第19話 犠牲の上に立つモノ
「なに……?」
俺の言葉が信じられないのか聞き返してくるランドルフ王子。
しかし、聞き返したところで現実は変わらない。
「あれは……弟の犯した罪の象徴」
「そして、あなたは昨日の私たちとの話し合いで国が発展するうえで犠牲は仕方ないと言っていましたね」
「ああ、そうだ」
犠牲にした結果、あのような魔物が生まれてしまった。
怨嗟の塊であるような魔物は王族全員へ恨みを向けている。
「だが、犠牲なくして発展などあり得ない!」
「それには同意します」
まさか同意が得られると思っていなかったのかこっちを見てくる。
「迷宮も冒険者という犠牲のうえに成り立っています」
迷宮は訪れる者から魔力を吸収して維持されている。
それだけでなく冒険者を襲う魔物もおり、襲われた冒険者の中には魔物を恨みながら死んでいった者だっている。
そんな迷宮で冒険者が犠牲になることを許容している俺に『犠牲者を出すな』なんて台詞が言えるはずがない。
「犠牲を出すな、なんて事を言うつもりはありません。ですが、スケルトンロードとなった人々はなぜ犠牲にならなければならなかったのですか?」
「それは……」
迷宮に挑んだ冒険者たちは迷宮から得られる資源や宝箱を得る為に危険を承知で迷宮へ挑んでいる。
今回の探索だけでなく、これまでに王都の迷宮探索で何人もの騎士が帰還することができなくなってしまった。騎士たちは危険を承知で騎士になり、給料を貰って生活をしている。
全ては事前に覚悟の成された危険。
「冒険者も騎士も覚悟をしていたうえで犠牲になっております。ですが、ただ何気ない日常を過ごしていただけの彼らは覚悟をしていたのですか?」
「違う……」
「覚悟をさせていなかったとしても犠牲になった人々を納得させられるだけの理由を彼らに与えて下さい」
幸い、と言うべきか目の前には犠牲になった人々の成れの果てがいる。
スケルトンロードを納得させるだけの理由を突き付けられればいい。
「あなたは犠牲になった人々を納得させることもできないのに国の発展の為に犠牲にさせられると言ったのですか?」
「……そうだな」
思い詰めた表情でランドルフ王子が前に進み出る。
『シルビア、アイラ下がれ』
『はい』
念話で常に繋がったままなので俺たちの会話が聞こえていた2人がスケルトンロードから離れる。
自然、近付いていたランドルフ王子が一番近い場所におり、スケルトンロードのターゲットがすぐに王族である王子へと移る。
「殿下……!」
生き残った騎士が聖剣を手に立とうとしたが、足が竦んで上手く立ち上がることができずにいた。
ランドルフ王子がスケルトンロードの前に立つ。
そのまま両手両膝を付くと頭を下げた。
そっちで行くのか。
「申し訳なかった。私が間違っていた」
ランドルフ王子がしたのは東国に伝わる土下座という謝罪。
「私は弟が何をしているのか知りながら放置してしまった。弟の統治によって領地が豊かになっていく――そんな理屈は建前でしかない。全ては弟のしていることだからと追及することができずにいた私の責任だ」
『……』
スケルトンロードは謝罪するランドルフ王子を前に動かない。
ただ王子の謝罪を聞き届けている。
「私が愚かだった。私は王族として『国』よりもそこに住む『民』の安寧を優先させなければならなかった。全ては私の勘違いが引き起こしてしまった出来事だ。私は次期国王として弟の罪を追及し、犠牲になった人々を供養しなければならなかったのだ。全ての責を償うことをここで誓う。だから怒りを鎮めてもらえないだろうか」
ランドルフ王子は思いの丈を綴った。
思いを受け止めたスケルトンロードは……
『今さら赦されるワケがないダロウ』
ランドルフ王子に向かって剣を振り下ろしていた。
まあ、こうなるのは謝罪を始めた段階で半ば分かっていたので聖剣をスケルトンロードの剣を持つ手に向けて投げて手を吹き飛ばす。
