第3話 迷宮管理③
迷宮の最下層には全員が既に集まっていた。
最下層は他の階層と違って迷宮核が安置されている神殿以外には何もない階層なのだが、シルビアたちの手によってテーブルが持ち込まれ簡易キッチンが造られたことによって過ごしやすい空間になっている。
「もう、買い物は終わったのか?」
「生活に必要な最低限の物は買い終わりました」
クラーシェルから真っ直ぐ来たイリスだったが、持っている荷物は本当に最低限の物しか持っていなかった。ある意味、いつ死んでもおかしくない冒険者らしいとらしいと言える。
アリスターに来たイリスも他のメンバーと同様に俺の屋敷に住むことになった。
わざわざ1人だけ離れた場所の宿やアパートを借りて暮らす必要などない。
午前中の内に全員で生活必需品を買いに行っていたのだが、途中で迷宮核から連絡があったので俺だけ単独行動を取らせてもらった。
「あの、いつもあのようなことをしているのですか?」
「あのようなこと?」
イリスの質問に先ほどの行動が思い起こされる。
死にそうな冒険者にポーションを売り渡した。
特に不審に思われるような行動ではなかったはずだ。
あの場にはいなかったイリスだが、迷宮同調があるので離れた場所の出来事でも把握することができていたはずだ。
「外にいる冒険者も怪我をしている冒険者に遭遇したのなら持っているポーションを売り付けるぐらいの行動はします。けれども、あれが迷宮主の行動ですか?」
たしかに世間一般から思い起こされる迷宮主の行動からは遠いかもしれない。
迷宮主と言えば、訪れた冒険者を自分の施した罠に嵌め、迷宮内に凶悪な魔物を何体も生み出す存在だ。決して死にかけた新人冒険者を相手にポーションを売り付けるような人ではない。
「迷宮主の目的は、迷宮を訪れた冒険者から魔力を吸い取って迷宮に与えることで迷宮を維持させることだ。迷宮にある資源や宝箱は冒険者を集める為の餌であると同時に迷宮から得られる糧を必要としている人に与える物資なんだ。さっきの新人たちは、あのままだと迷宮は仲間を失った場所になって2度と訪れなくなるかもしれない」
迷宮での収入が割に合わないと思われてしまえばわざわざ迷宮を訪れる必要はない。
実際、迷宮で活躍できるだけの実力が足りなくて2度と訪れていない冒険者は何人かいる。アリスターは周囲に凶暴な魔物が出現するので迷宮だけが稼ぎ場所ではないことも関係している。
「こっちだって慈善事業で渡すわけじゃないんだよ」
粗悪品だったとはいえ、きちんと利益を生み出してくれた。
新人冒険者たちから渡された銀貨を上に弾く。
高く撥ね上げられると銀貨がパッと消える。
『ごちそうさま』
俺のスキルである『魔力変換』だ。
魔力変換は価値ある物質を迷宮に与えることで迷宮の魔力へと変換することができる。
消えた銀貨は魔力へと変換された。
銀貨が再び必要になれば、その時は魔力変換を用いて銀貨を生み出す。
「こうして迷宮を強化することに役立ってくれた」
「それは、分かりました」
迷宮にやって来たばかりのイリスには1から色々と説明しなければならない。
特にイリスには迷宮操作がスキルにあるので迷宮について知っているか、いないかが生死を分けることになるかもしれない。
「ですが、納得いきません」
ぷくっと頬を膨らませてしまった。
やっぱり彼女の中にある迷宮主のイメージは俺とは掛け離れているらしい。というか俺だけでなく歴代の迷宮主も同じようなことをしていたらしいので間違った行動ではないと思いたい。
「とりあえず先に戦利品を渡すことにするぞ」
むくれたイリスを放置して道具箱から戦利品を取り出す。
戦利品――先日の戦争で手に入れることのできた物資だ。中でも帝国軍が使用していた魔法道具には期待できる。
道具箱の口に手を突っ込むと中から指輪や剣、弓といった装備品。支援部隊が所持していた物質の腐敗速度を遅らせる魔法道具や収納空間を拡張してくれる箱型の魔法道具を取り出す。
