第11話 王の失策
「どうして半年以上も前の話を?」
「実は、戦争での活躍からお前たちの事を改めて調べさせてもらった。まだ細かい情報までは探れていないが、王都のギルドのような場所なら簡単に調べることができる」
中立機関である冒険者ギルドが積極的に情報提供をするとは思えないが、相手が自国のトップでは隠し通すのは難しい。
それにパトリック国王が聞きたいのは、盗賊退治をした時の話だ。
あの時は、買い取りなどで派手に動いたので俺たちについて知っている人はたくさんいる。
「時を同じくして私の息子である第3王子が行方不明になっている」
当時は第3王子が行方不明になった直後で俺と第3王子の行方不明を繋げることができなかったのかもしれない。
しかし、第3王子が何をしていたのか知っている者にしてみたら同じ時期に盗賊の大規模な討伐を行った人物と行方不明を結びつけるのは難しくない。
「第3王子ペッシュ・メティカリアの行方不明について何か知っていることはないか?」
「それを私に聞く理由をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「どういうことだ?」
「私が行ったのは、あくまでも盗賊の討伐です。第3王子の行方不明がどのように関係してくるのか分かりません」
きちんと『盗賊』という部分を強調して何をしたのか教える。
どうやらパトリック国王は、自分の息子が何をしていたのか分かっているらしく俺の『盗賊』という言葉に対して明らかに不機嫌になっている。
「お互いに腹の探り合いは止めよう。お前たちが討伐した盗賊団の団長は、身分を隠して活動していたペッシュだ」
パトリック国王が視線を下げながら言う。
ランドルフ王子も苦虫を噛み潰したように歯を喰いしばっている。
王族としては、自分の息子や弟が盗賊行為をしていたというのは恥ずべきことなのだろう。
2人の視線が俺から逸らされた。
その隙に足元に小さな宝箱を出現させて第3王子が身に着けていたペンダントを取り出す。討伐した後で魔力変換によって消失してしまったペンダントだが、魔力さえ消費すれば複製することが可能だ。
「このペンダントに見覚えはありますか?」
「……ある。王族であることを示すペンダントだ」
このペンダントが俺の手元にあるということがどういうことなのか理解したのだろう。
「これは、俺たちが殺した盗賊団の団長が持っていたペンダントです。自分は第3王子などと馬鹿げたことを言っていましたが、本当のことだったんですね。まさか盗賊団の団長が本当に第3王子だとは思いもしませんでした」
「きさまっ……!」
ヘラヘラ笑いながら言うとランドルフ王子が怒り出して立ち上がった。
「お前は何をしたのか理解しているのか!?」
「盗賊の討伐ですが?」
「違う。お前が殺したのは第3王子のペッシュだ」
「では認めるんですね。王族である第3王子が盗賊団の団員から慕われている団長だったと……」
「そ、それは……」
認められるはずがない。
しかし、団員から慕われているというのは、そもそも盗賊団の団員そのものが団長の正体を知っている兵士だったからであり、第3王子の指示に従って戦っていれば将来も安泰だと思っていたからだ。
「私たちが殺した盗賊団の団長は、アジトだった砦から部下を連れて逃げ出す最中でしたし、向こうは敵対的な様子だったので倒しただけです。人質――という可能性も低いですね」
「だ、だが――」
「認めよう」
それでも何か言いたそうにしていたランドルフ王子だったが、パトリック国王があっさりと認めてしまった。
「お前たちが討伐した盗賊団は、私の愚息であるペッシュが団長を務め、構成員も国に仕えるはずの兵士だった連中だ」
「父上!」
「お前は少し黙っていろ!」
パトリック国王に一喝されてランドルフ王子が座る。
今、ただ一喝しただけじゃなくて何らかのスキルを使った形跡があった。
「随分と簡単に認めるんですね」
「私は愚息の行為を認めた。だから、お前たちにも最初から盗賊団の正体を知ったうえで行動したことを認めてほしい」
パトリック国王は俺と話をしながら視線はメリッサに向けていた。
なるほど。短期間では、俺たちの素性まで探るのは難しかったかもしれないが、元々は普通の村人だった俺やシルビア、アイラと違ってメリッサは領主の娘であり王都で商人たちを相手に活動していた。
俺たちは無理でもメリッサの素性なら探ることができたのかもしれない。
そこからメリッサと第3王子との間に繋がりが生まれた。
