第10話 登城
「王様が一体何の用だと思う?」
王都の宿を借りて部屋に全員を集めて相談を始める。
ちなみに借りた部屋は、ギルドと提携している宿でかなり格安で泊まることができた。本来なら拠点ではないので、Aランク冒険者というだけで格安にはならないのだが、ギルドマスターであるルイーズさんの一声で割引してもらった。
借りた部屋は2人部屋と3人部屋。
俺は3人部屋の方で寝ることになっている。2人部屋でイリス以外の誰かと泊まれば確実に襲われるので3人部屋の方にさせてもらった。
「可能性は、それほどないものと思われます」
こういう難しい話をするならメリッサが打って付けだ。
だが、話の内容だけにメリッサにはあまり関わってほしくない。
「このタイミングで呼び出すということは戦争で活躍した話を聞きたい、というところではないでしょうか」
「それが妥当なところなんだよな」
「他には危険な力を持つ者を監視する為に呼び出したということも考えられます」
ちょっと怖い話だけど、あり得なくはない。
さすがに1万の軍勢を蹂躙し、数万の軍勢を退けたのはやり過ぎた。
反省はしているが、後悔はしていない。
「それから――最悪の場合には私を切り捨てて下さい」
メリッサの言う最悪の場合というのは、第3王子のペッシュ・メティカリア殺害について尋ねられた時の事だ。
王族相手に尋問された場合でも俺たちだけなら逃げ切る自信があるが、家族の安全まで保障するのは難しい。また、いつまでも逃げ続けるのは精神的に疲れる。もちろん敵対したからと言って国を相手にするのはナシだ。
そこで自分1人に罪を被せていいと言っている。
実際、メリッサは戦争で帝国軍兵士500人をたった1人で壊滅させているのだから300人近い人数の盗賊を壊滅させるぐらい苦ではないと思わせるぐらいなら話し方次第でどうにかなりそうだ。
だが、それを認めるわけにはいかない。
「いたっ」
メリッサの額にデコピンをする。
額を押さえて涙目になりながらこちらを見てくるが気迫が足りない。
注意する為に軽く叩いたつもりだったのだが、相当痛かったようだ。
「俺は前に『誰も見捨てるつもりがない』って言ったよな。それは、俺たちの中で誰かが犠牲になることで他の全員が助かるような選択肢だったとしても俺は最後まで全員が助かる選択肢を模索し続ける。お前らにも仲間を犠牲にするような――自分を犠牲にするような選択肢を選ぶことを禁止する」
「で、ですがあの時に私が感情的に行動してしまったせいで――」
「それは、関係ない」
たしかにペッシュ王子への対応はメリッサらしくない。
たとえば対立するにしても言い逃れできないような証拠を集めてペッシュ王子を政治的に追い詰めるというのがペッシュ王子本人や取り巻きから恨まれるかもしれないが、後のことも考えれば一番安全な方法だった。
けれどもメリッサの感情がそれを許さなかった。
政治的に追い詰めれば王家という後ろ盾を持つペッシュ王子の罪はうやむやにされる可能性が高かった。
そんなことはメリッサにとって認められなかった。
だから第3王子を盗賊として処分することを提案した時にメリッサは一切反対しなかった。
「あの時の行動についてお前から話を聞いて俺が提案したんだ。1度味方した以上は最後まで付き合うさ」
それが主としての役割だと考えている。
「え、ええと……おやすみなさい!」
普段は見せない慌てた様子で隣の部屋に戻っていく。
明日は朝早くに迎えが来ることになっているのだから早めに休むことに反対はしない。
「では、わたしも部屋に戻ります」
「メリッサのこと頼むよ」
どうにも王族が絡んできたということでメリッサの情緒が不安定だ。
俺たちのパーティにおけるブレーンなのだから話し合いには落ち着いた状態で臨んでほしい。
「はい。できる限りのフォローはしたいと思います」
メリッサと同室のシルビアが部屋に戻る。
部屋には俺とアイラ、イリスが残される。この2人と同室になることを選んだのは襲われない可能性が高かったからだ。
☆ ☆ ☆
結局、襲われてしまった。
アイラの手によって主の襲い方をイリスに実戦で教えることになってしまったのが原因だ。
隣の部屋で休んでいたシルビアとメリッサも連れて全員で宿の食堂で朝食を摂る。メニューはコーンのスープに自家製のサラダ、柔らかいパンだ。朝から重たい物を食べられるほど強くないので助かる。
「まったく、今日は王様との謁見だっていうのに緊張感はないのか?」
「これでも緊張ならしているわよ」
普段と変わらない様子で答えるアイラ。
とても緊張しているようには見えない。
「あたしが緊張したところで話がスムーズに進むわけでもない。王様との話だってマルスとメリッサが進めるんでしょ。あたしやシルビアは、いつも通りに王城に敵がいないか警戒していることにするわ」
