第10話 森の浄化
そこからの30分間は襲い掛かってくる蟲型の魔物を倒すだけだった。
ソードマンティスが倒された時に流した血に引き寄せられた魔物が次々に群がってくる。
「そろそろ打ち止めか?」
森の奥から体を丸めて転がりながら攻撃してきたダンゴムシの体を斬り飛ばしながら呟く。
森の奥から新たな魔物が現れる様子がなくなった。
「終わりであってほしいです」
「あたしも嫌よ」
「これ以上来るなら次は焼き尽くします」
「私も問答無用で凍らせます」
女性陣の意気込みが凄い。
森での戦闘はほとんど俺の出る幕がなかった。
最初の頃に出て来たカブトムシやチョウの魔物が出て来たところまではよかった。
その後で出て来たクモやムカデのような足の数が多い魔物が現れた瞬間に女性陣の視線が鋭くなった。
嫌な気配を覚えて後ろへ下がると大量のレーザーと氷柱が森の奥へと放たれた。
森の中ということで火事にならないように火属性魔法の使用は控えてくれたみたいだけど、蟲を殲滅する為にメリッサとイリスの2人は広範囲を攻撃できる魔法を撃ち続けていた。
獣や蟲の魔物には元となった生物がおり、魔物になると総じて元となった生物よりも大きくなる。
そうなると蟲のような女性には嫌悪される部分がはっきりと見えるようになる。
それが女性陣のやる気を助長させていた。
「いや、やる気になってくれていたのは嬉しいんだけど……」
すごく疲れた。
ほとんど最初に魔法を少し使っただけなのに疲れた。
2人の魔法使いがやる気を見せてからは、後ろにいた護衛対象たちを守る為に警戒していたが、そっちでも出番はなかった。
魔物の中には姿を透明にしてこっそりとリューたちに接近していたのもいたが、全てシルビアに見破られて短剣で樹に縫い付けられていた。
「これだけの数が出て来たんだから普通はいなくなっているはずだよ」
魔物の死骸でできた小山を見ながらルイーズさんが呟いていた。
長年冒険者として活動して来たルイーズさんにとってもこれだけ大量の蟲が発生したのは久し振りの事らしい。
「これ、200匹以上いませんか?」
「たった5人で討伐できる数なんですか?」
「そうだね。普通は無理だから、アンタたちはコイツらの事を目標になんかするんじゃないよ。これだけの数を狩るには普通は数十人が必要になるんだ。それなのにたった4人でできたのは、あの2人がポンポンと魔法を使い続けたからだよ」
あ、俺が数に含められていなかった。
鬼気迫る表情で魔法を使い続ける2人の姿はルイーズさんにとっても異常だったようだ。
普通は魔物の群れを殲滅するような魔法は1度撃つだけで数百レベルの魔力を消費するため、2発目を撃つことができたとしても時間を置いて心を落ち着かせてからになる。それが2人は休むことなくポンポンと撃ち続けていた。
「それよりも、どうしてこんなに大量の蟲型の魔物が発生したのか原因が分かりますか?」
大量の魔物を討伐したが、獣型の魔物は1匹も現れていない。
それに数が多すぎる。自然発生した魔物とは思えない。
「そうだね。この森には種類を問わずに大量の魔物が発生するのかい?」
「いいえ、放置し過ぎれば大量の魔物が一気に発生する事はありますけど、きちんと討伐がされていれば大量の魔物が発生する事はありません」
そこでリューの方を見る。
アリスターにある冒険者ギルドの掲示板を何度か確認したところ森の魔物討伐依頼が出されている事を確認している。今回も討伐に冒険者が4人派遣されていることから、討伐は継続的に行われているみたいだ。
「元村長たちが醜態を晒してくれたおかげで森にいる魔物を放置するとどれだけ危険な事になるのか理解しているから定期的に討伐してくれるよう冒険者ギルドに依頼を出している」
依頼もタダでは出せない。
村の事を思えば兵士たちで倒すのが一番なのだが、鍛える事を怠っていた兵士たちではホーンラビットが相手でも万が一の場合というものが存在する。
確実に戦えるようになるまでは冒険者に頼るのが確実だ。
「前回、討伐してもらったのは?」
「1カ月ぐらい前に討伐されていた」
「その時に蟲型の魔物が大量発生したような話は?」
「なかった。持ち帰った討伐された魔物を見せてもらったけどフォレストウルフが10匹にホーンラビットが3匹、オークを1体狩ってくれただけだった」
