第6話 案内人の必要性
夕食を終えて、迷いの森についての説明を終えるとルイーズさんは屋敷にある客室の1つへシルビアに案内されて眠ってしまった。
本当に自由な人だな。
俺の買った屋敷にはいくつか使われていない部屋がまだあり、客室として使うことになっていた部屋は常にシルビアや母親たちの手によって掃除されているので急な訪問にも対応できた。
妹たちも眠り、リビングにパーティメンバーだけが集まる。
全員にシルビアの淹れてくれた紅茶が行き渡り、ここからパーティメンバーだけのまったりとした打ち合わせだ。
「とりあえず案内人が見つかってよかったわね」
「まあ、面倒事は増えたけどな」
アイラの意見には同意できる。
けれどもパーティメンバー以外が合流したことによって実力が出し辛くなったという問題が発生した。
既に戦争で大々的に力を使ってしまったが、その場にいなかったルイーズさんには詳細な力については知られていないはずだ。あまりに多くの人に詳しく知られてしまうと面倒な事に巻き込まれる可能性がある。
「そのことについてなのですが、ルイーズさんについてはある程度までは教えてもいいかもしれません」
「大丈夫か?」
「はい。私たちに対して祖母のように接してきて非常にうざ――面倒な人ですが、冒険者ギルドのギルドマスターを務めるほど信頼されている人物です。私たちの秘密を教えても無暗に言い触らすような真似はしないでしょう」
メリッサが珍しく『うざい』という言葉を使い掛けた。
女の子にとって色々と世話を焼きたがるルイーズさんのような態度は面倒に感じるのだろう。
だが、人格はともかくとして信頼できそうだという点には賛成だ。
「分かった。必要な時が来るようなら躊躇なく力を出していい」
その辺りの判断は各々に任せる。
「今回の依頼だけど、アルケイン商会から調査依頼を引き受けたけど、報酬の方はそれほど期待できないから利益はそれほどない。どちらかと言うとエルフの里への観光を目的にのんびり行こう」
ルイーズさんの話によると以前に問題が発生した時には時間の経過と共に解決されたらしい。
今回も時間が解決してくれる可能性がある。
その間、エルフの里からの仕入れが滞ることになるが、どうにか耐えてもらうより他にない。
「そういえば、今回は稼いだりしないの?」
「稼ぐ?」
「前の迷宮探索みたいに聖剣を売るとか、アリスターにいる商人に対して不足している商品を売って利益を出すとか」
ああ、そういうことか。
「それで利益が出せていればすぐにやっているさ」
残念ながらそこまで上手くできていない。
「今回不足しているエルフの里の商品だけど、宝箱で手に入れようとしたら結構な量の魔力を消費することになるんだ」
不足している品ということで多少は値段を吊り上げることができるが、それでも魔力変換の効率から赤字になってしまっている。
理由は、商品の希少性にあった。
「宝箱は特殊な魔力を秘めていたり、大量の魔力を必要としていたりする物を手に入れるほど多くの魔力を消費することになっている。さっきルイーズさんから話を聞くまでは分からなかったけど、エルフの里にある植物なんかは神気の影響を強く受けているせいか魔力が大量に必要なんだ」
そのため素材を宝箱で手に入れるのは断念するしかない。
「じゃあ、迷宮に生えている場所はないの?」
「それも駄目だ。迷宮はなにもどこでも好きな場所に好きな植物を植えられるわけじゃない。植物には生きていく為に適した環境が必要になる。さっきも言ったように神気の影響を受けている植物を植える為には、常に神気が供給されるような環境が必要になる。神樹がない状態では不可能なんだ」
「じゃあ、神樹を作るのは?」
「大本になる神樹を魔力変換しないと無理だ」
枝のような一部ではなく、神樹そのものが必要になる。
まだ目にしていないのでどの程度の大きさがあるのか分からないが、大樹だと言われている樹が小さいはずがない。
そんな大きさの特殊な樹。今の魔力では不可能だ。
それに、そんな特殊な樹は維持するのも大変だ。
結局、エルフの里からしか得られない商品は、エルフの里から仕入れた方が効率いいので原因究明に乗り出す必要がある。
「色々と面倒なのね」
こういう話が面倒なアイラがテーブルに突っ伏してしまった。
「そういえば、2人はどんな情報を仕入れてきたんだ?」
ルイーズさん登場のインパクトがあり過ぎてすっかり忘れていたが、アイラとイリスの2人も情報収集の為に動いていたはずである。
何か有力な情報が得られたとは思えないが、試したことぐらいは聞いておいた方がいいだろう。
「あたしは冒険者ギルドに行って迷いの森を抜ける方法を知っている冒険者や職員がいないか話を聞きに行ったのよ」
けど、アイラの表情を見る限り芳しくなかったみたいだ。
まあ、冒険者が攻略方法を知っていたとしたら利益を独占する為に教えない可能性の方が高い。
冒険者ギルドでもエルフの里での件は噂になっていた。ギルドも方法を知っていれば緊急依頼を出してでも解決したい出来事なはずだ。
冒険者にも誰かが抜け駆けしたり、攻略方法を知っていたりする人はいないとの事だ。
「ただ、森で迷った人を保護したことのある冒険者によると森には昆虫系の魔物がいるから迷った場合には注意が必要だって言われたわ」
昆虫系の魔物か。
昆虫系は、肉に旨味が少なく数が多いばかりで素材の価値も低い魔物が多いため今まで避けていた。
「私は南門から街を出て人目に付きにくい場所で使い魔を呼び出して上空から突破できないか確認してみた」
森を地上から抜けるのは難しくても上空からなら抜けることができるかもしれない。
迷宮操作を持つイリスは、俺と同じように迷宮の魔物を呼び出して使い魔にすることで感覚を共有し、偵察させることが可能になっている。
俺と同じように鷲を呼び出したイリスは空から偵察することにしたみたいだ。
「けど、真っ直ぐ飛んでいるはずなのにいつの間にか横へ逸れていて奥へ進むことができないようになっていた」
迷いの森の効果は地上だけでなく、上空にまで影響を及ぼしていた。
そうなると俺たちが森の上から森を攻略する方法も使えないと考えた方がいい。
「使い魔はどうなった?」
「それが、呼び戻そうとしても迷い続けるばかりで戻すことができなかったから、その場で迷宮に戻した」
迷宮への転移が使い魔に可能なら俺たちが迷ったとしても転移で戻って来ることができるはずだ。
攻略方法に対して有力な情報は得られなかったが、いい情報が得られた。
「そうなると迷いの森で迷うことのないエルフの案内人を得られたのはとても大きいですね」
「そうでしょう」
シルビアの称賛にメリッサが自信満々に答えるが、たまたまルイーズさんが付いて来てくれることになっただけだ。
「とりあえず明日の予定についてだ。ルイーズさんがいるからそれほどの速度が出せない。森の入口まで行ければいい方だろう」
さすがに人を抱えた状態での全力疾走は遠慮願いたい。
「それなんですが、ルイーズさんも高速移動ができる魔法を修めていたはずなのである程度の速度を出すことは可能です」
それなら昼過ぎには迷いの森の入口まで行くことが可能だろう。
だが、迷いの森へ挑むつもりはない。
さすがに異常があるかもしれない森へ夜に入るのは危険すぎる。森の手前で一泊してから森へ挑むべきだ。
「正直言って何があるのか全く予想ができない場所だ。全員気を引き締めて挑むように」