第1話 捜索依頼
「よっしゃ、迷宮に行くぞ」
「今日は、満月の次の日だぞ。徹底的に探すぞ」
満月の日――迷宮の構造に変化が起こり、消耗された資源や宝箱の中身が補充される日だった。その時に、迷路のような道順も変わり、宝箱の位置も全く別の場所に移動しているため改めて探さなくてはならない。
しかし、一獲千金を夢見る冒険者にとって稼ぎ時であることは間違いなかった。
(いや~、実にありがたいね)
迷宮が資源などを補充する為には、侵入者である冒険者たちから知られないように少しずつ搾取した魔力を利用していた。
そのため、こうして意気揚々と迷宮に挑もうとしている人々を見ていると嬉しくなってくる。
昨日、迷宮に構造変化が起こったことは、迷宮主になってから初めての構造変化ということで、構造変化が起きない最下層で待機しながら観察させてもらった。
迷宮主の権限で最下層から観察していると、洞窟フィールドではパズルのように組み上がった岩の通路が動き回り、以前とは全く異なる通路を形成していた。
その下にある草原フィールドでは、壁のような光がフィールドを駆け抜けると、次の瞬間には刈り取られた植物が元の状態まで成長していた。
他のフィールドでも同じように喰い散らかされたような場所が元通りに復元されていた。
しかし、これらは全て直前までに集められた魔力をどうにかやり繰りして、最低限の変化だけを起こしたものだと迷宮核は語っていた。それしかやっていないにもかかわらず、迷宮が蓄えた魔力は枯渇寸前だった。
(これは、もうちょっと俺の方で詳しく設定しておいた方がいいな)
今では誰も侵入しない地下55階以降などの構造変化を起こさないようにした後、地下1階~10階の間にある宝箱の数を少し多くさせてもらった。
それだけでは不十分なようだ。
「お、おまえ……」
「おや、あんたは」
ギルドに足を踏み入れるとフラフラとした足取りで出て行こうとした人物と目が合ってしまった。その人物は、隠し部屋で襲い掛かってきた元盗賊の冒険者の仲間でサポーターをしていた。直接、手を下していないということで、他の仲間とは違って、見逃してあげた冒険者だ。
「これから、依頼?」
「いや、冒険者はもう辞めることにしたんだ」
「それは、またどうして?」
わざわざ付き合ってあげる義理もなかったが、サポーターのドズがこれからどうするつもりなのか気になってしまった。
もしも、俺のことを疑っていたりして危害を加えてくるようなことがあるようなら対処しなければならない。
「それなりに迷宮に慣れた冒険者に破格の報酬を払って、どうにか1日だけ迷宮に潜って見つからない仲間の捜索をしてもらったんだけど、どうしても2人だけ見つからなかったんだ」
それは、そうだ。
地下6階まで探したとしても、あの2人の遺体は構造変化によって隔離された壁の向こう側に隠させてもらった。死体を吸収する為には大規模な構造変化が必要だったため、満月の日である昨日まで待つ必要があった。
そのため、壁に向こう側に隠させてもらった。あの遺体を見つける為には、壁を壊す手段が必要になっていた。1日しか捜索できない冒険者がわざわざそんな装備を持って行くはずがなく、彼らは地下2階から地下4階までを探しただけで隠し部屋にあった遺体を回収しただけで帰った、と迷宮核から聞かされていた。
「それで、どうしてあんたまで冒険者を辞めることになるんだ」
「正直言って俺は仲間たちみたいに強くないんだ。俺にとっての最強がリーダーだったんだ。そのリーダーが迷宮に挑んで帰って来なかった……もう、迷宮に挑むだけじゃなくて、冒険者でいることそのものが怖くなったんだ」
「そうか。これからどうするんだ?」
「特に決めていないけど、迷宮で見つけた財宝があるから、それを元手に屋台でも始めてみようと思うんだ。サポーターとしていつも俺が料理当番もしていたから、料理にはそれなりに自信があるんだ」
「じゃあ、屋台が準備できたら食べに行くよ」
「本当か!?」
「ああ、知らない仲じゃないし、仲間の皆のことは俺も残念に思うから」
本当に残念な奴らだった。
真っ当に冒険者として生きて、俺に手出しするようなことがなければ今頃はドズを連れて冒険者ギルド前にいた冒険者たちと同様に迷宮へ挑んでいたのかもしれないのに。
だから、決して悲しいとは思わない。
「あ、あの……」
ドズが何か言いたそうにしている。
ああ、ドズは話に聞いただけだが、俺が彼らから襲撃を受けたことは知っているのか。
俺は笑みを浮かべながら告げる。
「大丈夫ですよ。彼のしたことは水に流してあげますよ」
「本当だな!?」
ドズの耳元まで近付くと囁く。
「ええ、もう既に死んでいる相手に怒ったところで無意味ですし、俺もスッキリしましたから」
「やっぱり、おまえ……!」
俺の言葉の意味に気付かないほどの馬鹿ではなかったらしい。
