第18話 最下層に潜むモノ
死霊王の叫び。
それは、魔力を含んだスケルトンロードの叫びを生者に聞かせることによって死を与えるスキル。
『―――――』
スケルトンロードから言葉にならない声が響き渡る。
声が届く前にランドルフ王子を背に宝箱から2メートルある聖盾を取り出して地面に突き立てる。迷宮の魔力を消費してしまって勿体ない気もするが、王子にもしもの事がある方が問題だ。
「う、う……」
騎士5人が呻き声を上げながら倒れる。
倒れた騎士は外傷がないにも関わらず事切れていた。
「え……?」
たった1人生き残った騎士は、先ほどまで隣でスケルトンと死闘を繰り広げていた同僚が突然倒れて死んだことに戸惑っている。
生き残った騎士は最下層へ挑む前に聖剣を売った人物だ。
他にもパーティメンバーは全員無事だ。
叫びを聞いた相手を死に至らしめる『死霊王の叫び』だが、相手が一定以上の魔力を持っていると通用せず、聖剣のような光属性の力が付与された道具を所持しているとレジストすることができる。
騎士たちの魔力量では、死霊王の叫びに耐えることができなかったが、生き残った騎士は聖剣を所持していたが為に生き残ることができた。
それでも状況が分からずに聖剣を握りしめたまま呆然としている。
スケルトンロードというゴーストの王を前にして頼りになるのは持っている聖剣だけだ。
「なんなのだ、あの化け物は……迷宮の守護者だとでも言うのか?」
俺の後ろで足が竦んで動けなくなったランドルフ王子が呟く。聖盾の力によって死霊王の叫びによる死からは逃れた王子だったが、叫びそのものは聞いてしまったために恐怖で心が縛られてしまった。
下手に動かれて危険に晒すよりはいいので特に対処はしない。
「あれは守護者などではありません。何千という人々の亡霊の成れの果てです」
残念ながら守護者などという高尚な存在ではない。
もしも本当に迷宮の最下層を守る存在なら鑑定を使用した時に表示される。
聖盾を道具箱に収納する。
俺の戦闘スタイルからして盾は扱い辛い。
「あの――」
離れないように振り向きながら言おうとすると叩き付けられた殺気に振り向けない。
殺気の発信源はスケルトンロードだ。
ただし、叩き付けられているのは俺ではなくランドルフ王子。
「相当恨まれているな」
スケルトンロードの正体が分かっていれば王族である王子が恨まれてしまうのは仕方ない。
剣を持った手を振り翳しながらスケルトンロードが近付いてくる。
その腕が中程から斬り飛ばされる。
「あの者が持っている剣も聖剣なのか?」
「はい、そうです」
スケルトンロードの腕を斬り飛ばしたのはアイラの攻撃によるものだ。
聖剣による効果もあるが、それ以上にアイラは斬る瞬間に魔法すら斬り裂くことのできる何でも斬れる『明鏡止水』のスキルを使用している。
「やっぱりダメね」
斬り飛ばされてしまった腕だったが、数秒と経たずに元の状態に戻っていた。
「アイラそのまま攻撃を続けろ! シルビアも加われ! イリスは生き残った騎士の護衛だ」
離れた場所にいる2人にも聞こえるよう叫ぶ。
ただし、口に出した指示はランドルフ王子と騎士向けの指示だ。
『ただし、スケルトンロードの討伐はまだするな』
『あれ、討伐はしないの?』
念話で出した本当に重要な指示にアイラが疑問を返してくる。
『ちょっと考えがあるから討伐はせずに時間稼ぎだけをしろ。王子と騎士には、苦戦していると勘違いするように戦え』
『何をするつもりなのか知らないけど、指示なら従うわ』
『わたしたちはご主人様の剣であり、盾です。思惑があるのなら如何様にも指示を出して下さい』
2人からなんとも頼もしい返事が聞こえる。
『私は騎士を守るだけでいいの?』
『その騎士に死なれると聖剣の代金が徴収しにくくなる』