そういうことなら……いや、納得しかけたけど襲われる理由にはなっていない。
「たしかにその通りですが、わたしも同じような扱いを受けるのは不満です」
朝食に出されたスープを飲みながらシルビアが不満を述べる。
「なによ。実際にその通りでしょ」
「戦うしか能のない人と一緒にしてほしくないです」
「よし、そこまで言うなら戦いましょ」
「埃が立つので食事中の戦闘は止めておきます」
そんな言い方をするせいでアイラがますますムキになってしまっている。
けれどもシルビアだってアリスター伯爵と話した時やギルドマスターと会話した時に何かを言っていた覚えがない。
おそらくアイラは権力のある人物と話をしていても面倒なので積極的に参加しないのだろうが、シルビアは単純に緊張して自分からいつも通りにメイドのようにあることを心掛けている。
まあ、色々言ったところで話は俺とメリッサが中心に進めることになるのは間違いない。
ただし、頼りになるメリッサに今日は頼れない。
「はぁ……」
溜息を吐いて憂鬱そうにしている。
やはり、自分のせいで王城に呼ばれている可能性があることを懸念しているらしい。同じ部屋で寝たシルビアによれば、なかなか寝付けなかったとのことだ。
自己管理にも厳しいメリッサにしては珍しい。
「で、もう1人の頼れる人物は」
「はぅ」
俺が視線を向けると恥ずかしそうに両手で顔を覆ってしまった。
「やっぱり早かったんじゃなかったか?」
「そう?」
アイラが首を傾げるが、お前たち肉食獣を基準に考えるな。
イリスは昨日の自分がやらかしてしまった出来事が恥ずかしいのか使い物にならなくなっていた。
「あの、よろしいでしょうか」
宿の食堂でのんびりと朝食を食べていると1人の騎士が食堂に入って来た。
どうやら迎えが来てしまったみたいだ。
「すみません。お待たせしてしまいましたか?」
「いえ、急な呼び出しにも応じていただいたので助かっています」
どうにも騎士にしては物腰の低い人物が来た。
迎えに来た騎士は、俺たちよりも少し年上ぐらいで顔は兄よりも幼いので騎士は騎士でも騎士見習いといったところなのだろう。新人なので異例のランクアップをしたとはいえ、冒険者の呼び出しという雑用をさせられるわけだ。
俺たちは朝食にたっぷりと時間を費やしてから王城へ向かう準備をする。
別に王城からは何時に来いという指定は受けていない。突然の召喚に応じるのだからゆっくりと行動するぐらいのワガママは言わせてほしい。
「では、表に馬車を待たせていますのでお連れします」
待たされた騎士は文句を言うこともなく俺たちを自分も乗って来た馬車へと案内する。
馬車に揺られながら王城へと向かう。
俺たちが宿泊した宿は平民街にあり、王城へと向かう為には王都の中心にある貴族街を通る必要があった。平民街と貴族街の間には詰め所があり、行き来する人のチェックが厳重に行われている。だが、王城で使用されている馬車に乗っているためか素通りさせてもらった。
王城に着くと執事服を着た男性が案内に付き、宿に迎えに来た騎士だけでなくさらに3人の騎士が加わって横を守られる。
いくら国王に呼ばれているとはいえ、厳重すぎないか?
『分かりました。これは私たちの警備ではありません』
『どういうことだ?』
『彼らの仕事は「私たちを守る」ことではなく「私たちから守る」ことです』
つまり、国王の命令で呼び出したものの戦争で活躍できるような冒険者を危険視して監視しているということか。
それなら宿で騎士が下手に出ていた態度も納得だ。
新人なのは本当なのかもしれないが、彼は本能的に俺たちのことを恐れていたせいで態度が下手になってしまったらしい。
「こちらにお入り下さい」
執事に案内されたのはサロンらしき部屋だった。
部屋の中心に据えられたテーブルの前にあるイスに座る。案内人の執事がテキパキとした動きで紅茶を俺たちの前に出して行く。
「主がいらっしゃいました」
俺たちが入って来た扉とは別の部屋の奥にある扉から壮年の男性が20代後半の青年を連れて入って来たのでイスから立ち上がる。
見たことはないが、おそらく壮年の男性がメティス王国の国王――パトリック・メティカリアだろう。
「初めまして。私が国王のパトリック・メティカリアだ。隣にいるのが第1王子のランドルフだ。事前に話を聞いていたが、本当に若いのだな」
パトリック国王が齢を考えさせないようなニヤニヤとした笑みを浮かべる。
「とりあえず座れ。今日、お前たちを呼んだのは、冒険者でもあるお前たちに頼みたい依頼があったのと話を聞きたいことがあったからだ。半年以上前の事だが、王都に立ち寄った際に盗賊を退治したらしいな」
どうやら国王の用件はメリッサの予想した中でも最悪の話らしい。
登場人物紹介
パトリック国王:50歳の国王
ランドルフ王子:近々王位継承予定の第1王子