そして、俺を追及したくても証拠がない。そして、冒険者ギルドでは私闘に対して取り締まりをしてくれない。それ以前に新人狩りで先に手出しをしてしまったのは自分たちだ。自業自得だとして誰も助けてくれない。
「ま、きちんと売上には貢献してあげますよ」
肩を1度叩いてカウンターへと向かう。
俺がカウンターに辿り着く前にドズは自分の無力さに唇を噛みしめながらギルドを後にしていた。
そんな相手を無視して、俺は自然と担当のようになっていた受付嬢のお姉さん――ルーティさんのいるカウンターの前に立つ。
ルーティさんも自分に近付く俺の姿に気付いたようだ。
「おや、マルス君は迷宮に行かないのかな?」
「いえ、しばらく迷宮に潜るつもりはありません。借金も返済できたので」
ルーティさんには母と妹が冒険者ギルドで色々と事情を話してしまったので、借金のことについて知っている。
「そうでしたか。先日も5名の冒険者が迷宮から帰って来られなかったので、マルス君の実力でそこまで追い詰められていないのなら迷宮へ行く必要もありませんね。それで、今日はどのような用事ですか?」
冒険者が受付嬢に用事があるにもかかわらず依頼票を持っていなかった。
他には、解体した魔物の素材や魔石の買取をお願いする、といった用事もあったが、今の俺は手ぶらにしか見えない。
(いえ、そういえば彼には収納リングがありましたね)
どの程度の量を収納できるのかまで聞いていないが、それでも手ぶらだからと言って持ち込みがない、と思うわけにはいかなかった。
しかし、俺は依頼を受けに来たわけでも買取をお願いしに来たわけでもない。
「実は、依頼を出したいんです。それで、ルーティさんには相談に乗ってもらいたかったんです」
「伺いましょう」
「実は、父が一週間ほど前から行方不明になっていまして、この一週間に父を見かけた方がいないか、情報を集めたいんです」
「目撃情報、ですか……」
ルーティさんは俺の依頼内容について考えてくれていた。
「報酬についてはどうなりますか?」
「有力な情報だった場合には金貨ぐらいは払っていいと考えています」
その金額にルーティさんが驚く。
しかし、今の俺にとってその程度の金額はポンと出せるレベルになってしまった。
「それだけ本気ということですか……それでは、ちょっと多いので有力な情報だった場合には大銀貨5枚。不確かな情報だった場合でも銀貨5枚ぐらいが妥当ではないかと思います。もしかしたら、不確かな情報の中に有力な情報が紛れている可能性はありますから」
俺としては、確実な情報をくれた相手に高額な報酬を与えることで情報を得るつもりでいたのだが、言われてみれば確かにそういった可能性があることも考えられた。
「それで、情報を集めるうえで捜索対象の特徴などが分からなければ情報を集めようがないのですが、何か似顔絵などはありますか?」
「似顔絵はないんですけど、像なら持ってきました」
収納リングに魔力を流すと、何もない手の上にポンと土で作られた胸像が現れる。
正直言って昔から絵心がなかった。久しぶりにチャレンジしてみたが、紙に描かれたものは似ていないどころか人の顔すらしていなかった。
そこで、魔法で土をイメージそのままに変形させて胸像を造ってみた。
かなり集中していたせいで魔力をごっそりと消費してしまった。迷宮主になったおかげで魔力量が多くなっていてよかった。
「こちらはお預かりしてもよろしいですか?」
「はい、どうぞ」
「では、この胸像を基にこちらで依頼票に似顔絵を描かせてもらいます。そのうえで、詳しい情報を求めてきた方にはこの胸像を見せるようにします。依頼票の作成に料金が発生してしまいますが、こちらで作成してよろしいですか?」
やはり、冒険者には依頼票で情報を募るため似顔絵が必要になるようだ。
絵心のない俺では任せるしかない。
「お願いします」
「では、預託金をお願いします」
「預託金?」
聞きなれない言葉が出てきた。
「そういえば依頼を受けたこともありませんでしたね。依頼を出す場合には、冒険者が依頼を受けてから完遂するまで数日掛かることが普通です。その間に依頼者に何らかの理由があって報酬が全く払えない、という事態を避ける為にギルドに報酬の一部を預けていただくことになっているんです。大抵の場合は、報酬金額の1~2割を預けていただくことになっています」
つまり、俺の場合は有力な情報を貰えた場合の報酬である大銀貨5枚の1~2割――銀貨5枚~大銀貨1枚分のお金を預ける必要がある。
それに依頼票の作成料として銀貨を1枚支払う。似顔絵まで書くということで少し多めに払うことになるらしい。
「では、これで依頼を受け付けました。情報については、冒険者ギルドにお越しの際にお聞きください」
どうやら、情報が手に入ったら教えに来てくれるようなサービスはないらしい。