『邪魔ヲするのか?』
「俺も村長に復讐した立場だから『復讐はいけない』とか言うつもりはないけど、復讐をするなら当事者だけにしろ。ランドルフ王子は何が起きているのか知りながら知らない振りをしていただけの人物なんだから謝罪で許してやれ。それにランドルフ王子を殺しただけで満足するのか?」
『愚問ダナ』
間違いなく満足しない。
彼らとて巻き込まれただけの人物なのだから王族への復讐に巻き込まれた人物がいなくては公平にならない。
『ソコの愚か者を殺した後ハ迷宮を出て王都ヲ蹂躙スル。ソレぐらいしなくては我の怒りは収まらん!』
別に王都の人間がどれだけ犠牲になろうと気にすることはないのだが、俺が気になっているのはメリッサの叔父にそんな事をさせてしまうという事実だ。
『メリッサ。お前はこんな事を言っているスケルトンロードをどうしたい?』
『……迷宮から出すわけにはいきません。ここで討伐します』
叔父を手に掛ける。
数秒だけ迷いがあったものの決意した瞳でスケルトンロードを見据える。
『じゃあ、最後に彼にも要望を聞くことにしようか』
再び死霊術を使用し、スケルトンロードの中にいる魂に干渉する。
スケルトンロードの胸から1人の男性の体が現れる。
「あれは……ペッシュか!?」
ランドルフ王子が気付いたように新たに現れた男性は第3王子であるペッシュ・メティカリアの魂。
廃砦で亡くなった王子だったが、盗賊団に殺された人々と同じように迷宮の最下層へと誘われて今ではスケルトンロードを構成する人々の魂に囚われて力の一部として利用されていた。
因果応報とはこの事だ。
ペッシュ王子の名前も鑑定を使うと同じように備考欄に記載されていたので囚われていることはすぐに分かった。
『助けてくれ、アニキ……』
「ペッシュ!?」
『こんなことになるなんて思わなかった……俺は、ただ……』
『黙っていろ』
『ぎゃあああぁぁぁぁぁ!』
スケルトンロードが煩そうな顔をしながら自分の胸を見るとペッシュ王子の口から放たれた叫び声が響き渡る。
ペッシュ王子は既にスケルトンロードの一部として取り込まれており、スケルトンロードは恨みを晴らす為に完全に取り込むようなことはせずに時折意識を表出させると今のように苦痛を与えて叫び声を聞くと楽しんでいた。
『せっかく手に入れた貴様の魂だ。貴様には死よりもツライ苦しみを永遠に与えてヤロウ。それが貴様への罰ダ』
『そ、そんな……』
怯えた表情でスケルトンロードを見上げるペッシュ王子。
「ペッシュ王子、あなたはどうされたいですか?」
『貴様らはあの時の……!?』
今さら自分を殺した相手の存在に気付いて驚いている。
だが、ペッシュ王子の蛮行に怒っているのは俺も同じだ。奴に付き合ってやるつもりはない。
「あなたは今の状況に対してどうしてほしいですか?」
『もちろん助けろ』
「助ける、と言ってもあなたは既に死んだ身だ。俺たちにできることはあなたを縛り付けているスケルトンロードを跡形もなく消滅させることであなたがこれ以上苦しまないようにしてあげるぐらいです」
『な、なんだと!?』
「今の状況だってあなたが殺してきた自国民に苦しめられているだけです。死んだ後にこのような目に遭うのが嫌ならあのような行動をしなければよかった、それだけです」
『わ、私は……』
未だに助けてほしそうにしているけど、こっちが待てる時間は既に過ぎている。
「というわけでペッシュ王子が囚われているスケルトンロードはこちらで討伐します」
「だが、可能なのか?」
「可能です。ウチの魔法使い2人がやる気を見せているんです」
ここで気付いたのがイリスが意外にも感受性が強いということ。
一連の話を聞いていたイリスが涙を流しながら魔法を使う。
「絶対零度の棺」
イリスの手から生まれた氷がスケルトンロードの両手首と両足を氷で覆い、動きを完全に封じてしまう。