大金だが、後で聖剣を持っていたから生き残ることができたと言えば喜んで代金を支払ってくれるはずだ。
『こんな軍隊が必要なほど強大な相手を前にして余裕ですね』
『実際、余裕だし』
所詮はレベル150の魔物だ。
討伐してしまっていいのなら簡単だが、事情があるのですぐに討伐するわけにはいかない。
「クッ、やはり聖剣を持っていても駄目か」
アイラの斬り飛ばした腕がすぐに再生された光景を見てランドルフ王子が呟く。
まあ、魔力がある限り無限に再生し続けるので手が無いように見える。
『そっちは任せたぞ』
『分かった』
『はい』
返事と共にシルビアがスケルトンロードの前に出る。
正面に現れたことによってずっとランドルフ王子だけを睨み付けていたスケルトンロードの視線がシルビアへと向けられる。
「冒険者マルスの従者迷宮冥途シルビア」
自分へと注意を惹き付けるためか自己紹介をしていた。
いや、そんな職業を与えたつもりはない。
スケルトンロードが正面に立つ邪魔なシルビアへと両手に持った剣を突き出す。
「随分と遅い剣ね」
シルビアの立っていた地面に突き刺さり土煙が立ち込める中、シルビアの姿はスケルトンロードの持つ巨大な剣の上にあった。
剣の上に立ったまま左手の手の平を上に向けて手前に倒す。
スケルトンロードの窪んだ眼が怪しく光る。
挑発されたスケルトンロードが剣を振り回すとシルビアの姿は剣の上からなくなり、地面を疾走する彼女へと剣が振り翳される。
しかし、当たらない。
全ての剣を寸前で回避すると自分へと意識を惹き付けていた。
「さすがにレベル150と言える速度があるわね。けど、ただ速く振ればいいというわけではないのよ」
シルビアには愚直に真っ直ぐ振るわれるスケルトンロードの剣がゆっくりと見えているはずだ。彼女の敏捷なら真っ直ぐ振られた剣の軌道を予測し、ギリギリの所で回避することなど簡単だ。
一方のスケルトンロードは多くの魂を一つに集めてしまったせいで意識が混濁してしまって知能が低くなっていたせいで回避される理由が分からずに剣を振り回し続けていた。
これが普通の人間が相手なら問題なかったのだろうが、格上の相手を攻撃するには技量が足りない。
「あたしも忘れないでよね」
スケルトンロードの意識が完全にシルビアへ向いたところで奇襲にアイラが再び腕を斬り落とす。
すぐさま再生される腕だったが、スケルトンロードの意識はシルビアとアイラの2人へと向けられている。
これでランドルフ王子と会話するだけの余裕が生まれるはずだ。
「殿下。あの化け物は、王都近辺で盗賊に襲われて亡くなった数千人もの死者の魂が迷宮に集められた魔力を糧に形を得た魔物です」
「なに……?」
「ここ数年で最も酷い盗賊被害を生み出した盗賊団について知っていますね」
「ああ……」
力なくランドルフ王子が頷く。
他国との国境付近など王都から離れた場所も考えれば該当者はいくつかあるかもしれないが、王都近辺に限定すれば該当する盗賊団は1つしかない。
第3王子ペッシュ・メティカリアが率いる盗賊団。
「あの魔物は弟に襲われて死んだ者だと言うのか?」
「その通りです」
迷宮魔法:死霊術を使用する。
既に何千人もの魂が集まって死霊王となったスケルトンロードを支配することはできないが、スケルトンロードを構成する魂の1つに干渉することはできる。
スケルトンロードの紫色のローブに人の顔がいくつも浮かび上がる。
『なぜ、私たちがシななければならない』
『憎イ……奴らが憎い』
『盗賊共に死以上の苦痛ヲ!』
ローブに浮かび上がった顔から漏れ出てくるのは怨嗟の声。
彼らは平和に日々を過ごしていたにも関わらず、ある日突然殺されてしまった。
盗賊団への恨みがスケルトンロードへと変じさせていた。
「これが国の発展の為に仕方ない犠牲だと切り捨てた結果です」