第20話 祝福の聖槌
絶対零度の棺。
対象を生み出した氷の棺の中に閉じ込め、動きを封じる魔法。
イリスはこの魔法を使ってスケルトンロードの両手と両足を覆うように氷の棺で閉じ込めた。2本の棺に閉じ込められたスケルトンロードは磔にされたように動けなくなっていた。
「これでいいですか?」
「問題ありません」
イリスの確認の答えたのはメリッサだ。
万全を期して討伐するならスケルトンロードの動きを封じしておく必要がある。
メリッサもアブソリュート・コフィンのように動きを封じることができる魔法をいくつか所有しているが、今の彼女に複数の魔法を使用する余裕はない。
「聖なる鎖」
メリッサの頭上に描かれた魔法陣から1本の真っ白な鎖が飛び出す。
その鎖は氷によって動きの封じられているスケルトンロードの体に絡み付くと先端を胸の中心に埋め込む。
「照準座標固定」
ホーリーチェインは対象の体を束縛する為の魔法ではない。
メリッサの魔法から逃れることのできる魂がないよう万が一の場合に備えて放たれた魂を束縛する為の魔法。
スケルトンロードの体はアブソリュート・コフィンによって、体の内側にある魂はホーリーチェインによって逃れることができないようにさせられていた。
これで攻撃を外す心配はなくなった。
「全魔法陣展開」
広大な部屋の壁にスケルトンロードを中心にして魔法陣が12個描かれる。
時計の文字のように描かれた魔法陣が白い光を放ちながら回転を始め、部屋の中に魔力が唸り始める。
いや、この魔力量はマズくないか?
「おい、俺たちは巻き込まれないだろうな?」
「大丈夫です」
さすがはメリッサだ。周囲への影響もきちんと考えてくれて――
「主の使える防御魔法なら防げると信じています」
「おい!? 考慮してないのかよ!」
――いなかった!
しかも『信じている』だ。
もしかしたら防げない可能性だってあるのかもしれない。
俺たちだけなら素の状態でも耐えられるのだろうが、この場にはランドルフ王子と騎士がいる。彼らも守る必要がある。
後ろで訳が分からずに呆然としているランドルフ王子を担ぐとイリスの下へと走る。
彼女のすぐ傍にいた騎士はいつの間にか気絶していた。どうやらスケルトンロードの放つ威圧に負けて気絶してしまったらしい。まあ、この後の光景を見られる心配がなくなったのでちょうどいい。
「ど、どうするんですか!?」
「強力な魔法を使おうとしているのが分かるのか?」
「まず魔法陣の数が尋常ではありません。これは戦争で使うようなレベルです。この間地下57階で本気の喧嘩をした時だって8個までしか魔法陣を同時に展開していなかったのに……」
喧嘩でどれだけ本気を出しているんだ!
「まあ、全力で防壁を張ろう」
「了解です」
そこでシルビアとアイラも危機を察知して俺たちの傍に寄って来たのでイリスに氷壁をかまくらのように周囲に張ってもらう。
「氷壁」
「結晶壁」
氷壁の外側に虹色に輝くクリスタルの壁が出現する。
クリスタルウォールは魔法によるものではなく、迷宮操作で生み出した破壊不可効果が付与された迷宮産の壁だ。
破壊不可効果は、許容範囲以下の攻撃力ではどんな方法でも傷付られることのない性質を持つ物体だ。クリスタルウォールは迷宮の中でも下層にある壁なので最上級魔法でも使われない限り壊されることはない。
もっともメリッサが使用しようとしている魔法は最上級魔法だ。
「シルビア着替えろ」
「ここでですか?」
シルビアの視線は意識のあるランドルフ王子へと向けられている。
「分かりました」
動きやすい冒険者服を収納リングに収納し、メイド服へと一瞬で着替える。
あまりに一瞬の出来事にランドルフ王子に着替える間にあった下着以外の一切を脱ぎ去った光景は見られずに済んだが、ステータス強化で動体視力も上がった俺はバッチリと目に焼き付けた。
もう、それ以上の姿を何度も見ていたが、目が吸い寄せられてしまうのは仕方ない。
「いざという時は壁抜けを使え」
「はい」
もしも防御が壊れた時には、いつぞやにやったように壁抜けを使ってメリッサの魔法からランドルフ王子たちを逃がしてもらえばいい。
俺たちだけなら耐えられる。
