ魔物がおり、時には人を襲ってまで楽しむことがあるフォレストウルフは近くに住む人間にとって厄介な存在だった。
俺が冒険者になる前に参加した村での討伐の時は、6人で1匹のフォレストウルフを討伐する各個撃破を繰り返すという方法で1つの群れを討伐した。犠牲を出すことはなかったが、全員が疲れ果てていたのを覚えている。
「そいつらが言うには100匹近い数のフォレストウルフが森の中にいたらしい。数匹程度なら我々だけでも問題ないが……」
「さすがに100匹は無理か」
「頼む……」
村長が頭を下げていた。
今は森の中にある植物や獣だけで満足できているかもしれないが、これが人を襲うようになっては手の施しようがない。
「分かった。村長たちはどっしりと構えていてくれよ」
ブレイズさんが手をヒラヒラと振りながら村長の傍を離れる。
「よし、行くか」
「まとまっていれば今日中に片付くな」
村の外れに馬車を置きに行ったネイサンさんが合流する。
ギルドから荷物持ちなどの雑用として同行している俺もこういった雑事を引き受けるべきだと昨日の内に申し出たのだが、パーティの貴重な財産である馬車はさすがに任せられないと断られてしまった。
さすがに臨時のメンバーだと言われてしまっては強く言えない。
「なあ、いつも通り村で宴会を開いてくれるんだよな」
「そうだろうな……」
「早く行きましょう。討伐そのものは早く片付くかもしれないけど……」
「群れがどこから流れて来たのか確かめないと危険かもしれない」
みんな、どこか余裕が感じられた。
「あの、魔物を100匹相手にするのってそんなに簡単なんですか?」
そんな大規模な数を相手にしたことがない。
そもそも俺が持つ経験は小さな村に時折やって来る魔物を倒す様子を見ているのと迷宮での経験。アリスターの街近くでの討伐しかない。
相手にした魔物は全て群れと呼べるような規模ではなく、多くても数匹がまとまった程度の規模でしかなかった。数で言えば隠し部屋で相手にした冒険者たちが一番だ。しかし、それも統率が取れた相手とは言えず、俺が各個撃破している内に怯えてしまったので一人一人始末して行ったに過ぎない。
それに、森は広い。100匹近い数の群れということで小規模な群れを見つけるよりも簡単に見つかるかもしれないが、それでも目的の群れを森の中で探すのは大変だ。
しかし、俺の不安は森の中に入ってすぐに払拭されることになった。
「じゃあ、いつものように頼んだ」
「りょーかい」
リシュアさんが左手首付近に嵌めたブレスレットのような物に魔力を注いで操作していた。
ブレスレットには針のような物が埋め込まれており、グルグルと回転していたが、数秒すると一点を指し示して止まった。
「こっちね」
リシュアさんの示した方向に向かってグレイさんを先頭に歩き出す。
「さっきのは何ですか」
「ああ、これ? 結構便利な道具よ。王都にいる錬金術師が造った魔法道具なんだけど、探している物がどこにあるのか方角を教えてくれるの。今回なら一番近くにいるフォレストウルフがどこにいるのか教えてくれるっていうわけ。あたしもこれぐらい簡単に作れるような錬金術師になりたくて大金を叩いて買ってみたんだけど、あたしにはそこまでの才能はないみたいなの。ま、こうして探索には役立ってくれるからいいんだけどね」
「そんな便利な道具があるんですね」
これがあれば魔物の群れを探すのも苦労しないな。