獣系の魔物が多く、生息している魔物を狙ってやって来たオークまで討伐してくれたか。
森から出てこないように間引きするならそれだけ討伐すれば、しばらくは森から魔物が出て来ることはないはずなので十分な討伐がされたと言える。
討伐された魔物の内訳から少なくとも先月の段階では魔物の大量発生が起こっていなかったと考えられる。
「定期的に討伐がされている。そうなると……」
「どこかから流れてきた」
本来はいないはずの魔物が出現した。
考えられる可能性の中では別の場所から移動して来た可能性が高い。
この森には魔力が豊富にあり、魔力を糧にしている魔物にとっては非常に過ごし易い環境になっていた。何らかの事情によって元の場所で生活することができなくなってしまった魔物が住み着くには適した場所だった。
「でも、みなさんが来てくれたのが今のタイミングでよかったです」
「それはどういう意味?」
「だって森に大量の魔物が住み着いていたのに森から出て来たのはイートアントだけだったじゃないですか」
「それはちょっと違うかね?」
蟲型の魔物は森の中みたいな場所を好んで住み着く。
そして、一度住み着くと何らかの理由がない限りその場所から離れるようなことはない。
イートアントは大喰らいで何でも食べる性質だったため森から出て人を襲い始めた。
俺も知らなかった事をルイーズさんが教えてくれた。
「森の中でもないのに蟲型の魔物が襲ってくるなんて迷宮ぐらいでしかないよ」
俺が迷宮主である事を知らないルイーズさんの言葉に思わず反応してしまう。
たしかに迷宮では森でなくても草原のような開けた場所でもカマキリやクワガタの魔物が現れるように設定していた。
迷宮でも魔物が生息するうえで必要最低限の環境は必要とされているが、森の中みたいな場所を好んでいるだけであって草原で生きていけないわけではないため場所を問わずに出現するように設定していた。
ただし、女性陣から嫌われるムカデや芋虫のような蟲型の魔物は森の奥深くまで行かなければ出現しないように設定している。
迷宮とは違って地上では森から出て来る事は滅多にないらしい。
「コイツらが住み着いていれば村が魔物に襲われるような心配もないだろうね」
「本当ですか!?」
リューが思わずルイーズさんに詰め寄る。
村長になった今では魔物への対処はリューを悩ませる最大の問題だった。
それが蟲型の魔物がいれば解決されるかもしれないと聞いて飛び付かずにはいられなかった。
ただし、これに反対する村人もいる。
「悪いが、蟲型の魔物を飼うような方針には反対だな」
ここまで無言で付いて来た猟師のおじさんだ。
おじさんは魔物ではない普通の鹿や熊といった獣を狩ることで生計を立てている。
そして、今回討伐された蟲型の魔物の被害に遭った中には獣も含まれているらしいので森に魔物が多くいると食糧不足に陥るらしい。
「それに森に魔物が住み着き過ぎたせいで飽和状態になればどのみち出てきてしまう。このような場所に住んでいる以上、魔物討伐から逃れることはできないよ」
結局、討伐する魔物の種類が変わるだけだった。
「それで、どこから蟲型の魔物が来たのか分かりますか?」
「そうだね……」
討伐された魔物の死骸を眺める。
途中から無双し過ぎてしまったせいでどんな魔物が出て来たのか確認している余裕がなかった。
「こいつは……」
ルイーズさんが注目したのは金色の羽を持つチョウの魔物。
チョウの魔物は特殊な毒が含まれる鱗粉を振り撒いて動けなくなったところに襲い掛かって相手の養分を奪い取る性質があるのだが、残念ながら戦闘中は鱗粉が届く距離まで近付く前にレーザーで貫いてしまった。
「間違いなく迷いの森でしか出没しない魔物だね」
「やっぱり……」
最近の情勢を考えれば異変の起きた迷いの森から流れて来た魔物だと予想するのは難しくない。
しかし、それはそれで厄介だ。
簡単に倒してしまったソードマンティスだが、本来ならば決して弱くはない魔物だ。
それが追い出されたということは、ソードマンティスよりも強い魔物が迷いの森に現れたという事になる。
もしかしたらエルフが行商にアリスターまで訪れる事ができないのはソードマンティスよりも強い魔物が現れた事に原因があるのかもしれない。