「よし、問題ないな」
メリッサにも念話で準備が終わったことを送る。
彼女が頷くと回転をしていた魔法陣が動きを止め、魔法陣の向こうから白い光を放つエネルギーから溢れてくる。
「祝福の聖槌」
溢れた光がスケルトンロードの周囲から襲い掛かり、清浄な光によって体を浄化していく。
対アンデッド向けの魔法の中では最強レベルの魔法。
清浄な力で以ってアンデッドを吹き飛ばすことを目的とした魔法。それが12個――全方位から襲い掛かられたことによって数千分の魂を一気に浄化していく。
スケルトンロードは、迷宮の魔力を利用して体を再生させてしまう為に聖剣による切断では意味がないし、意思を構成している数千人分の魂を浄化能力のある魔法で吹き飛ばす方法しか残されていなかった。
スケルトンロードに囚われていた人々の怨嗟が浄化され、魂がエネルギーとなって世界へと還っていく。しばらく時間は掛かるかもしれないが、いずれは生まれ変わってくれるかもしれない。
それすらもスケルトンロードに囚われたままでは不可能だった。
最後に彼女でしかできない方法でスケルトンロードを討伐したメリッサにプレゼントをあげよう。
『ありが、とう……メリッサ』
防御壁の内側から消えていくスケルトンロードと視線が合うとそんな男性の声が聞こえてきた。
死霊術で彼女の叔父だと思われる人物に干渉し、言葉を交わせるようにした。
「私の方こそこんな解決方法しかなくてすみません」
『仲間に恵まれたな。感謝する』
最後は離れた場所から見ている俺への感謝。
その姿は姪を心配する叔父そのものだった。
「これでよかったのか?」
「はい。問題ありません」
最後にしたように死霊術の使い方次第では亡くなった叔父と一緒にいることも可能だった。
だが、姪であるメリッサがそれを拒んだ。
「叔父はアンデッドになってまで生に縋るような人ではありません。スケルトンロードの姿は無残に殺された事による怨嗟が表出したものです。決してあのような姿を望んでいたわけではありません」
人には何かを恨む心だけではない。
何かを慈しみ、喜ぶ心だって持ち合わせている。
スケルトンロードのように恨みだけで動くような姿を人とは呼べない。
「分かった。お前がそれでいいと言うならそれでいい」
ブレッシングセイクリッドハンマーによって吹き飛ばされたスケルトンロードは再生するようなことはない。
静寂が最下層に響き渡る。
「相変わらず恐ろしい魔法だな」
「主でもできるのではないですか?」
「そりゃ、俺にだって1つや2つぐらいなら同時にできるさ。けど、12個も同時に使えるのは魔力10倍、消費魔力10分の1にできる加護を持っているお前だからこそだ」
「ありがとうございます」
俺の言葉に微笑むメリッサだが、その表情は辛そうだ。
さすがのメリッサでも消費魔力が多すぎて疲れてしまったらしい。
「ほら、これでも飲め」
魔力回復効果のあるポーションを渡してメリッサを落ち着かせると最下層の奥へと向かう。
奥には鋼鉄製の大きな扉があり、最下層にはそれしかない。
間違いなく迷宮核が安置されている場所へと続いている扉だ。
「準備はいいでしょうか?」
振り返りながら近付いて来たランドルフ王子に尋ねる。
その後ろには騎士を背負ったアイラや王子の護衛として周囲を警戒するシルビアとイリスもいる。スケルトンロードが消えた事で最下層には魔物の気配がなくなったが、突然現れないとも限らない。
「問題ない。可能なら騎士たちの遺体を地上へ持って帰りたかったところだったのだが、あのような魔法では遺体が残っていないようだな」
周囲を見渡しながら王子が呟いていた。
たしかに死霊王の叫びを受けて死んだ騎士の遺体がどこにも残されていなかった。メリッサの魔法を見た後なら跡形もなく吹き飛ばされてしまったと勘違いしても仕方ない。
それもそのはずだ。
「王子、騎士たちの遺体なら仲間が回収しています」
「本当か!?」
死霊王の叫びを受けて事切れた直後にスケルトンロードと戦いながらシルビアとアイラの手によって回収され、現在は2人の収納リングの中に入っている。
「感謝する」
「では、行きましょう」
迷宮の最奥へと続いている扉を開ける。