第17話 巨大魔物
「事の発端はなんだい?」
「それが分からないんだ」
「分からない?」
「ある日、突然3匹の巨大な魔物が森に現れた。その魔物は現れると同時に森にいた獣や魔物を次々に捕食していった」
エルフの里で生活し、魔物を狩っていた戦士は捕食される様子を見ているしかなかった。
気付いた時には森にいた生物を喰い尽くす勢いだった。
巨大な魔物は、その大きさから想像できる通りに大喰らいで巨大な魔物から逃れる為に森にいた魔物たちは外へと逃れた。
「幸い、と言うべきか魔物避けの魔法道具は巨大魔物に対しても有効らしく魔物が里を襲うような事はない」
それも今のところはという条件が付く。
「魔物に対して何かをしているのかい?」
「もちろん。討伐にエルフ100人で構成された部隊を派遣した。その結果、部隊の半数を犠牲にすることで、どうにか3匹の内の1匹である巨大芋虫を討伐することには成功した」
どうやら倒すべき魔物は2匹だけになっていたみたいだ。
しかし、ジャイアントワームか。
「あの……倒した魔物は蜘蛛の魔物ではないのですか?」
「……君たちは?」
「失礼。ルイーズさんに調査の同行を願い出た冒険者のマルスです。可能ならば問題解決の為に魔物の討伐もしたいと思います。その為に情報を共有させて貰えないでしょうか」
「この問題はエルフの問題です。事情を話しているのは現在の森が危険な状態であるのを理解してもらう為で、協力してもらう為ではない。それに部外者である冒険者などに……」
「私たちは部外者などではありません。貴方たちエルフと取引があるアリスターを拠点に活動している冒険者です。貴方たちがいつまでも問題を抱えたままだとアリスターで生活している私たちが困るんです。私たちは間接ながら部外者ではなく関係者です」
どうやって納得してもらおうかと考えているとメリッサが長老に向かってそんな事を言った。要は俺たちも関係者になれればいい。
メリッサの言葉を聞いて長老が溜息を吐く。
「貴方たちエルフだけで問題に対処したとしましょう。それで、どれだけの被害を出すつもりですか?」
既に50人の被害を出している。
残り2匹の魔物を討伐するのにどれだけの被害を出すことになるのか。いや、それだけで済めばいいが、最初に討伐の為に派遣した部隊が精鋭なら最初のようにはいかない。もっと多くの被害が出ることになるだろうし、最悪の場合にはエルフの壊滅だってありえるかもしれない。
「コイツらは本物の実力者だ。アタシが保証しようじゃないか」
「……いいだろう。情報ぐらいは共有させてやろう」
どうにか3匹の巨大魔物について教えてもらえた。
確認された巨大な魔物は蜘蛛、芋虫、蛾の3匹。
俺たちが遭遇した蜘蛛は森の中を駆け回り、目に付いた端から獲物を喰らい尽くしているらしい。中でも男よりも女の肉が好みらしく、一度はエルフの女性を囮にすることで討伐しようと追い詰めたらしいが、火力が足りずに討伐は失敗に終わってしまった。男は口から吐き出した糸で身動きができないようにするとどこかにあるとされている巣に持ち帰るらしい。
蛾の魔物については、エルフたちも一度だけ姿を見ることがあったものの迷いの森にある木よりも高い上空を飛んでいたこともあって討伐する事は叶わなかった。それどころか上空から放たれた毒を浴びて何人かが今も昏睡状態になっている。
そして、彼らが討伐する事に成功した芋虫。
芋虫はゆっくりとした動きで森の中を動き回っており、攻撃を体に当てるのは簡単だったのだが、表皮が異常なまでに硬い事もあって討伐には苦労させられたものの囮にしたエルフを喰らう為に大きく開けた口の中に爆発する矢を一斉に叩き込むことでどうにか討伐する事ができた。
「この方法は、もう使えない……!」
ジャイアントワーム討伐で既に爆発する矢は尽きてしまっている。
火力、と言えばやはり火属性の魔法だろう。
