第4話 滞る仕入
情報収集の為に俺がやって来たのはアルケイン商会。
行商を行っているエルフも来ないという話から商人関係から話を聞いてみようと判断した。
俺が持っている伝手の中で商人の関わりがある人物となると一番有力なのが祖父であるアルケイン商会の前当主になる。
屋敷に着くとあっさりと部屋に通された。
普通の冒険者ならばこうはならないが、俺の名前と孫である事が作用して屋敷の人からも信頼を得ることができた。
「忙しい中、時間を作っていただきありがとうございます」
「問題ない。業務のほとんどを義息子たちに譲ってしまったせいで暇な爺だ」
通された応接室で待っていると祖父であるアーロン・アルケインがすぐにやって来る。
今は暇をしているというのは本当みたいだ。
「それで、用件は何かな?」
「街でエルフの里からの仕入れが滞っていると聞きました」
「その件か……」
どうやら祖父の方でも把握していたらしい。
「アルケイン商会が直接関わっている問題ではないが、既に多くの商人が知るところになっている問題だから私の耳にも入っている」
アリスターでも有数の商人だから祖父の下に相談しに来たりすることもあるのだろう。
「アリスターを訪れるエルフの商人は月に一度は必ず訪れていたが、今月と先月は訪れていない。とはいえ、エルフの里から仕入れているのは錬金術に使用する貴重な素材、特殊な香辛料や薬草だ。仕入れが滞ったからといって生活に支障を来すわけではない」
とはいえ、その特殊な香辛料を扱う料理店だってある。
素材が手に入っていないせいでエリクサー精製に錬金術師も難儀しているらしい。普段なら問題ではないのだろうが、2カ月前に起こった戦争の影響で回復薬を求める人が増えているという話は聞いたことがある。
その対応に錬金術師は追われている。
生活に困るほどの品ではないかもしれないが、必要としている人は多くいる。
「原因は分からないのですか?」
「エルフの里で何かが起こって出て来る事ができない。その可能性が一番高いが、直接取引をしている商人でさえエルフの里にはそれほど詳しくない。まず、迷いの森を抜けるのが人間にはほぼ不可能だからだ」
ほぼ、というのは迷うだけで運が良ければ出て来ることができるからだ。
しかし、商売として向かう以上は運という不確かなものに頼るわけにはいかない。
「行くつもりか?」
「慈善活動をするつもりはありませんが、誰かがやった方がいい案件でしょう」
それは、あくまでも建前だ。
神の遺した迷宮の主として同じように神が遺した神樹という物が気になった。
何よりエルフの里からの仕入れが滞ると食生活にも響く。
「祖父としては、迷いの森などという場所に足を踏み入れるのは良しとしない。しかし、エルフの里との取引が途絶えると困る者がいるのも事実。なら、私の方から冒険者ギルドに指名依頼を出しておくことにしよう」
「ありがとうございます」
迷いの森という行き先。
困っている多くの人を助けるという観点からBランクやAランク相当の依頼だと判断されてもおかしくない。
実績があって困ることはない。
それが普通であるため祖父の好意を素直に受け取ることにした。
☆ ☆ ☆
祖父から教えてもらったエルフと直接取引をしている商人の1人が経営している店へとやって来た。
そこは香辛料を取り扱っている店で中には香辛料が所狭しと並べられていた。
少し見ただけだと品物が不足しているようには見えない。
『シルビア』
『はい』
念話で呼び掛けるとすぐに反応が返って来た。
今はスープを作っているところらしく共有した視界に美味しそうなスープが飛び込んでくる。目の前に大量の香辛料があることもあって空腹感が増してくる。
いや、今は我慢するしかない。
お互いの視界を共有し、店の中の様子を確認してもらう。
『この店の商品が不足しているような様子はあるか?』
『ありますね』
俺には充実しているように見えるが、シルビアには一瞬で分かってしまったらしい。
『この店ならわたしも利用したことがあるので知っていますが、以前ならもっと豊富な種類の香辛料が置かれていたはずです。それが見て下さい。量はたくさん置かれていますが、種類の方はそれほどでもないでしょう?』
