第23話 憧れ
「な、何を言っているんですかフィリップさん!?」
「1人になったお前を放り出すわけにはいかない。一緒にいたのは短い時間だけど彼らなら信頼できるって俺の勘が告げている。実力は……言うまでもないな」
「そうかもしれないですけど……」
彼らは主が戦っている姿を見ているので自分たちよりも強い力を持っていることは理解しています。
私も後から迷宮核が保存してくれた視覚情報を見て確認したのですが、あそこまで圧倒してしまうと感心よりも畏れの方が勝ってしまうのではないでしょうか。
「大軍を前にしても退かない人がリーダーのパーティでは私は足手まといにしかなりません」
けれども話すイリスティアさんの顔に畏れはなく、落ち込んでいるように見えます。
どうやら入れるならパーティに加入したいみたいですが、自分の実力を考えて遠慮しているように見えます。
今後、彼女はソロで活動するか新しくパーティを作るか誰かのパーティに加わる必要があります。
ソロで活動する場合には関係ありませんが、パーティを新しくするならパーティメンバーとの相性は何よりも重要視しなければならない事項です。その点、私たちは主と眷属という繋がりがあるので連携で困ったことはありません。
ちょっと話を聞いてみましょう。
「よければ場所を移動しませんか?」
イリスティアさんを連れて病室を出ると入院患者が利用する談話室へと移動します。
ここにはフィリップさんたちもいないですし、魔法を使用して音を遮断させてもらったので会話を聞かれる心配もありません。
「実力不足を懸念してパーティへの加入を断念しているのですか?」
「はい。マルスさん以外の戦いは見ていたわけではありませんが、3人で1000人を倒したという話は聞いて知っています。私もAランク冒険者ですのでそれなりに実力がある方ですが、そんな実力がある人たちの仲間になれるだけの実力はありません」
やはり、実力不足を懸念していたみたいです。
ここで実力不足を理由に諦めてもらうことは簡単です。
ですが、私にはどうしても彼女のことが放っておけませんでした。家族同然の人が傷付けられ困っている少女にくらい手は差し伸べられるべきでしょう。
「もしも実力に関しては気にする必要がないと言ったらパーティに加入しますか?」
「どういう意味ですか?」
「大軍すら一蹴できるだけの力を持った冒険者が4人も集まったパーティ。そんなパーティが自然に出来上がったとお思いですか?」
「いえ……」
王都にいるSランク冒険者なら500人に1人で立ち向かうだけの実力を持っている可能性があります。残念ながら王都にいた頃にはSランク冒険者と会える伝手を持っていなかったので実際に目にしたことはありませんでしたが、聞いた噂が正しければ奮戦するぐらいはできたはずです。
そんな強い力を持った冒険者のパーティメンバーは、Sランク冒険者を慕って集まって来たBランクなどの下位の冒険者ばかり。
Sランク冒険者だけで構成されたパーティはいないはずです。
「私たちパーティメンバーの力はリーダーから恩恵を受けた結果得られたものでしかありません。もちろんデメリットもあるので、貴方がデメリットを引き受けてでもパーティに加入したいと言うのならメリットを受けられるよう私から進言してもいいです」
私が彼女を勧誘している理由は偏に実力ある彼女が欲しかったからです。
パーティメンバーであるシルビアさんは斥候、アイラさんは近接戦、私は魔法特化なので、前衛も後衛もできるバランスの取れたメンバーが欲しいと思っていたところです。
幸い、眷属にする最大の条件である『美少女』という課題をクリアしているので説得すれば主も反対しないでしょう。
「本当にそんなことが可能なのですか?」
「可能です。それに力は不要ですか?」
「いえ……必ずまだ必要になります」
数日中に帝国からクラーシェルへ向けて侵略の為の軍隊が派遣されてくることになっています。
その時に力が足りないままでいいのか?
「私に力を下さい!」
キラキラした目で私のことを見て力説してきます。
キラキラ?