しかし、エルフの中で火属性に対して適性を持っている者はルイーズさんを除いていない。いたとしても過去の慣例に従って里から追放されているので、里の中にはいない。
火力不足からエルフだけでの討伐は難しい。
「それに犠牲者が出る事を前提にした作戦も心情的にやりたくない」
その気持ちは分かる。
俺だって眷属の誰かを犠牲にしなければならない作戦など絶対にやりたくない。
「とにかく今も生きている巨大魔物は蜘蛛と蛾だけでいいんですね」
「その通りだが……」
蛾については未知数だが、蜘蛛と同程度の力だと考えれば問題なく討伐できそうだ。
「討伐は明日やることにします」
「ああ、今日はここまでの移動で疲れただろうから万全を期して明日から始めた方がいいだろうね」
「分かった。泊まる場所については――」
「アタシの実家に泊まってもらうことにするよ」
人が訪れる事のないエルフの里では当然のように宿などない。
まあ、泊まれる場所がなければテントを出して野営しても問題ない。里の中ならば魔物避けの魔法道具もあるので安全も保障されているため外で寝泊まりしても問題ない。
「巨大魔物については必ず討伐することを約束します。その時はアリスターとの取引をなるべく早めに再開して下さい」
「もちろんだ。本当に討伐できたのならお礼に君たちに便宜を図ってもいいくらいだ」
「お願いします」
長老のいた家を後にする。
昼過ぎに里へ到着したとあって既に夕方になっており、夕陽に照らされた里の中をルイーズさんに案内されてある家へと向かう。
「ただいま」
「あらあら、久しぶりね。帰って来ているとは聞いていたわよ」
家の中からおっとりとした女性が現れる。
年齢は――10代後半にしか見えないが、エルフの外見年齢など実際の年齢には参考にならない。
ルイーズさんと一緒に並ぶと姉妹にしか見えないが、そうでない可能性の方が高い。
「紹介するね。アタシの母だよ」
「初めまして」
ほら、妹なんかじゃなくて母親だった。
見た目はどう考えてもルイーズさんの方が上だ。
「初めまして冒険者のマルスです。ルイーズさんにはお世話になっています。今回もエルフの里まで案内してもらいました」
「これはご丁寧に。私はルイーズの母親――を名乗っていいのかどうか微妙なところではありますが、ルエラです」
ルエラさんが名乗るとシルビアたちも挨拶をする。
「みなさんはお仕事でこのような場所まで来たのでしょう。何もない場所ですけど娘が久しぶりに帰って来たんですからご馳走を用意します」
「お手伝いします」
「いえ、お客様に手伝ってもらうわけには……」
「料理は得意なので手伝いながらエルフの料理について学ばせてもらいます」
「そうですか?」
手伝いを申し出たシルビアと一緒にルエラさんがキッチンの奥へと消えて行った。
ルイーズさんに勧められるままダイニングにあったテーブルの前に座る。
「母はいつもあんな調子だよ。アタシが里を追放される事が決まった時も最後まで反対してくれたから本当に頭が上がらないよ」
ルイーズさんの目を見れば本当に大切に想っている事が分かる。
だが、ルイーズさんに許可されている短期間の滞在。
親娘が一緒に居られる時間は少ない。
「他の家族は?」
「姉が二人いたけど、どちらも既に自分の家庭を持って嫁いでいるからこの家にはいないよ。父親はいないよ」
「それって……」
「勘違いするんじゃないよ。アタシが炎属性に適性を持っていると分かった瞬間に別の女と暮らし始めたからこの家にはいないだけだよ。アンタたちのように死んでいるわけじゃないさ」
つい、自分たちの境遇と重ねてしまった。
しかし、浮気して出て行かれたのもショックなのは変わらない。
「それよりも大見得切って討伐できると言ったんだから本当に討伐できるんだろうね。魔物の強さだけじゃないよ。戦うことになる場所は迷いの森だ。あそこで攻撃は至難だよ」
「逃げずに正面から戦えば討伐は難しくないと考えています。攻撃を当てる事についても問題はないでしょう」
秘策なんてない。
いつものように正面から戦うだけだ。