第3話 神樹の葉
夕方になる前にアリスターの冒険者ギルドへと戻って来る。
依頼を終えた多くの冒険者が戻って来る前の時間ということでギルドの中には俺たちと同じように依頼を早めに終えた数人の冒険者と職員がいるだけだった。
「依頼を終えてきました」
担当のルーティさんに依頼票を渡した後でコーラル草を提出する。
「たしかに確認しました」
必要素材であるコーラル草を持って奥へと消える。
すぐに戻って来たルーティさんから報酬を受け取ったので今日の仕事は終わりだ。
「ところでマルス君はユグドラシルの葉を持っていませんか?」
「ユグドラシルの葉?」
聞いたことのない名前だ。
気になったのでメリッサの方を見ると教えてくれた。
「ユグドラシルとは太古の昔に神が植えたとされる大樹のことで世界に何本かしか存在しません。その木が持つ神聖な力は葉にも宿っており、神樹ユグドラシルの葉からはエリクサーとも呼ばれる万能薬を作製することができます」
「他にも錬金術の素材として重宝される代物よ」
そこへ同じように知っていたイリスも追加情報を教えてくれる。
「どうしてそのような物があるのか世界の謎なんです」
ルーティさんも詳しい事は知らないらしい。
しかし、神が植えた木か……。
『あ、お察しの通り迷宮と同じような目的で用意された物だよ』
迷宮核が世界の謎をアッサリと暴露する。
『迷宮が大災害から逃れる為の施設なんだとしたら、神樹は災害で汚染された空気を浄化する為の物なんだ。王都の迷宮でやっていた事を目的にした物が神樹だよ』
周囲の土地から汚染された魔力を集めていた王都の迷宮。
それと同じように空気の浄化を担っていたのが神樹ユグドラシル。
知らされた事実に頭を抱えたくなったが、ルーティさんの前で表情を変えるわけにはいかない。
そんな風に耐えている。だが、隣を見るとメリッサとイリスはどうにか平然としていたが、アイラが驚いてしまっているし、シルビアは表情が変わるのを抑えているのか表情が硬くなっていた。
「どうしました?」
「いえ、なんでもありません」
「そうですか」
何かあったことはバレバレだったが、これで押し通すしかない。
「それで、ユグドラシルの葉がどうしました?」
「持っていれば分けて貰えないかと思ったんです」
「……持っていないと思います」
迷宮操作で手に入れられる素材の一覧を思い出して『ユグドラシルの葉』を探す。
結果、迷宮では手に入らない事が分かった。
『あれは神樹に生えているからこそエリクサーの素材になるほどの力があるんだ。残念ながら神樹の枝とか持ち帰ってもユグドラシルの木が得られるわけじゃない。そういうわけで迷宮から手に入れるメリットがないんだよ』
迷宮核からも解答が得られたので間違いないだろう。
「もしかしてユグドラシルの葉も足りないんですか?」
「アリスターだと今回マルス君たちに採って来てもらったコーラル草も不足しているユグドラシルの葉も南にあるエルフの里に頼った物資なんです」
俺が生まれ育ったデイトン村を更に南へ進んだ場所に迷いの森と呼ばれる場所がある。
1度迷い込んでしまうと運が良くない限り出てくることができない森。
迷いながらも脱出した者によると真っ直ぐ進んでいるはずなのに気付けば見当違いな方向を歩いていたらしい。気が付いた頃には遭難しており、森にある植物で腹を満たし、時折ある泉で水分を補給しながら歩き続けている内に脱出することができたらしい。また、ある者は迷いながらも目的であるエルフの里へ辿り着くことができたらしい。
森の奥にはエルフが住んでおり、エルフだけは迷うことがないので侵入者対策にエルフが用意した何らかの結界が作用しているのではないか、というのが一般的な見解だった。
実際のところはどうなのかエルフ以外に知る者は少ない。
「迷いの森を出入りする商人がいるんですか?」
「いいえ。迷いの森の向こうにあるエルフの里からエルフが商品を売りに来るんです。扱っている商品は主にエルフの里でしか手に入らない植物や獣ですね。こちらからは代わりに金属などを売っているみたいです」
森の中に住んでいるということもあって金属が手に入り難い環境にあった。
そのため里から一番近い都市であるアリスターまで商品を売りに来て必要な物資を買いに来ているらしい。
ただし、そのやり取りも専門の卸業者しか行わないためアリスターでエルフの姿が目立つことはない。
「その、いつも来ているエルフがここ2カ月ぐらい全く来ていないらしいんです。それで素材が不足する事態になっているんです」
それで錬金術に必要な素材であるユグドラシルの葉を求めていたのか。
ただ、残念ながら迷宮ではユグドラシルの葉を手に入れることはできない。
けれどもエリクサーなら大量の魔力と引き換えに手に入れることが可能だ。
「……エリクサーが必要なんですか?」
「持っているんですか!?」
「数は限られますけど、何本かだけなら売ってもいいです」
ルーティさんにはいつもお世話になっている。
本当に困っている事態なら助けてあげてもいい。
「いえ、ユグドラシルの葉ですが、エリクサーに必要なだけでなく他の物の精製にも使用するので大量に必要なんです」
普段であればたった1回の行商で取り扱われる量を必要とされているので普段通りに来てくれれば問題ないのだが、来てくれない。
そこで道具箱という便利なスキルを持っている俺に声が掛けられた。
もしかしたら、彼なら所持しているのでは?
そんな風に考えたギルド職員から俺に聞いてみるように言われたらしい。
最初から収納リングは隠すつもりはなく使っていたし、明らかに申告している収納リングの容量以上の物を何度も取り出しているので収納リング以外の収納方法があるとギルドには知られてしまっている。
しかし、俺に聞いたルーティさんの表情は優れない。
「やっぱり無理ですよね。マルス君たちはエルフの里の方へは行ったことがないですからね」
「申し訳ありません」
ルーティさんの力にはなってあげたかったが、無い袖は振れない。
挨拶をしてからギルドを後にする。
☆ ☆ ☆
「素材が不足しているというのは本当の話なんでしょうか」
「でも、そんな話他の田舎へ行けば普通にある話よ」
都市のような大きな場所なら様々な物資が流れてくるが、田舎のような場所では物資が余るようなことはない。日々生きていく物資を得るだけでも大変だ。
田舎出身の俺やシルビアは経験として知っている。
孤児院出身であるイリスも幼い頃はひもじい生活を送っていた。
「今までは流通なんて関係ないだろうと思っていたけど、ちょっと調べた方がいいかもしれないな」
時刻は夕方になる前。
これから家路を急ぐ人で多くなる大通りに出ながら呟く。
原因の調査依頼が出たわけでもないので冒険者である俺たちが率先して調査をする必要はない。
しかし、南から得られる物資が少なくなると食生活に潤いが失われてしまう。
それは非常に困る。
「では、わたしが屋敷に戻って夕食の準備をしていますので皆さんの方で情報を集めて下さい」
「分かった」
中でも重要なのが迷いの森の探索方法だ。
これまで無理をしてまで行く必要はないと考えていただけに攻略方法を全く考えてこなかった。
エルフの里で何かがあって行商に来られないならエルフの里へ行く必要がある。
どうしても迷いの森を抜ける必要がある。
シルビアを屋敷に戻して4人で別れて情報収集へ向かう。