第22話 引退
メリッサ視点です
――コンコン。
開けっ放しだったドアをノックして病室へと入る。そこは入院患者用の病室で、現在は大怪我を負った者たちの為に使用されているみたいで、4つあるベッドに4人の冒険者がいました。
「お久しぶりです」
「……あんたか」
窓際のベッドで横になった大剣使いであるダルトンさんがどこか憔悴した様子で私に気付きました。
ダルトンさんの正面にあるベッドにいるフィリップさんは失くしてしまった自分の右腕があった場所を見つめて残った左腕を何度も開いたり閉じたりして自分の状態を確認していました。
「お見舞いですか? ありがとうございます」
入り口のすぐ左にあるベッドではイリスティアさんが腰かけていました。
彼女は大きな怪我をした様子もなく、フィリップさんたちの世話を甲斐甲斐しくするべく皮を剥いたリンゴを食べやすい大きさに切っていました。
「治療はどうだったのですか?」
「俺は戦場で何度も攻撃を受けたせいであちこちがボロボロになっている。医者の話だとある程度の回復はできても後遺症が残るレベルらしい。ボロボロになっても戦場に立ち続けたせいだって言われたよ」
ダルトンさんは見て分かるような大怪我をしているわけではないようですが、体の内側はボロボロとのことです。
「俺の怪我は回復魔法でほとんど治った。だが、右腕だけは回復魔法でどうにかなるレベルではないらしい」
さすがに回復魔法でも欠損の治療は不可能です。
回復魔法は、あくまでも肉体の自然治癒力を高めて回復を促す魔法でしかないので、人間の肉体に欠損を治癒する能力がない以上、回復魔法で右腕の欠損を治療するのは不可能です。
ただ、方法がないわけではありません。
「斬り落とされた右腕は残っていませんか?」
「繋げるつもりか? 残念だが、戦場に置いてきたせいでボロボロになっているはずだから繋げるのは不可能だ」
切断されただけなら回復魔法の使い方次第で接合が可能だったのですが、繋げる物がないのでは不可能です。あまり長時間が経った後では傷口の腐敗が進み、接合が不可能になるので対処するなら早い方がいいです。
「そんなに気にするな。お前みたいな女の子が落ち込んでいると腕を失くしたフィリップの方が気にするぞ」
「ダルトンの言い方はともかく君が気にする必要はない。命が助かっただけでも儲けた方だ」
「そう、ですが……」
帝国兵を大量に殺した私に言えたセリフではないですが、やはり知り合いが傷ついている姿は見たくありません。
彼らは命が助かっただけでもいい、と言いますが……
「では、彼のことも納得できるのですか?」
入り口のすぐ右には1人の男性が寝かせられていました。
けれども、その男性は私が入って来た時や私たちが大声を上げた時でさえ1度も体を動かすことなくベッドで眠り続けていました。永遠に起きることのない眠りの中で。
「ああ、冒険者になった時から戦いの中で死ぬんだと覚悟していたし、10年前の戦争でも仲間の1人を亡くしている。戦いの中で死ぬ。これが俺たちの運命なんだよ」
ベッドで眠っているのは魔法使いのエリックさん。
遺跡で出会った時は魔法使いの先輩として色々と教えてくれた人だったので戦場に姿が見えなかった時は気にしていたのですが、私たちが間に合わなかったばかりに死なせてしまったなんて。
「勘違いするなよ。君たちがどれだけ速く辿り着いたところでエリックの運命は変わらなかった。エリックは戦いが始まって早々に敵のナイフを受けて戦場を離れたんだ。傷は処置して大丈夫だと誰もが思っていたんだが……」
「そのナイフには毒が塗ってあったらしくてエリックは病室に運ばれてしばらくすると息を引き取ったそうだ」
「わ、私が応急処置をした時に気付くことができていれば……」
イリスティアさんが涙を流して自分の太腿を何度も叩いています。
彼女の話を聞いてみるとナイフを受けたエリックさんの応急処置をしたのが彼女で、その時に気付いて解毒までしていれば死に至ることはなかったかもしれないと過去の自分を悔やんでいました。
ですが、その時は戦争中でナイフに毒が仕込まれていないか気にすることができるほどの時間があったわけではないようなので彼女だけの責任ではありません。
自分の力が及ばずに大切な人を亡くしてしまった。
その悔しさは分かる気がします。
「イリスティア、お前も気にするな!」
「でも……!」
「少なくとも街の人たちを守る為に体を張って負った傷だ。こいつも故郷を守れて満足だろうよ」
「はい……」
落ち込んだイリスティアさんが自分で切ったリンゴを食べ始めます。
自分で食べるんですね。
「生き残った皆さんはどうするつもりですか?」
「残念だが、俺とダルトンは引退だな」
「そんな……!」
引退、という言葉を聞いてイリスティアさんが驚いていますが、怪我を負ったダルトンさんは最初から覚悟していたのかフィリップさんの言葉に頷くだけです。
「俺たちの怪我は治療できたとしても日常生活を無事に送れるレベルが精一杯だ。俺は片腕だけだとゴブリンと戦うのだって厳しい。ダルトンは体を激しく動かすことすら難しい」
今回の戦争で負った怪我が原因で引退するしかなくなってしまったようです。
「それだけじゃない。引退は少し前から考えていた。俺たちも30を過ぎてしまって全盛期のように体を動かすのが辛くなってきたところだ。今回の戦争がなかったとしても近い内に引退をしないといけないって考えていたんだ」
「そんな、フィリップさんたちなら数年ぐらいなら戦えます」
「それも衰える体に鞭を打ちながらだ。下級冒険者ならそれでもいいのかもしれないが、俺たちみたいな上級に手が届きそうな中級冒険者がそんな姿を晒すわけにはいかないんだ」
「幸い、今までの蓄えだってあるからしばらくは生活に困らないからな」
「失った右腕だって蓄えからある程度の出費をすれば魔法道具の義手を手に入れることだってできる。だから日常生活を送る分には本当に問題はないんだ」
2人の決意は固いらしく、引退を改めさせることはできそうにありません。
「でも、今までそんな話は1度だってしてくれたことがないじゃないですか!?」
「それはお前がいてくれたからだ」
「え……?」
「お前みたいな娘がすぐ近くにいてくれたから格好いい姿をいつまでも見せていたかった。けど、こんな体になったんじゃあ格好いい姿を見せることなんてできないし、一緒にいるとお前の足を引っ張るだけだ。今が全盛期のお前は、もっと多くのことを体験するべきなんだ」
「そんなことありません!」
本当にそう思っているらしくベッドから抜け出してフィリップさんに縋り付いています。
「私にとってあなたたち3人は本当のお父さんも同然の人です。そんな人を見捨てるなんて……」
「父親だからこそ俺たちのことを見捨てろ。いつまでも俺たちみたいなのと一緒にいるべきじゃない。お前も俺たちの傍から離れて巣立つ時が来たんだ。いつの間にかAランクになったお前だから誰かのパーティに入るよりも自分のパーティを作るべきだって考えていた。引退は、せめてその手伝いができてからだって考えていたんだが……」
フィリップさんの視線が私へと向けられます。
なんとなく彼の言いたいことが分かります。
「君たちのリーダーはどこにいる?」
「今はこの場にいませんが、数時間以内に戻ります」
「なら、先に君だけでも話を通しておくことにしよう。君たちの実力を考えると足手まといになるかもしれないけど、この子を君たちのパーティに入れてくれないか?」
「……え?」
当事者のイリスティアを置いてパーティ加入を申請してきました。