第1話 密林フィールド
地下41階~45階にある密林フィールド。
鬱蒼と生い茂る草木と天井から照り付けてくる熱が冒険者の体力を奪う。
そんな場所を俺たちは探索していた。
「それにしても本当に便利な能力ですね」
魔法使いらしく厚手のローブを着たメリッサ。
そんな服装で密林フィールドにいればすぐにバテてしまいそうだったが、彼女は汗1つ掻いていない。
理由は俺たちが持っている『迷宮適応』のスキルだ。
このスキルがあるおかげで密林フィールドの熱にも平然と耐えることができる。
しかし、鬱蒼と生い茂る草木の光景がいつまでも続くのは精神的に辛い。
「本当にあるの?」
「そういう設定にしてあるからここにあるのは間違いない」
先頭を歩くアイラが聖剣で草を斬り飛ばしながら尋ねてくる。
俺たちが探しているのはコーラル草というピンク色の美容効果のある薬を作る為に必要な植物。
本来ならアリスターよりも熱帯の地域でしか生息していない植物なのだが、アリスターの近くにある迷宮には環境など関係ない。密林フィールドには熱帯と同じ環境が用意されている。
行商に訪れた商人から買い取っている素材なのだが、しばらく行商人が訪れていないということで手に入っていなかったためコーラル草などの素材の価値が高騰しており、報酬が高くなっていたので素材採取の依頼を引き受けていた。
「あった!」
密林を切り開いて見つけて水辺の近くに特徴的なピンク色をしたコーラル草が生えていた。
コーラル草は、熱帯地方の水辺近くに自生していることから水場を探せば見つかると思っていたが、森の中にある湖を見つけると簡単に見つけることができた。
迷宮へ来てから3時間ほどの探索だったが、密林フィールドの環境もあって苦労させられた。
パーティメンバー5人で採取をすれば必要数はあっという間に集まる。
「あの……私は何をしているのかな?」
採取をしながらイリスが首を傾げていた。
イリスもパーティに加入してから1カ月以上の時間が経過していたこともあって俺たちに慣れていた。
「何ってコーラル草の採取だけど?」
何を当たり前の事を聞いているのか。
「そうではなくて、迷宮にある素材なら迷宮操作を使えばすぐに手に入ったんじゃないの?」
迷宮操作:宝箱。
財宝の入った宝箱を召喚する事ができるスキル。中に入っている財宝は迷宮にある物、迷宮が生み出せる物なら何でも可能だ。ただし、入っている財宝に比例して魔力を消費してしまう。
今回採取したコーラル草も宝箱で手に入れることは可能だった。
それをしなかったのは……
「だって魔力がもったいないし、それだとつまらないだろ」
迷宮の魔力は、迷宮を訪れる冒険者から吸収する。
他にも方法はあるが、突発的に起こった戦争のような緊急時の為にも迷宮の魔力は残しておきたい。
それに迷宮主のスキルを使うのはズルをしているようでつまらない。
「採取依頼を引き受けました。それがある場所に赴いたわけでもないのに素材を持ち帰ったらどこで手に入れたのかって話になるだろ。これも必要な経験だよ」
「なるほど」
実際には俺が冒険者としての活動に勤しみたいだけだ。
「それに採取依頼そのものは低ランクの冒険者でもできる依頼だけど、こんな場所に来られるのは俺たちぐらいだからな」
現在俺たちがいるのは迷宮の地下42階。
密林フィールドに出現する魔物の強さは普通の冒険者に対応できるようなものではなく、Aランク冒険者ぐらいでなければ対応できない。
今も怒気を振りまきながらこっちに近付いている魔物の気配がある。
草木の向こうから現れた熊の魔物だ。
アリスター近くの地上でも出てくるブラウンベアーと似た姿をしているが、その強さは比べるまでもないスラッシュベア。鋭い爪から生み出せる斬撃で木々をなぎ倒し、密林フィールドにおける最強クラスの魔物だ。
「ていっ」
一番近くにいたアイラが近付いて来たスラッシュベアの顎を蹴り上げる。
蹴り飛ばされたスラッシュベアが空中で回転しながら着地する。ただし、残念ながらダメージがなかったわけではなく、四本の足がプルプルと震えている。
「ほら見逃してあげるから逃げなさい」
アイラが追い払うようにシッシッと手を振る。
明らかに馬鹿にされた行動だったが、スラッシュベアは強いが故に俺たちとの間にあった力量差を悟って逃げ出して行く。
スラッシュベアの素材を求められているわけでもないから逃がしても問題はない。
「ん?」
スラッシュベアが逃げて行った方向とは別の場所からズルズルと何かを引き摺る音が聞こえる。
音のする方を見れば冒険者が2人で猿型の魔物の死体を引き摺っていた。
「お、お前らも来ていたのか」
「ヒースさん」
魔物を引き摺る冒険者2人の前には上半身裸の上に魔物の毛皮で作られたベストを着ただけの男性冒険者がいた。
彼はヒースという名前の冒険者でアリスターを拠点に活動するAランク冒険者だ。