言われてから見てみると気付いた。
棚にはいくつもの瓶が置かれていたのだが、同じような種類の香辛料が置かれている。
量を置くことで特定の香辛料が品薄状態であることを悟らせないようにしているみたいだ。とはいえ、素人目にはどれだけの違いがあるのか分からない。
『わたしみたいに料理をする人間ならすぐに分かりますよ』
この店は個人で香辛料を求める人の為に開いている小さな店だ。
本来の大きな取引先は料理店なんかになる。
そういった誤魔化しの通用しない料理人を相手に優先的に在庫を処理しているのだろうとシルビアから教えられた。
『ありがとう』
礼を言って早めに帰ることを告げる。
「すみません」
「はい」
「ちょっと話を聞きたいのですが」
「何でしょう?」
奥にいた店主らしき人物を捕まえて話を聞く。
「迷いの森の抜け方を知っていますか?」
「……それを知ってどうするんですか?」
店主が不審者を見るような目を向けてくる。
まさか、迷いの森の抜け方を聞かれるとは思っていなかったのだろう。
「ああ、すみません。まだ正式に引き受けたわけではないですけど、エルフの里に起こった異変の調査依頼を受ける冒険者です」
「エルフが訪れない理由を調査してくれるんですか!?」
「はい。これでもAランク冒険者なので魔物などによる危険については大丈夫だと思います。ですが、エルフの里に辿り着く為には途中にある迷いの森を抜ける必要があります。抜け方を知っているのなら教えてくれないでしょうか?」
俺の質問に店主は困った顔をし始めた。
「私共としても困っているのは事実なので協力したいところなのですが、私共も迷いの森の抜け方を知っているわけではないのです」
「では、普段はどうやって商売をしているのですか?」
「毎月の月初めに向こうからやって来るので、私共は売りに来た商品を仕入れているだけです」
「こっちから行くことはないんですか?」
「ええ、ありません」
目の前にいる店主は知らないか。
仕方なく他の店主にも聞きに行こうとするが、店主に呼び止められた。
「おそらく他の商人も私と同じような状況でしょう。エルフと取引のある商人は何人かおりますが、自分から仕入れに行った商人はいないはずです。それは、誰もが迷いの森を恐れているからです。もしも、迷いの森を抜ける方法を知っているなら他の商人を出し抜くことができます。ですが、今のところエルフとの市場を独占した商人はいません」
「そうですか」
店主が言うように他の商人に尋ねても同じ結果になるのが見えている。
「じゃあ、アレとアレをください」
「まいど」
ついでにシルビアから頼まれた物を買って帰ることにした。
☆ ☆ ☆
「どうして、あなたがこの屋敷にいるんですか?」
「おや、アタシがいちゃ悪いかい?」
屋敷に帰ってシルビアに香辛料の詰められた瓶を渡すとリビングで寛いでいるルイーズさんがいた。
彼女はエルフであるため見た目こそ俺たちよりちょっと年上にしか見えない人物だが、王都の冒険者ギルドでギルドマスターをしている女性で、とてもこんな辺境に居られるような人物ではない。
「私が連れて来た……というか付いて来てしまったのです」
「メリッサ」
「エルフの里へ行く方法を聞くのならばエルフに尋ねるのが一番だと思って王都まで行って来たのです」
メリッサには俺たちには使えない空間転移が使える。
彼女は一人での移動なら一度でも行ったことのある場所なら一瞬で移動することができるので移動に何日も掛かる王都へ行くのも簡単だ。
「驚いたよ。王都にいるはずのない娘がいきなり訪ねて来るんだ。しかも事情を聞けばアタシの故郷で何かが起こっているという話じゃないか」
ルイーズさんがニヤニヤとした笑みを向けてくる。
アリスターまで連れて来たということは、空間魔法か迷宮魔法の転移については知られてしまっていると考えていい。
「安心していいよ。アンタたちの秘密について喋るつもりはない。それよりも迷いの森の案内はアタシが引き受けようじゃないか」