ここは復讐を胸にギラギラとした目をするところではないのですか?
これでは、まるで恋する少女のようで……
――キン!
剣撃の音が響き渡り咄嗟に談話室の中を確かめます。けれども談話室の中には私たち以外の人はおらず、気のせいかとも思ったのですが、これは念話によって頭に伝えられた音ですね。
おそらく迷宮核あたりが中継しているのでしょう。
『ちょっと、どういうことよ!』
次いで視覚情報も視界の隅に表示されます。
そこには怒った様子のアイラさんが主を壁に背を押し付けて首筋に剣を突き付けていました。離れた場所にはシルビアさんもいるのですが、アイラさんを咎めるような様子は一切ありません。主至上主義の彼女なら安全を優先しそうですが、どこか憮然としています。
『いや、俺に聞かれても……』
『彼女の顔を見てみなさい! どう見てもあんたのことを思い浮かべて顔を赤くしているじゃない』
ああ、私の視界に向こうの様子が映し出されているのと同じようにこちらの様子も向こうに伝わっていたのですね。
改めてイリスティアさんの様子を確認します。
どこか興奮したように顔を赤くしながらキラキラとした憧れのような視線を目の前にいる私を通して誰かに向けていました。
ここは、私が事情を聞くしかないようですね。
「何かありましたか?」
「そういう、わけではないのですけど……本人には絶対に言わないで下さい。私は10年前の戦争の時にある冒険者に助けられたんですけど、その時と全く同じように『助けに来たよ』って言われて彼にも助けられたんです。ですから彼の助けになるようなことができれば、と」
『ちょっと、何やらかしてんのよ!?』
こちらの会話は全て聞かれているらしく、イリスティアさんが私にだけ語った事情は本人にも伝わってしまっています。
それを聞いてアイラさんが怒っています。
怒っているアイラさんとは対照的に『修羅場♪ 修羅場♪』という迷宮核の楽しそうな声が聞こえてきます。完全に今の状況を楽しんでいるみたいです。
『いや、たしかに戦場へ着いた時に彼女の傍に下りてそんなセリフを言った覚えはあるよ。けど、それが……』
主としては何気なく言った言葉のようですが、それが彼女の琴線に触れてしまったようです。
『いい? あんたにそんなつもりがなかったとしても相手をその気にさせちゃうことだってあるんだから軽々しく相手を落とすようなセリフは言うべきじゃないのよ』
『俺としては安心させるつもりで言ったんだけど……』
『口答え厳禁』
『……はい』
主を相手にそんなことを言っていいのでしょうか?
これまでに自分のことを敬うように言ってきたりしたことがないので、おそらく主もアイラさんの言動を気にしたりしていないのでしょう。
というよりも3人は今何をしているのでしょう?
『こっちは既に隣村にいた支援部隊の制圧を終えた』
3人がクラーシェルを出発してからまだ2時間も経過していないのですが。
『それが、ちょっと時間がかかっちゃったのよ。最初の予想だと数十人も殺したところで降参するかと思いきや帝国とかクラーシェルに向かった部隊が救援に駆け付けてくれると本気で思ったらしくて籠城を始めちゃったのよ』
そこから先は全力で暴れたらしく、最終的に奴隷とすることができたのは200人ちょっとくらいとのことです。クラーシェルで捕らえた奴隷と合わせると約1000人ですか。
『とりあえず、これから捕まえた奴隷を強制的にクラーシェルへ向かって歩かせた後で物資を全て回収してそっちに戻る』
それなら陽が暮れる前には戻って来られそうです。
『で、彼女に関してはお前に任せる』
『ええ、任されました』
主の声はパーティ加入を断ってほしそうにしていましたが、私には私の思惑があるので彼女を仲間に引き入れる方向で勧誘します。
目の前にいるのは黙ったままのように見える私のことを不安そうに見つめる少女。
そこに上級冒険者としての威厳はありません。
腹黒い商人を相手にするよりもよっぽど楽そうです。