「魔力変換」
言葉と共にスキルを使用すると手に入れた魔法道具が消失する。
『うん。たしかに魔力に変換されたよ』
数値にして3500万を稼ぐことに成功していた。
ただ喜んでばかりもいられない。
『でも落とし穴や復興にかなりの魔力を使ったから利益は1000万ちょっとだね』
それでも普通に迷宮を訪れた冒険者から得られる1カ月相当の魔力を数日で稼ぐことに成功した。
ギリギリまで俺たちが貰えばもっと儲かっただろうが、あまりに短期間で稼ぐのも得策ではない。
「でも強力な魔法道具だってあったのですから、ちょっと勿体ないですね」
イリスが消えた魔法道具を目にして呟いた。
そんな彼女の為に魔力変換にはもう1つの効力がある。
『宝箱』
足元に魔法陣が出現し、黄金色の宝箱が出現する。
中を開けると魔力に変換されたはずの『魔力弓アンタレス』が入っていた。
失われたはずの魔法道具が出現したことにイリスが目を丸くしている。他のメンバーは既に知っていることなので落ち着いたものだ。
「どういうことですか?」
「迷宮に魔法道具を与えると、その構造を覚えて魔力を消費すると再現することができるようになるんだ。迷宮はそうやって訪れた冒険者の為に宝箱の中身を用意しているんだ」
この方法によって一品物の魔法道具も量産することができる。
もっとも強力な魔法道具であるほど消費される魔力量も多くなるので無限に生産することができるというわけではない。
「お前も何か欲しい装備品とかがあれば提供するぞ」
「そうですね……強力なコートを貰えますか? デザインは今みたいな感じの物で」
イリスが着ているコートは『金剛衣』と呼ばれる白地に金色の線が入った物だ。
ちょっとアイラに渡したジャケットと色が被ってしまっているので淡い空色のコートを渡した。
「ランクS……!」
早速渡されたコートに鑑定を使ってみたイリスがコートのランクを見て言葉を失くしている。
ランクSの装備品など金を出せば簡単に手に入るような代物ではない。それ1つだけで1財産を築けるだけに手放すような者はそうそういない。
「それを使って俺たちの役に立ってくれればいいよ」
「ありがとうございます」
イリスに渡した『人魚の空衣』には、水属性の魔法威力を高めると同時に相手から受けた攻撃を鱗のような硬さで防御することができる。水属性魔法を使いながら敵陣に突っ込んで行ったイリスには打って付けの防具だろう。
『このようにして迷宮は宝箱の中身を生み出せるのは分かった?』
「はい」
『だけど、自由に生み出す為には1度魔力変換をする必要があるんだ。だから君も珍しい物を手に入れた場合には僕か主に知らせるように』
「分かりました。ただ、どんな物があるのですか?」
『そうだね。珍しいところだとこんな物があるよ』
宝箱が出現したので中身を確かめてみる。
中には液体の入った瓶があった。
表面には詳細など書かれていなかったので『鑑定』を使って確認する。
『妊娠促し――』
宝箱の蓋を閉じる。
なんて物を出現させているんだ。
「おい!」
『ちょっとしたイタズラ心じゃないか。何代も前の迷宮主がある錬金術師から買い取った薬で、効果は当時の眷属たちが証明してくれたから安心していいよ』
もしも実体があるなら腹を抱えて笑い転がっているに違いない。
迷宮核が怪しい薬を出現させたせいで微妙な空気が流れてしまった。アイラはなにやら欲しそうにしていたし、シルビアは手を伸ばしかけていた。メリッサに至っては鑑定を使って成分分析をしていたので自作することが可能かもしれない。襲われた時は危険なので警戒しておいた方がいいだろう。
「よし、次は迷宮を案内するから上から順番に探索して行ってみよう」
『行ってらっしゃい』
迷宮核を最下層に放置して地下1階へと転移する。
宝箱の中身をどうやって用意しているかの話でした




