第26話 半分の対価
「ほ、本当に帝国軍の本隊をどうにかしてくれるのか!?」
「ええ、問題ありません」
朝食後、フィリップさんたちの下を訪れて治療を終えた後、冒険者ギルドで仕事をしていたギルドマスターを捕まえて今後の話をすることにした。
帝国軍はもうすぐ国境を越える。そのまま進めば夕方にはクラーシェルに辿り着くことになっている。あ、先行していた斥候部隊が国境を越えた。
「使い魔を出して確認しました。数万に及ぶ軍勢みたいです」
「数万!? 奴ら本気で攻めに来ているのか!?」
奥の方には数万の軍勢を維持できるだけの食料を運ぶ為の部隊もある。
どうやら本気でメティス王国の侵略を考えているみたいで準備がしっかりとされている。あれだけの軍備をどうやって短期間で用意したのか。
「籠城でもするか……?」
あまり長く持つ戦略ではないが、援軍の宛があるなら有効な手立てかもしれない。
けど、それではせっかく昨日の内に数万の軍勢を迎え撃つ為に用意した準備が無駄になってしまう。
「そちらは人さえ出してくれれば構いません。とにかく大勢の人間に付いて来るように説得して下さい」
「フロード村へ?」
「はい。帝国軍はフロード村より先へ進むことができずに逃げ帰ることになります」
帝国軍の進軍速度を考えるとフロード村に辿り着くのは昼過ぎぐらいになると思われる。その前に大勢の人間をフロード村近くに待機させておく必要がある。
「なあ、ギルドマスター」
「なんだ?」
俺の隣に座ったフィリップさんが対面に座るギルドマスターを呼ぶ。
大柄なフィリップさんだと相手を呼ぶだけで威圧できそうだが、ギルドマスターは負けじと正面から受け止めている。
「クラーシェルはこいつらが来てくれなかったら壊滅するしかなかった街だ。だったら最後までこいつらに賭けてみるのがいいんじゃねぇか」
「……分かった。本当に人を集めるだけでいいんだな」
「できるなら戦える人間で多く集めて下さい」
「善処しよう」
やっぱりクラーシェルで有名なフィリップさんを連れて来て正解だった。
やることが無くて病院のベッドで寝ていたフィリップさんを治療した後でギルドマスターを説得する必要があったので冒険者ギルドへ向かおうとしたところを自分も連れて行けと言われて一緒に行くことになった。
同行にメリッサは反対しなかった。
彼女はクラーシェルのギルドマスターが叩き上げで鍛えられた元騎士だと知っていたため力はあっても女の自分よりも昔からクラーシェルで活動してきた冒険者のフィリップさんが一緒にいた方がいいと言って反対しなかった。
結果はメリッサの思惑通り。
俺が説得するよりもフィリップさんが説得した方がよかったみたいだ。
――パン。
フィリップさんが両手を叩いて音を鳴らす。
「さて、こいつらへの報酬の話をしようじゃないか」
「報酬……」
ちょっと予想外の報酬が手に入ってしまったので元々もらうはずだった物の権利を手放す必要が出て来た。
「俺たちは元々アリスターの領主とギルドマスターから依頼を受けて救援に駆け付けました。報酬は『帝国軍の軍備』全てです。もちろん俺たちが倒した帝国軍の数に見合っただけの量に収めるつもりです」
ギルドマスターが俺たちの貢献度を考えて顔を青くしている。
予定では、9割はもらえるはずだった。
「ただ、こちらの方でちょっとした事情があって彼女を俺たちのパーティに引き抜きたいと思います。ギルドマスターにはその許可をしていただきたいと思います。許可してもらえるなら、こちらは帝国軍の軍備半分で手を打ちましょう」
俺の隣にはイリスが座っている。
「彼女はAランクの冒険者だ。今回のような突発的な戦争があることを考えると強い冒険者を手放すことがどれだけ痛手なのか分かるはずだ」
Aランク冒険者ともなれば拠点登録している冒険者登録から様々な恩恵を受けている。そのため簡単に他の街に拠点を移すことができないようになっている。
