第21話 賢者様
メリッサ視点です
「いてぇ!」
「クソッ、帝国軍の奴ら!」
「おい、包帯を持ってこい!」
「は、はい!」
そこでは怒号が飛び交っていました。
領主の屋敷を後にした私が向かったのは東門の近くにある病院です。
現在、この病院には多くの怪我人が次々と運び込まれていて治療を受けている最中です。
かなり急いで駆け付けた私たちでしたが、奇襲されていることを知らされた時点で戦いが始まってしまっていたため到着までに少なくない被害が出てしまっています。
そんな怪我をした兵士たちがクラーシェルの中で最も設備の整った病院で治療を受けていると聞いて駆け付けた次第です。
病院の中は戦場と変わらない酷い状態です。
「……っ! もう少し優しくできないのか!?」
「男ならこれぐらい我慢して下さい!」
女性看護師から治療を受けていた男性兵士が怒鳴っています。
「今、治療しますね」
別の場所では火傷を負って床に寝かされた冒険者に光る手をかざして回復魔法を掛けている魔法使いがいます。魔法使いが回復魔法を使用すると寝かされていた冒険者の火傷が消えて治療されます。
「ふぅ~」
けれども1人の治療を終えたところで魔法使いが息を吐いていました。
彼が治療した人物は火傷を負った冒険者だけでなく他にもたくさんおり、そろそろ魔力が足りなくなってきたので疲労が出てしまったみたいです。
さて、私が病院に来たのは疲れている人を見る為などではありません。
怪我人を治療する為です。
「手伝います」
「あ、あなたは……」
回復魔法の使える魔法使いの手が止まってしまっていました。
彼については放置して、彼の担当することになっていた患者の数を確認します。
目の前には10人以上の怪我人が床に座っており、魔法使いの残された魔力量を考えるととても全員を治療できるとは思えません。
「みなさんこっちを向いてください」
「あん?」
腕が力なく垂れている筋骨隆々な冒険者が私を睨み付けてきます。
他の怪我人も気が立っているのか声を掛けた私に対して同様の態度です。
治療する順番を付けて暴動を起こされても面倒です。
「エリアヒール」
カン――!
病院の床を杖で突くと魔法陣が3メートルほどの大きさに広がっていき、座り込んだ彼らの床へと移動して金色の光を放ちます。
「こ、これは……!」
腕が曲がっていた冒険者の腕は元の状態へと戻っており、刃で足を斬られていた兵士の傷がみるみる塞がっていきます。
他の怪我人も同様で負傷していた部分が元の状態へと戻っていきます。
ふぅ、さすがに10人もの怪我人を一瞬で治療するのは疲れますね。
魔力量は問題ないのですが、回復魔法に必要な水属性や光属性は元々持っていた属性ではなく、迷宮魔法が治療を苦手としているせいで回復魔法全般に対して使用時に負荷が掛かるようになっています。
それよりも怪我人はまだたくさんいます。
軽傷程度なら今の魔法でも十分ですが、1度に治療できるのは10人ぐらいが限界なので、何度も行う必要があります。
「さすがは『賢者様』だ!」
……え? 今聞きなれない名前が聞こえてきたような気がするのですが。
私ではない誰かのことですよね?
