第15話 王都迷宮―中層―
「よし、休憩だ」
ゴブリン50体、スライム20体を4人で倒し続けた騎士が疲れから転移結晶の傍で座り込む。
だから全力攻撃をしない方がいいって言ったんだ。
「まだまだ中盤なのに疲れているのは大丈夫ですか?」
「実力はあるのだが、ここまで戦い続けたのは初めてなのだ」
たしかにゴブリン相手に圧勝している。
戦闘に関しては問題ない。
しかし、探索に関しては素人同然だった。
迷宮の洞窟フィールドは入口のある場所から反対側へ進めば次の階層へと行ける構造になっている。それは王都の迷宮でも変わらなかった。そのため自分の方向感覚を信じながら進むのだが、マッピングの重要性を知らない騎士たちは適当に進むせいで体力を無駄に消費し、ゴブリンたちが入り組んだ道の曲がり角から突然現ることに驚き、天井のような死角からスライムが降って来るせいで怯え、騎士たちはずっと警戒しながら進んでいた。
警戒状態での探索は体力、精神力共に消耗する。
冒険者なら慣れたものだが、王城での警護しかしてこなかった近衛騎士たちには辛かったみたいだ。
「まったく情けない」
これまで1度も戦闘をしていない魔法使いが倒れた騎士を見ながら呟いた。
ゴブリン相手に魔法を使うのは魔力を無駄だと言って戦闘を避けていたのに随分と偉そうだ。
「仲間が疲れているのですからもっと労わったらどうですか?」
「仲間だからこそ情けない姿を見せられるのは我慢ならない」
どうにも冒険者とは仲間の考え方が違う。
冒険者ならパーティメンバーが消耗していれば補うようにしている。パーティメンバーの消耗は、そのままパーティの全滅に繋がる可能性もあるからだ。
だが、冒険者のパーティという数人規模の集団に比べて騎士団という数十人から成る集団においては1人、2人の損耗は仕方ないものと考えられている。さらに言えば兵士の損耗はもっと軽い。そう考えれば兵士になるよりも冒険者になる選択をしたのはよかったと思える。
「どうしますか? 消耗していると言うのなら1度退却するのも選択肢の1つですよ」
幸い、今は階段を下りて次の階層に辿り着いたばかり。
目の前には転移結晶があった。これに触れて地下1階まで戻ることは可能だ。
「冗談ではない! 栄えある近衛騎士である我々が消耗から退却することなどあり得ない!」
隊長が声を荒らげながら収納リングから取り出したポーションを飲み干す。
さすがは王族を守る為の近衛騎士団と言うべきか標準装備として全員に空間拡張能力のある魔法道具である収納リングを支給されていた。主な用途は、帯剣するわけにはいかない状況での騎士剣の収納だったが、事前に準備していたポーションやカンテラが収納されていた。
消耗品は国から支給されるため騎士たちが気にせずにポーションを使用する。
俺にとっては魔力を節約するよりもポーションを飲み干す方が勿体なく見える。
「いいのですね?」
先へ進むことを決めたようなので転移結晶の登録だけを済ませて進む。
転移結晶に表示される階層を見れば現在は地下5階。
「これまで騎士たちが探索した痕跡を見つけることはできなかったな?」
「いえ、迷宮に騎士たちの痕跡が残されていることはあり得ません」
「どういうことだ?」
地下1階~4階までの間にゴブリンたちでも50体も襲い掛かってきた。
もしも事前に攻略を挑んだ騎士たちが地下5階まで辿り着いていたならゴブリンがもっと掃討されていてもおかしくない。騎士たちにゴブリンを掃討できるだけの実力があることは一緒に探索している騎士たちの実力を見れば明らかだ。
にもかかわらず大量のゴブリンがいた。
騎士たちの手によって掃討されていないわけではない。
掃討された後で補充されたのだ。
「迷宮には構造変化と言って一定周期で内部の構造が変化されたり、討伐された魔物や資材が補充されたりすることがあります。上層にゴブリンが大量にいたのは、討伐された後で構造変化が起こったからでしょう」
前回の探索から既に数日が経過している。
その間に構造変化が起こった為にゴブリンが補充されてしまったのだろう。
