第5話 先輩の事情
翌日、冒険者ギルドの依頼で数日は帰らないことを家族に伝えると、やはり心配されてしまった。
しかし、討伐を依頼されたセイルズ村はアリスターの街から馬車で1日以上離れた場所にあり、途中で野営をする必要もあった。
「大丈夫だから。数日後には絶対に帰って来るから、今度はギルドに押し掛けるような真似はしないでくださいね」
「分かりました……」
渋々ながらどうにか納得してもらうと街の北門へと向かう。
早朝だというのに街を出かける商人や冒険者が数多く見られ、対応に追われる衛兵が眠気と戦いながら忙しくしていた。
俺も冒険者カードを見せて手続きを済ませると街の門を出る。
「お、やって来たな!」
門を出てすぐに冒険者ギルドで出会ったブレイズさんが俺のことを発見してくれた。
良かった。門の前で集合とは聞いていたが、詳しい場所については聞いていなかったから向こうから見つけてくれたのは助かった。
「今日はよろしくお願いします」
「おう!」
巨漢のブレイズさんは豪快に答えてくれるがパーティメンバーは訝しんだ目を俺に向けて来た。まあ、いきなりパーティに素人が加わるとか言われても困るだろうな。
「まずは、俺の仲間を紹介するぜ。こっちのハルバートを持っているのが――」
「――戦士のギルダーツだ」
自分の役割と名前だけを言う男の冒険者。
コミュニケーション能力は低そうだが、その寡黙な姿と相まって厳つい顔つきが強く見せていた。
「相変わらず、ギルダーツは愛想がよくないな」
その姿を笑いながら見ていた背が低いながらも筋肉質な男の冒険者。
「儂はグレイ。見て分かると思うがドワーフで、パーティでは盾を使って防御を担当しておる」
右手にドワーフなため体が小さな彼の体がすっぽりと収まりそうな盾が握られていた。
「へぇ~、これが面倒を見ることになった新人の冒険者?」
「実力は……どうなんだろう?」
グレイさんの持っていた盾に注目していると、二人の女性がニコニコとした笑みを浮かべながら俺のことを観察していた。
「わたしはマリアンヌ。杖とローブを着ている姿から予想できるかもしれないけど、魔法使いよ」
「あたしはリシュア。あたしの場合は装備品からは分かりにくいけど、錬金術師でね。パーティの為に色々とアイテムを用意しているのよ。特に最後の一人が金食い虫でね」
「おい、聞こえているぞ!」
馬車の方から声が飛んできた。
5人パーティだと思っていたが、もう一人は馬車の方に残っていたみたいだ。さすがに近くにいるとはいえ、パーティの財産とも言える馬車を無人にするわけにはいかない。
「最後の奴はネイサン。金食い虫だって言ったのは、奴が使っている武器が『銃』でな。銃弾に金が掛かって仕方ないんだが、奴は一向に他の武器にしたがらないんだ。それで、銃弾は錬金術師のリシュアに頼んでいるっていうわけだ」
「本当なら、一発造るだけでも大変だから別の武器にしてほしいんだけどね……」
同じ遠距離攻撃の武器でも弓がある。
だが、銃に異様なほど拘っているせいで報酬のほとんどを銃の調整や銃弾の補充に費やすことになっても手放すことがなかった。
「これが俺たちのパーティだ。目的地のセイルズ村までは馬車で移動することになる。一時的とはいえ、お前も俺たちのパーティのメンバーになるんだから遠慮はナシで行こうぜ」
「ありがとうございます。では、同乗させてもらいます」
「……真面目な奴だ」
☆ ☆ ☆
目的地であるセイルズ村は、冒険者ギルドで地図を見せてもらった時にも確認しているが、アリスターの街から離れた場所にあり、俺のいた村よりも田舎みたいだ。
依頼は、セイルズの村の村長から出されており、近くの森にいくつかの群れから成る魔物が住み着いてしまったので、村に被害が出る前に討伐してほしいというものだった。
危険度は高いのだが、Bランクの冒険者なら問題なく対処できる。ただ、依頼者が『村』だったせいもあり、どうしても報酬が低くなってしまっていた。
そのため、他のBランクの冒険者やCランクの冒険者は危険を冒してまで受けたいとは思わなかったらしい。
その辺の事情については、馬車の中でブレイズさんたちから聞いた。
ちなみに馬車の御者は、ネイサンさんが見張りも兼ねて受け持っていた。銃士として、視野を広く持つことができるネイサンさんが大変な仕事を受け持っていたらしい。そうやって大変な仕事を率先して請け負うことで報酬を多くしてもらっているとのことだ。
