第9話 虫の巣食う森
デイトン村近くにある森へと向かう。
森の入口は狭いのだが、奥へ奥へと進むにつれて深くなっており、奥にいる魔物ほど強くなっている。
同行者はパーティメンバーにルイーズさん。それから村の代表者としてリューとカレン、大人として猟師のおじさんが付いて来た。さらに足手纏いになるので連れて来たくはなかったが、村にいた冒険者たちも同行を願い出た。
「本来は俺たちが受けた討伐依頼です。役には立たないかもしれないけど、せめて何が起こっているのか見届けさせて下さい」
そう言って勝手に付いて来た。
まあ、後ろにいる分には困らない。
「これは、聞いていた話と違いますね」
【探知】から森の異常性に気付いたシルビアが呟いた。
俺も迷宮操作で周囲の地図を呼び出して異常に気付けた。地図は1度訪れた場所しか表示されないが、村長を陥れる為に準備していた時に森の中を走り回っているので地図が完成されている。
「何がおかしいんだ?」
リューには全く事態が呑み込めていないらしい。
冒険者たちでさえ詳しい状況が分からなくても嫌な気配を感じて武器を構えている。
「魔物がいない」
「どこかに出払っているのか?」
「いや……」
反応があった場所を覗いてみる。
木々の向こうなど見えない場所にホーンラビットの死骸が無造作に放置されている。
しかも死骸の状態は、何かに齧られたような跡があり、肉の中でも美味しい場所だけを食べられていた。人間ならばこんな無駄な食べ方はしない。
「何か魔物がいるな」
「どうやら向こうから来てくれたみたい」
魔物の接近に気付いたイリスが森の奥へと視線を向ける。
視力を強化して森の奥を確認するよりも早く、その音は聞こえてきた。
「なに、この羽音……」
冒険者の1人が呟いている間に彼らでも見える場所にやって来た。
ホールドビー。
体長が1メートルある蜂型の魔物で通常の蜂よりも大きな体で獣や人間の体にしがみ付くと毒針を突き刺して麻痺させて動けなくなったところを捕食していくという特性を持つ魔物。
さっき見たホーンラビットの死骸はホールドビーに掴まれて貪り尽くされた成れの果てだ。
しがみ付かれなければ脅威ではないため、単独ならば対処は簡単なのだが、問題なのはその数だった。
「おい、100匹以上いるぞ!」
リューが迫って来るホールドビーの群れを見て叫んでいるが、俺たちは気配探知から既に大凡の数を把握していた。
「あ、あんな数の魔物を相手にできるわけがない!」
「無理です!」
「逃げましょう!」
「……」
無言のまま盾を構えて防御しようとしている1人以外は戦意を喪失してしまった冒険者たち。
Eランク冒険者ではこれが限界か。
「少し黙っていて下さい」
そうしている間にホールドビーが射程内に入って来る。
これだけ近ければ問題ないだろう。
「フリーズウィンド」
イリスの手から放たれた冷気がホールドビーへと向かう。
冷気を浴びたホールドビーは体に霜が付着し、先頭にいたものから順に地面へと落ちていき、俺たちの20メートル手前まで辿り着くのが限界だった。
「何をしたんですか?」
「こいつらは真正面から突っ込んでくる以外に移動方法を持ち合わせていないから範囲攻撃を当てるのは結構簡単なんだよ」
冷気を浴びた相手を凍らせる魔法。
まともに受けて体が凍ってしまったホールドビーは翅まで凍らされてしまい、飛んでいることすらできずに地面へ落下してしまった。
「これも凄い魔法ですね」
「そうでもないです」
イリスの使う最上級氷魔法に比べればフリーズウィンドなど小さな範囲を凍らせるだけの能力でしかない。
「俺としては次の奴が気になるかな」
「次?」
冒険者たちにはホールドビーの羽音で聞こえていなかったらしいが、ホールドビーが飛んで来た先にある足音が気になっていた。
「ほら、来た」
「なっ……! 刃蟷螂!?」
人よりも大きな蟷螂が森の奥から現れた。
ソードマンティスが持つ2本の鎌は鋭く、触れるだけで人の体など簡単に両断することができる。その2本の鎌を剣のように持って構えていることからソードマンティスと呼ばれるようになった。
冒険者ギルドが推奨している冒険者ランクはBだ。
「あたしがやっていい?」
「誰がやっても同じだからいいけど……」
「やった」
俺の返事を聞いた瞬間にはアイラがソードマンティスへ駆け出していた。
――キンキン!