「攻撃魔法だけじゃなくて回復魔法も使えるなんて」
「俺が言った通り凄い魔法使いだったろ?」
「あんたは北門で見ていただけじゃないか!」
私のことを『賢者』と笑いながら呼んだ緑色のローブを着た男性が近くにいた女性と口論していました。
その内容を聞く限り、私が『賢者』みたいです。
「あの……」
「よう、『賢者様』」
「貴方は?」
「Aランク冒険者のジャードだ。俺は北で防衛を任されていた魔法使いなんだが、あんたみたいな苛烈な魔法を使う奴は王都にいるSランク冒険者の『大賢者』様以外では見たことがない。そんなことを周りの連中に言ったら、いつの間にか『賢者』様呼びが定着していたんだよ」
「そ、それはちょっと……」
二つ名としてはまともな方ですが、二つ名を付けられることそのものに恥ずかしさを覚えてしまいます。
ああ……現に二つ名を聞いた迷宮核が笑っています。
「なんだ、不服か?」
「いえ……」
こういうのは本人がどのように言ったところで覆ることは稀です。周りの呼び方に任せるしかありません。
「おい、賢者様が来ているって!?」
また1人が私に気付いて近付いてきます。
「ありがとうございます。あなたのおかげで助かりました」
「あんた凄いな」
「俺は剣士の戦いしか見てないけど、この賢者様も強いのか!?」
「当たり前だろ!」
気付けば人々に囲まれお礼を言われる状況。
私はここに治療をしにやってきたので通してほしいのですが……。
「治療なら気にしなくていい。『賢者』様が来る前に重傷者の治療は終わっている。後は自分たちだけでどうにかできる軽傷者ばかりだから『賢者』様が気にする必要はない」
「そうですか」
治療の必要がないのはいいのですが、『賢者様』と呼ばれる度に気恥しさがこみ上げてきます。
冒険者としてアリスター以外では活動するつもりがないので、クラーシェルへ次に来るのがいつになるのか分かりませんが、次に来た頃には落ち着いていることを祈るしかありません。
「チッ、何が『賢者』だ」
1人だけ部屋の隅で失礼な態度を取っている魔法使いがいました。
私には面識がありませんが、迷宮核から『アイヴィードっていう名前の魔法使いだよ』という紹介と共に色々な情報が教えられます。
「すまねぇな。あいつはライバルだった魔法使いが『賢者』様の仲間に殺されて苛立っているんだ。『奴を殺すのは自分だ』って昔から言い張っていたのに全く関係ない奴に取られたのが許せないみたいだ」
「けれど、戦争ですよ?」
「ああ、誰が死んでもおかしくないのが戦争だ。その戦争で、あんたの仲間は勝ち過ぎた。だから余計に許せないみたいなんだ」
主はたった1人で4500人を相手にしたにも関わらず、本人は傷1つ負っていないわけですから同じ冒険者としては許せないみたいです。
ですが、色々と教えてくれる男性は気にしていないようです。
「俺は、もう自分の命が惜しい段階だからな。だから戦争に参加した時も生き残れるとは思っていなかった。だから悔しさよりも命を助けられたことに対する感謝の方が強いんだよ」
なるほど。各々の立場で違ってくるということですね。
「ふざけるなよ。奴を倒すのは俺だったはずなんだ」
「おい!」
「それなのに、あんなふざけた倒され方をされやがって」
迷宮核が視覚情報を共有してアイヴィードさんのライバルだった魔法使いが主に倒される瞬間を見せてくれます。
あ、これはダメですね。
魔法使いなせいか耐久力が低かったせいで胴体を拳で貫かれています。
せめて魔法使いが相手なんですから魔法を使ってあげればプライドも多少は守られたのに効率重視で倒してしまっています。
「それに、お前みたいな女が『賢者』だと!? 女が戦場に立つこと自体俺は気に入らねぇ!」
「おい! 彼女が来てくれなかったら俺たち全員死んでいたかもしれないんだぞ」
「その実力だって疑わしいもんだ」
アイヴィードが魔力を集中させた手を私の方へ向けてきます。
――女だから。
その言葉は私にとって禁句にも等しい言葉です。
領主の長女として生まれた私は、将来自分の領地を継ぐことを目標に幼い頃から一生懸命頑張って領地経営に必要な知識を蓄え、魔法にも才能があったので戦闘も鍛えて優秀な成績を残してきました。
けれども頑張った果てに告げられたのは、女では領主になれないという事実。
父様からも優秀な人物を婿に迎えて、その人物を領主にすると言われたことがあります。
女性冒険者も多い冒険者ならそのようなことを言われることはないと思っていたのですが、私の勘違いだったみたいです。
「リフレクション」
アイヴィードの手から放たれた魔法に魔法を使用してウィンドカッターの進行を反転させます。
「あああああ!」
180°方向を変えた風の刃がアイヴィードの腕を肘辺りから斬り落とします。
リフレクションは相手の魔法を支配して跳ね返してしまう魔法。威力もそのまま跳ね返してしまうので私に対して腕を切断するような威力の魔法を使ったみたいです。
「その腕は自分で治療して下さい。私なら切断された腕を繋ぐこともできますが、私には貴方を治療するつもりはありません」
病院にいる回復魔法を使える魔法使いも救援に駆け付けた私に感謝しているようで私と同じく拒否したいみたいですが、彼らに頑張ってもらうことにしましょう。
治療は必要ないみたいなので主から頼まれていたことをすることにしましょう。
「あの、1つ確認したいことがあるのですが」
「何だ?」
「Aランク冒険者なら同じAランクのイリスティアという女性冒険者が今どこにいるのか知りませんか? 知り合いなので無事を確認したいのです」
「彼女なら上の病室にいるよ」