「あの、どうして皆さんはBランクなのにCランクの依頼を受けようと思ったんですか?」
ルーティさんにも言われたが、気になっていたことを聞いてみることにした。
俺は、先輩冒険者から色々と学ぶことを目的としているため報酬にはそれほど拘っていなかった。しかし、ブレイズさんたちの話を聞いていると依頼の報酬は、Bランクの冒険者が受けるものとしては低いらしい。
「そうね。あたしたちの事情を知らない人たちからすれば儲からない仕事を受けているようにしか見えないわよね」
「けどね、わたしたちにとってセイルズの村は大切な場所なの」
「大切な場所?」
「ああ、俺たちは全員がセイルズの村出身の冒険者なんだ」
その言葉で理解した。
彼らは、報酬の為ではなく、故郷を守る為に依頼を受けたのだ。
「俺たちは幼馴染って奴でな。全員が親の畑や仕事を継ぐことができない次男や三男だ。このまま村でひっそりと暮らしたり、誰かと結婚して生活したりする将来に嫌気が差して家出同然に村を出て来たんだ。親を説得して村を出ようとしたが、田舎の親って奴は頑固でな。誰もが危険だから辞めろって反対していたよ」
その反応は、なんとなく想像できる。
俺も冒険者を続けると言った時には、家族から反対された。
「それが気付いたらBランク冒険者だ。運が良かったにしても俺たちに実力がないとここまでは来れない」
「その内、村から討伐依頼が出されることがあってね。心配を掛けたお詫びに村の近くに出没した魔物を討伐したんだけど、すごく感謝されてね。それ以来、故郷で困っている依頼があったら率先して助けるようにしているの」
ブレイズさんたちの説明を聞いて彼らが依頼を受ける理由には納得した。
故郷を助ける為に立ち上がる。
その気持ちは、村を守る為に兵士になろうとしていた頃の自分も感じていた。
けど、今は故郷の村に対して何かをしようという気持ちにはなれなかった。
「マルス君は、どうして冒険者になろうと思ったの?」
リシュアさんが尋ねてくる。
こちらも彼らが独立を目指して家出同然に村を飛び出したところまで聞いてしまったのだから話さないわけにはいかないだろう。
「実は、父が行方不明になっていつの間にか借金をしてしまっていたんです。それを返済する為に冒険者になって迷宮に挑んだです」
「あれ、マルス君って冒険者になったばっかりなんだよね」
マリアンヌさんが俺の言葉を聞いて目を丸くしていた。
「はい。10日ほど前に冒険者になったばかりですね。迷宮へは初日に挑みました」
初日、というのがとても意外だったのか。
「無茶をするのはダメよ。冒険者なんて言われているけど、わたしたちは無謀な冒険をしてはいけないの。自分の実力にあった冒険をしないといけないのよ。そうでないと冒険者なんてすぐに死んでしまうわ」
その言葉にはどこか重みがあった。
運が良くて、いつの間にかBランク冒険者にまでなったと言っていたが、それまでには色々とあったのだろう。
「はい、気を付けます。迷宮に潜った時に怪我をしてしまったので、無茶をしようとは思いません」
というよりも無茶な状況になったらステータスを全開にさせてもらう。
1万を超えるステータスで切り抜けられない状況など早々ない。
「でも、迷宮に潜ったおかげで借金返済に必要なお金も宝箱から得られましたし、今している装備品も手にすることができたんです」
「あ、その装備品についてはあたしも気になっていたんだよね」
リシュアが近くに寄って来てコートを触っていた。
「うん。やっぱり剣だけじゃなくて、コートや靴もかなりの業物であることは間違いないね。そんな代物をどうして新人冒険者が持っているのか不思議だったけど、迷宮で手に入れたっていうなら納得かな」
リシュアさんが真剣な目で俺の装備品を観察していた。
「よかったら、気の済むまで調べて下さい」
「いいの!?」
「はい。俺としても迷宮で手に入れた物なので、どれだけ強力な物なのか分からないのでしっかりとした方に見ていただけるのは助かります」
どうやら、錬金術師としての腕は確かなようだが、『鑑定』などのスキルは持っていないようなので、見てもらっても問題ないだろう。
「おいおい、ほどほどにしておけよ」
「わ、分かってるわよ」
リシュアさんの返事を聞いてブレイズさんたちが笑っていた。
うん、なかなかいいパーティのようだ。