アイラの聖剣とソードマンティスの鎌が衝突して甲高い音が鳴り響く。
音だけ聞くと剣士同士が戦っているようにしか感じられない。
「アイラ」
「なに?」
ソードマンティスの剣から斬撃が飛ばされアイラがギリギリの所で回避すると地面に亀裂が走った。
どうやらソードマンティスの攻撃が人の体を易々と破壊できるというのは嘘や誇張ではないらしい。初めて遭遇する魔物なのでソードマンティスの攻撃力などが人伝に聞いた噂話程度しかない。
だが、ルイーズさんの視線がある前では注意をしなければならない。
「他の所はともかくソードマンティスの持つ素材の中で最も高く売ることができるのは鎌だ。あまり傷付けないように仕留めろよ」
「ちょっと、何を言って――」
「了解」
ソードマンティスのような強大な相手を前にしているというのに素材の状態を気にしている俺たちの事を村長であるリューが咎めようとしていた。
しかし、騒ぐリューを無視したアイラが剣を振るいながらソードマンティスの横を駆け抜けるとソードマンティスの手が根元から切断される。
「残念だったわね」
ソードマンティスの背後からアイラが嗤い掛ける。
人の言葉を理解することができているのか分からない。それでも怒っているということが分かるぐらいに睨み付けながらアイラの方へ振り向く。
「悪いけど、自分が殺されたことにすら気付かないような雑魚には興味がないの」
鎌を斬り落とした直後にソードマンティスの胴体も斬っている。
振り向いている間に揺らされたソードマンティスの上半身が地面に落ちる。
「これがAランク冒険者の実力……」
冒険者の中でも前衛の2人が強力な剣士でもあるソードマンティスをあっという間に倒してしまったアイラの実力に息を呑んでいた。
切断して得た鎌を収納リングに回収する。
「改めて確認したいが、この森には本当に獣系の魔物しか生息していないんだね」
「俺が自分で入ったことはありませんが、森にいる魔物の討伐を担当していた父からは獣系以外の魔物が出没した話は聞いたことがありませんし、村に蟲系の魔物が接近したこともありません」
ルイーズさんの質問に父から聞かされた話を思い起こす。
あっという間に倒されてしまったソードマンティスだが、滅多に現れることのない魔物だ。もしも村にソードマンティスが現れていた場合には村の防備など意味もなく蹂躙されていたはずである。
その光景を思い浮かべているのかリューの表情が青い。
「どうして、こんな危険な村なんだよ」
「ここは辺境で、そういう場所なんだよ」
先祖たちは、それでも開拓したのかもしれない。
その苦労を実際に知らない親たちがしっかりと教えてくれなかったせいでリューたちが苦労させられている。
「どのみち逃げるなんてできないんだから村で生きていくしかないんだよ」
「俺たちだってお前みたいに街へ行けば……」
「それはどうだろうな」
街へ行けば危険な辺境からは逃れることができるかもしれない。
しかし、街に村人全員が生きていけるような余裕があるわけがない。街に受け入れてもらえなかった多くの村人は弾かれることになる。
「お前は望んで責任ある立場になったんだ。最後まで責任を果たすんだな」
リューとの話はここまでだ。
再び森の奥へと視線を向ける。
「どうしました?」
冒険者たちは気付いていないようだが、森の奥から迫って来る気配がある。
「本当にこの森はどうなっているんだい?」
現れたのは人ぐらいまで大きくしたカブトムシの魔物。
飛びながら角で相手を串刺しにしてくる。その威力は金属の盾など貫通してしまうほどだ。
それが群れを成して迫って来る。
「さて、入れ食い状態だ。好きなように動いていいぞ」