今は仲間として一緒に活動している状況なら俺が手を貸す理由にも納得できる。
「はい、その通りです」
最初から知っていたことを認めると不安そうな目でメリッサが俺を見てきた。
王族と対面している状況では何も言えないので、膝の上で握られていたメリッサの手をただ握る。それで少しは落ち着いてくれたのかパトリック国王へと視線を向ける。
「ですが、『王都への護衛依頼の最中に盗賊に襲われて今後の安全の為にも盗賊団を壊滅させた』。その事実は変わりません」
護衛依頼を引き受ける冒険者と盗賊が対立することはよくある事だ。
「それで構わない。私たちもペッシュの愚かな行為を知りながらも止めることができないでいた。私がペッシュの計画を知った時には盗賊団が既に規模を広げて手を付けられない状況だった」
「それでも盗賊団は300人もいない規模でした。盗賊団の討伐は戦争をするよりも簡単だったはずです。なぜ、しなかったのですか?」
「できると思うか? 盗賊団とはいえ、自国民なうえ団員は本気で国の為になると考えているような連中だ。軍隊を派遣できるわけがなかった。私はどうにか内々に処理できないかと考えていたんだ」
その結果が団長も含めて盗賊団の壊滅。
国王が行動を起こすには間に合わなかった。
「あなたは国王としてもっと早い段階で気付かなければならなかった。そして、気付いた時に多少の犠牲には目を瞑ってでも盗賊団を力ずくで止めるべきだった。それをしなかったのは自分の息子が可愛かったから、ですね」
「そうだ。どんな性格をしていようとも私の息子であることには変わりない。それに奴の統治によって生活が豊かになった者が多いのも事実だ。国王としては、間違った選択では――」
「間違った選択です!」
パトリック国王の台詞にメリッサが言葉を被せた。
メリッサの言いたいことは分かる。今の彼女に発言をさせるのは危険だ。
「陛下は今、多くの人間の生活が豊かになったと言いましたね。その過程でどれだけの犠牲が出ていますか? 彼らは領地を手に入れる為に盗賊として平凡な生活を過ごしていた人々を何人も殺めています。陛下は犠牲になった人たちに『お前たちの死は、今後の為に必要な事だ』などと言えますか?」
盗賊行為をしたことによって得られた幸せなど認めるわけにはいかない。
どれだけ言い繕ったところで彼らの犯した罪が消えるわけではない。
「いや、私には言えんな」
「父上! 私には言えます」
ランドルフ王子があろうことかそんなことを言い出した。
目の前には犠牲者の一人であるメリッサがいるにも関わらず。
ランドルフ王子の言葉を耳にしたメリッサは今にも視線だけで殺しそうなほど睨み付けている。
「王族ならば国の事を第一に思うのは当然の事。必要な犠牲だと言うのなら私は彼らを犠牲にする道を選びましょう」
そういう発言をするのか。
正直言ってメリッサのことを思えば今すぐにでも処分してしまいたいほどだ。
だが、相手はどんな性格をしていたとしても王族――しかも次期王位継承者。
下手なことをすれば、こちらが正しくても罪に問われることになる。
やるなら第3王子のように誰にも知らないように処分する必要がある。
「話は第3王子についてですか? 残念ですが、持ち帰ったのはペンダントなどの装備品だけです。先ほどのペンダントも無償でお渡しします。その代わり、この件で罪に問うようなことはしないで下さい」
「そうか、奴の遺体はやはりないのか……」
パトリック国王が呟く。
正確には遺体がないのではなく、誰の遺体なのか判別ができないほどメリッサの魔法によって朽ちてしまっている。
後日に王都へ立ち寄った際に聞いた話によれば俺たちが嘘で流した疫病によって盗賊団討伐に向かった兵士たちも疫病によって死んだということになっていた。盗賊団も兵士も同一人物だから間違ってはいない。
「これで話は終わりですか?」
しかし、あまりに気分のいい話ではなかった。
帰ったら全員でメリッサを落ち着かせないといけない。
「待て、まだ依頼の説明が残っている」
「国が冒険者に依頼するならSランク冒険者に依頼した方がいいかと思います」
「Sランク冒険者でも力不足だ。それにお前たちだからこそ信頼できる依頼を頼みたい」
俺たちだから?
あまり俺たちの情報について手に入れられていないと言っていたのに俺たちの何を信頼したというのか。戦争での活躍から戦闘力は十分だと判断されてもおかしくない。
「引き受けてもらえないだろうか――迷宮主」