しかし、それではアリスターに拠点を置いている俺たちが困る。
イリスをパーティメンバーとして迎えるなら彼女もアリスターへ連れて行く必要がある。
「上級冒険者は簡単に拠点を変更することができないようになっています。ですが、それも拠点にしている街の冒険者ギルドのギルドマスターが許可を出せば簡単に移動できるはずです。『冒険者1人の拠点移動』と『軍備の半分』どちらで手を打ちますか?」
俺としてはどちらに転んだところでそれほど痛手ではない。
拠点移動にしても一定期間移動できないだけなのでそれまで待てばいい話だ。
軍備の方にしても強行軍だと聞いていたので最低限の物資しかないかと思えば支援部隊の方には潤沢な物資が残されていた。おそらく後から来る数万の軍勢の分も含まれていたのだろう。はっきり言って想定していた以上に手に入ってしまったので半分も貰えれば十分だ。
「……分かった。村の復興に関しては敵から軍備を奪う必要がある。イリスティアの拠点移動を認める代わりに軍備を分けてもらおう」
戦争はした方もされた方も金が掛かる。
そして、相手から奪えなければ何も手に入れることができないどころか整えた軍備のせいでマイナスになってしまう。
だから相手から奪うのは必須。
それを全く関係のない第三者が奪っていく。
当事者としては面白くないだろう。
「ありがとうございます」
「だが、イリスティアの移動はいいとして元々のパーティはどうする?」
「悪いが俺たちのパーティは解散だ」
「なに!?」
Aランクの冒険者と同様にBランク冒険者のパーティメンバーも重宝される。
「そういえばエリックの奴が死んだらしいな。だが、2人だけでもパーティを続けていくことは可能だし、新しいメンバーを募集してもいい。それにイリスティアを戻して3人だけでも十分通用する実力だろ」
「詳しいことは言えないが、今回の戦争のせいで俺もダルトンも体がボロボロだ。そろそろ引退を考える年齢だったし、イリスティアの新しい仲間も見つかったみたいだから引退することにしたんだよ」
「そうか、以前から言っていたな」
何か相談でもしていたのかギルドマスターがあっさりと折れた。
「だが、俺の目には引退を決意するほどの大怪我をしているようには見えないな」
「ちょっと、な。利き腕である右腕に思うように力が入らない。日常生活には問題がないレベルだが、戦闘はとてもじゃないが無理だ」
フィリップさんの右腕は左腕に比べれば痩せ細っていた。
理由は、今朝突然生えて来た物だからだ。
病室に辿り着くなり『施しの剣』を使用し、鞘から抜いた聖剣を病室のベッドで寝ていたフィリップさんの肩に突き刺した。突き刺さった剣から溢れ出した光が右腕のあった場所に集まり、腕の形になると光が消えた後には一般的な成人男性の腕があった。
突然病室にやって来て剣を突き刺したかと思えば失くしたはずの腕が生えてくるという事態に戸惑いながら腕を開いたり閉じたりしていると目に涙を溜めたイリスに抱き着かれていた。
その後、俺が渡した魔力回復薬を飲んで魔力を回復させたダルトンさんに『天癒』を使用するとボロボロだった体が治癒されていた。
とはいえ元通りというわけではない。
新しく生えて来たフィリップさんの腕は違和感があるらしく、こんな状態で格闘戦をすれば致命的なミスをするかもしれない。ダルトンさんも体を激しく動かすと治癒されているはずにも関わらず痛みがあるらしい。
2つのスキルについては、治療そのものが成功することは分かったので問題点については追々考えて行くしかない。
「さて、報酬の話は済んだので準備の為に仲間が既に向かっているので、こっちは先にフロード村へと向かいます。なるべく多くの冒険者を連れて帝国軍が到着するまでに来てください」
「一体何をするつもりなんだ?」
「彼らには地獄の光景を見てもらうつもりですよ」
戦争によって何が齎されるのか見てもらおうと思う。