「だが、それが騎士の遺品や遺体がないこととどのように関係してくる?」
「構造変化が起こった際には迷宮に捨て置かれた物は全て迷宮に食べられて魔力へと変換されます。この迷宮にも同じ機能が備わっているのだとしたら遺品や遺体は全て迷宮に食べられて魔力へと変換されています」
最初は騎士の遺体などから何が起こったのか推測できないかと考えていた。
しかし、構造変化が起こった様子から遺体の回収は諦めていた。
「そうか……私の為に散って行った者たちの為にも家族の許へせめて遺体だけでも持ち帰れればと考えていたのだが」
「今は迷宮を攻略することに集中しましょう」
ランドルフ王子の後ろに控えていた1人が嗜める。
「なんだ、あれは?」
先頭を歩いていた騎士の声に全員が奥に注目する。
そこには人の姿をした半透明な物がいた。
人ではない。その証拠に膝から下がないにも関わらず、宙に浮いたまま両手を前に伸ばしていた。
人の姿をしているため間違いやすいが魔物だ。
「あれはゴーストです」
「ゴースト、だと?」
ゴーストは人の怨念が周囲の魔力を集めて作り上げた霊体の魔物。
本来は、大規模な戦争があった跡地などで何百、何千という死者の怨念が集まって初めて生み出される魔物なのだが、迷宮という特殊な環境のせいかゴーストという珍しい魔物も生成されていた。
そのため戦争の多いクラーシェル近辺で発生しやすい。
「臆するな近衛騎士よ」
「「「おう!」」」
騎士4人が剣を手にゴーストへと向かって行く。
ダメだ、何も分かっていない。
「なんだ、こいつは?」
「剣がすり抜けるぞ」
「なぜ、攻撃が当たらない!?」
「うわっ!」
ゴーストは霊体であるため物理的な攻撃は全てすり抜けてしまう。
そのため、どれだけ剣で攻撃してもゴーストにダメージを与えるどころか剣を当てることすらできない。
そんな風に空振りをしている内に攻撃していた騎士の1人が喉元へと手を伸ばして苦しそうにしていた。
非実体のゴーストだが、魔力を更に凝縮することによって実体のある手を生み出すことができる。苦しそうにしている騎士は、実体化したゴーストの手によって首を絞められているみたいだ。
「さて、そろそろあなたたちの出番ですよ」
後方に控えていた魔法使いを呼ぶ。
物理攻撃の効かないゴーストだが、魔力を変換して生み出された攻撃や魔法効果が付与された物理攻撃ならダメージを与えることができる。本来ならゴーストが現れた時点で騎士による攻撃は止め、魔法使いによる魔法攻撃や騎士の持つ剣に魔法効果を付与してから攻撃をするべきだった。
「任せろ」
魔法使いが魔力を練る。
「火球」
魔法使いの手から放たれた火球がゴーストへ飛んで行く。
ゴーストの体に当たった瞬間、全ての攻撃をすり抜けていた体が燃え上がる。
「ごほっ、ごほっ……」
首を掴まれて苦しそうにしていた騎士が地面に倒れて咳き込んでいる。
「クソッ、助けるならもっと早く助けろ」
「助けてもらって礼も言えないのか?」
「なんだと!?」
騎士と魔法使いの間で喧嘩が始まってしまった。
仲裁しても意味がなさそうなので誰もが放置する。
俺たちは俺たちで気になることがある。
「ゴーストですか……」
「少し面倒なことになりそうだな」
迷宮操作のあるイリスと俺にはゴーストが迷宮の魔力を使用して生み出された魔物だと分かっていた。
それだと事前の説明と異なる部分が生まれる。
パトリック国王が即位前に挑んだ時には、ゴブリンやスライム、強い魔物でもオーガぐらいしかいなかったと言っていた。ゴーストが出るなどという情報は伝えられていない。
パトリック国王が俺たちを嵌める為に偽りの情報を渡したという可能性も考えられなくはないが、そんな事をする理由が分からない。もしもランドルフ王子に何かがあれば王位を継承できる者が第2王子しか残らないことになる。国王としてそんな無茶をするとは思えない。
そうなると迷宮に何らかの異変があったと考えられる。
「この異変が騎士たちの戻って来ない原因の可能性が高い。ちょっと慎重に動くことにしよう」
喧嘩をしている騎士たちを無視してパーティメンバーに告げると4人とも頷いてくれる。