少々性格に難のある人だが、戦闘能力は本物だということでAランクにまで昇格した凄腕の冒険者。
「ヒースさんたちはエンファーの討伐ですか?」
「ああ、料理の素材に使うとかでエンファーを求める依頼人がいたんだよ」
迷宮があるおかげで辺境にも関わらずアリスターには様々な人が集まる。
中には迷宮でしか得られない魔物の肉を求める料理人もおり、奇特な人物は高い依頼料を払ってでもAランク冒険者でしか狩ることができない密林フィールドにのみいる魔物の依頼を出す。
Aランクにまでなると迷宮での探索が必要な依頼は疎遠になりがちなのだが、俺やヒースさんみたいな報酬に拘らない冒険者は依頼を引き受けていた。
「俺にとっては都合のいい依頼だよ。俺は強敵との戦いにしか興味がないからな。強敵と戦えて尚且つ報酬まで貰えるんだから」
迷宮の下層を訪れてくれる強い冒険者は一通り覚えている。
ヒースさんは強敵との戦いに喜びを覚える人で、迷宮の密林フィールドにいる魔物は程よく緊張感を味わえるということで何度も訪れていた。
「そんなに強いならシルバーファングとも戦えばよかったのでは?」
「よせ。俺は強い奴と戦いたいと思っているが、仲間だっているんだから無謀な戦いはしない主義だ。シルバーファングとは相性が悪すぎる」
ヒースさんの攻撃方法は装備したガントレットによる拳の打撃だ。
物理攻撃に特化したヒースさんではシルバーファングの毛を貫くのも難しい。
そして、なによりも相性が悪い理由が冬にしかシルバーファングが現れないという事だ。ヒースさんの格好は、肌の上にベストを着ているだけというもので冬でもその格好を止めない。そのため冬になる前にさっさと暖かい街へと拠点を移して暖かくなった頃に迷宮へと戻って来る。
「俺があの時にアリスターにいてもシルバーファングと戦うような事はなかったし、自分たちのパーティしかいないのに戦争に介入するような真似もしない」
言外に俺たちの方が強いと言われているみたいだ。
「最初にあった時はもっとランクを上げて強くなった頃にお前とも戦わせてもらおうと思ったけど、これは実力を見誤ったな」
ヒースさんと初めて会った時にはランクだけを聞いて俺から興味を失くしていたみたいだった。相手の強さを計れる実力はあるみたいだけど、相手が駆け出し同然ということで警戒していなかったのだろう。
「こんな人に付き合わされるなんてお2人も大変ですね」
後ろでエンファーを引き摺る冒険者2人を見ると苦笑いをしていた。
「いえ、そういう契約でパーティにいるので」
ヒースさんの仲間にしては弱そうな冒険者だったので最初にあった時は雑用として扱き使われているのではないかと思った。
実際、冒険者ランクを聞いてみるとDランクとそれなりの実力がある人だった。
しかし、扱き使われているのは事実だったが、弟子入りするような形でヒースさんの仲間になり、討伐した魔物の運搬などの雑用で扱き使われる代わりにヒースさんが直々に鍛えていた。
今の状況には納得していた。
それでも疲れた顔を見ると心配になる。
彼らのステータスではエンファーの運搬すら一苦労だ。
「これでも飲んで下さい。餞別です」
収納リングからポーションを取り出して渡す。
運搬に関して絶対的な力を持っている収納リングを所有している俺が代わりに運搬してあげるのが彼らにとっては一番嬉しいのかもしれないが、さすがにそこまでしてしまうのはやり過ぎだ。
「ありがとうございます」
疲れていた2人はポーションを一気に飲み干す。
渡したポーションも安物なのでこれぐらいなら問題ないだろう。
「ヒースさんはもう戻るんですか?」
「ああ、素材を納品したらこいつらを鍛える為にもう1度迷宮に戻って来るけどな」
素材には鮮度があるので納品できる時にさっさと納品した方がいい。地上まで戻れば街まで馬車で戻ることもできるので運搬も楽になるはずだ。
「なんだか個性的な人ね」
ヒースさんと別れるとイリスが呟く。
「こんな辺境のせいか、そういう人ばかりが集まるんだよ」
主に報酬などに興味がない人だ。
そうでない人はSランクに上げられる機会の多い王都や王都近辺の都市を拠点に活動するか活躍しやすい戦場が近い拠点で活動している。
辺境に居続けるのは稀だ。
「よし、俺たちも依頼に必要な物は手に入れたし、ここからは冒険者としてではなく迷宮主としての活動をしよう」
主に迷宮に異常がないかの実地調査だ。
迷宮内部の様子は迷宮核が把握してくれているが、1人で全てを管理するのは難しいので漏れがあるかもしれない。実際、迷宮核が気付いた時には魔物が暴走を始めていたので討伐して欲しいという要請が何度かあった。
俺たちの方でも探索して異常な行動に出る魔物がいれば討伐し、明らかにおかしな素材があれば処分する。
迷宮操作を使える俺とイリスを中心に分かれて密林フィールドの探索を行う。