第7話 Aランク依頼
5人で冒険者ギルドに入ると中にいた冒険者から一斉に注目される。
なんだ?
冒険者たちの反応が気になるところだが、気にせずに受付へと向かう。受付にはいつものようにルーティさんがいたので担当である彼女の下へ向かう。
「お久しぶりです、ルーティさん」
「戦争へ行っていたと聞いていましたが、無事に戻られたんですねマルス君」
ルーティさんが嬉しそうに微笑んでくれる。
そのまま先頭にいた俺から横にいるパーティメンバーの無事を確認して新たに加わることになったイリスへと視線が向けられる。その瞬間、ルーティさんの表情が曇るのを見逃さなかった。
「な、なんですか?」
イリスも自分を見られた瞬間に落ち込まれたことに気付いて狼狽えている。
「いえ……駆け出し冒険者だった頃から知っている男の子が1年も経つ頃にはパーティに4人目の女性を迎えてハーレムを築いているとなるとお姉さんとしてはちょっと複雑な心境なんです」
「わ、わたしは……!」
少しおどけた様子のルーティさんの言葉にイリスが異常に反応してしまう。
イリスの反応を見た瞬間、ルーティさんのどこか落ち込んだ表情がニヤニヤとしたものへと変わる。
「いいですね。少し顔を赤くしながら関係を否定する。こういう初々しい反応を期待していたんです。最近だとシルビアさんも初々しい反応をしてくれないので退屈だったんですけど、またギルドで話の種になりますよ」
「そんな話題は提供したくなかったです……」
既に色々と注目を集めるような活動をしているので今さら注目を集めたくないとか言っても無理な話だ。
「それよりも今日は新しく加わった彼女の拠点登録をお願いします」
「はい。それでは冒険者カードを提示していただけますか?」
「お願いします」
「え、Aランク……?」
ルーティさんが冒険者カードの裏に記載されたイリスの冒険者ランクを確認して驚いている。
通常、Aランクと言えば大成した冒険者で拠点やパーティの変更を行う者はいない。ここは彼女に誤解させないようにしないといけない。
「実は、今回の戦争のせいで彼女のパーティが壊滅的なダメージを受けてしまったので、唯一現役で残ることになった彼女を俺たちのパーティに引き取ることになったんです」
「そういうことだったんですね。何か困ったことがあったら何でも言って下さい」
「ありがとうございます」
冒険者カードを受け取ったルーティさんが手元の書類を処理していく。
ルーティさんの呟きを聞いてイリスがAランクだと知った冒険者たちも聞き耳を立てていたので彼らにも分かるように大きな声で告げたところ事情を察知してくれた。
それにしても、いつも以上に気にされているような気がする。
「そういえば、なんだか注目を集めているような気がするんですけど、何か話題でも提供しましたか?」
「それは、マルス君たち全員がAランクに昇格したことをギルドにいるほとんどの冒険者が知っているからです。クラーシェルのギルドマスターから打診があった後でウチのギルドマスターが昇格祝いだって酒盛りを始めてしまったので少なくとも参加者はAランクに昇格したことを知っています」
当人がいないのに何でお祝いなんてしているんだ。
まあ、俺たちのランクなんてAランク依頼をしばらく受ければ知られることになるんだから気にしても仕方ない。
「パーティメンバー全員がAランクに昇格するなんて異例中の異例ですから多くの人の注目を集めてしまうんです。しかも、新しく加わったメンバーまでAランクですからギルドも扱いに困るところがあります」
「そうなんですか?」
「特に依頼の斡旋ですね」
「これまでと同じように依頼票を持ってこようと思っていたんですけど」
「それは無理です」
俺の行動はイリスによって否定された。
「Aランク冒険者向けの依頼票というのは存在しません。そもそもAランクの冒険者にはBランク以下の冒険者が失敗した依頼やギルドがBランク以下の冒険者では無理だと判断された依頼を斡旋され、そこから依頼を引き受けるようになっています。アリスターでも変わらないですよね」
「概ね彼女が言ったような感じです。もちろんAランク冒険者がBランク以下の依頼を引き受けたところで規定違反というわけでもないので掲示板にある依頼は自由に引き受けて下さい。また、Aランクということで指名依頼の件数は増えるはずですので、そこから引き受けることになると思います」
「なるほど」
今回の戦争と同じように難易度の高い依頼を優先的に受けてもらおうということだろう。
そうなると色々と困る。
難易度の高い依頼ということは、それだけ報酬にも期待できる。焦って依頼を受ける必要もないのだが、金をそこまで必要としていない俺たちにはメリットがあまりない。やっぱりランクアップを受け入れたのは失敗だったかもしれない。
「ということでマルス君たちに受けてもらいたい依頼があります」
「もう、ですか?」
「それだけ期待しているということですよ」
ルーティさんが出してくれた依頼票に書かれていた依頼内容は『オリオンダイトの輸送』。
オリオンダイトは、今では既に失われた資源で唯一手に入れることができるのが迷宮の鉱山フィールドを採掘していると偶に見つけることができる。
「オリオンダイトの輸送ですか?」
「はい。最近、オリオンダイトが多く発掘できたので王都から運ぶように言われているんです。それで、その輸送隊の護衛にマルス君たちパーティが指名されています。もちろん他にも2組のパーティが付いて行くことになっています」
オリオンダイトが多く発掘されるようになったのは俺がちょっと設定をいじったからだ。
少し前に噂で王都がオリオンダイトを求めているという噂を聞いたので冒険者を招き寄せる為に出現頻度を上昇させていた。
「ですが、これは表向きの依頼です」
「そうでしょうね」
元からパーティにいた俺たち4人には分からなかったが、Aランク冒険者として活躍してきたイリスと冒険者ギルドの受付嬢であるルーティさんには分かったみたいだ。
「輸送隊の護衛なんてBランクやCランクでも十分な依頼です。そんな依頼にAランク冒険者しかいないパーティに指名依頼を出すなんて依頼料のせいで赤字になってしまいます。ですからオリオンダイト売却以外の収入がある、もしくは私たちを王都へ呼ぶことが目的でしょう」
「私も同感です」
わざわざ偽の依頼を出してまで俺たちを王都へ呼ぶ理由?
思い当たる節がない。
「考えられる可能性としては、マルス君たちの実力について興味を持った誰かが王都へ呼んだという可能性。他には戦争で活躍し過ぎたので話をしたい。まあ、Sランクへの昇格だけはないので大丈夫でしょう」
Aランクへの昇格だけでもこれだけ注目されるのにSランクになった日にはどれだけ注目されるのか。
とはいえ、ルーティさんが言ったようにSランクへの昇格はさすがにない。
戦争を休戦に導いた俺たちの実力ならSランク冒険者に昇格させても問題ないかと思う者が出て来ることはあるかもしれないが、残念ながら俺たちはAランク冒険者として何の実績も残していない。
昇格の話が出て来るとしてもしばらく先の話になるのは間違いない。
「どうしますか? 依頼の方は他のパーティだけでも対応できそうなので、断っていただいても問題ありませんよ」
ルーティさんはこう言ってくれているが、今後のことを思えば王都からの招集を断り続ける方が面倒くさそうだ。断れば今後も似たような話が舞い込んでくる可能性がある。
面倒事はさっさと片付けるに限る。
「いえ、依頼を引き受けます。出発はいつになりますか?」
「明日の早朝に西門前で集合になっています」
「分かりました。今日中に準備を終えたいと思います」
初めてのAランク冒険者としての依頼。
なにやら面倒なことになりそうだ。