第16話 VS帝国軍―後編―
「このような場所にいられるものか!」
壮年の騎士の1人が叫ぶ。
戦場に風を循環させ声を届けさせているため離れた場所にいる相手の声を拾うこともできる。
「いいのでしょうか? これは敵前逃亡になりませんか?」
「構うものか! オレには指揮官として生き残る義務がある」
あいつが指揮官なのか。
随分と無能な指揮官なようで俺から逃げられると本気で思っているみたいだ。
「1人も逃がすわけがないだろ」
空を見上げる。
無防備な姿を晒しているが、既に恐慌状態に陥った帝国軍兵士は逃げることしか考えておらず、隙だらけの俺を攻撃する気すらない。
「跳躍」
だから上空30メートルへの空間転移も簡単にできる。
これだけ高い場所なら戦場の端までよく見える。
「あれ……?」
最後列にいた兵士の1人が上空に人がいることに気付いた。
しかし、その人物が多くの兵士を落とし穴に落とし、惨殺していった人物だとは気付いていない。前線での不穏な空気を察知して真っ先に逃げ出した彼らは、相手の姿を見ていなかった。
だから、ナイフを投げられても刃物としての恐怖しか感じない。
「ひっ」
声を上げながらギリギリのところで回避してくれたおかげでナイフが地面に突き刺さる。
「迷宮操作:落とし穴」
左右の落とし穴と同じようにナイフを起点に迷宮操作を発動させる。
「うわあああぁぁぁぁぁ!」
すると最後列付近にいた400人近い兵士が穴に落とされて槍に串刺しにされる。
こうして上空から戦場を見ると彼らがどういう動きをしているのか分かる。
彼らの多くが実戦経験の少ない下級兵士や領民らしく突然の事態にどうすればいいのか分からず、とりあえず直接の指揮官の指示に従うべく隊長の傍に固まって行動している。
これも俺にとっては格好の獲物でしかない。
「迷宮操作:落とし穴」
ナイフを何本も投げて十数人の人間を何度も穴に落としていく。
戦場のあちこちに穴が開いてデコボコとした歪な戦場へと変わる。
「残りは1000人ちょっとってところか」
「うおおおぉぉぉぉぉ!」
地面に着地すると雄叫びを上げながら剣を振るって来る男がいた。
戦場で初めて剣を抜いて受け止める。
「ほう、魔法ばかりの奴かと思ったら剣も扱えるみたいだな」
「あんたは冒険者だな」
「ああ、Aランク冒険者だよ」
一旦剣を引いてすぐに横から襲い掛かってきたため剣で弾く。
上から見ると怯え逃げ惑う兵士の中でも冷静に動いている者がまだ何人かいたが、彼らの装備を見ると兵士や騎士の統一された物とは違うので冒険者――傭兵だということは簡単に予想できた。
俺も実際に目にするのは初めてだ。
アリスターは辺境で魔物との戦いは多かったが、戦場からは離れていたため傭兵はほとんどいなかった。
「あんたは、どうして戦争に参加した?」
傭兵の剣を捌きながら尋ねる。
ちょっと傭兵というものに興味が湧いた。
「帝国軍は占領した村や街での略奪を許してくれるからな。金目当てだよ」
「金、か……」
傭兵としては当たり前とも言える参加理由だった。
「正直言ってつまらない戦争だと思っていた。戦場は完全な奇襲ができるし、クラーシェルにいるような戦力なら相手になるような奴はいないと思っていた」
実際、俺が間に合わなければ今頃クラーシェルでは略奪が行われていたに違いない。
そうなった時、住民たちがどのような目に遭うのか……
「だが、お前は何だ? 俺の剣をこれだけ捌けるっていうことはSランク冒険者か?」
「残念。Bランク冒険者だよ」
「は?」
おそらく少なくとも自分と同じAランク冒険者だとでも思っていたのだろう。
しかし、Aランク冒険者に昇格する為に必要な『複数のギルドマスターから認められる』という条件を俺は満たしていない。
アリスター以外ではほとんど活動していないので他の街にいるギルドマスターの目に留まることもないのでそれも仕方ない。なにせ依頼で他の街へ行くことがあっても転移を使って一瞬で帰って来てしまうので、普通の冒険者が出掛けた先で行う自分のホームに戻るついでに依頼を受けるというのをほとんどしたことがない。
「ま、お前のランクがBであれSであれ関係ない。シラを切るって言うなら本気を出させてやる」
傭兵の体に魔力が満ちる。
なるほど。魔力を魔法として使わずに身体能力を強化させる力を割いているのか。
傭兵の魔力から考えて相当な実力があるのが窺える。
「行くぞ――」
「あ、悪い」
傭兵に合わせてこっちも少し力を強めた状態で蹴ったところ思った以上に吹き飛んでしまった。
さっきまでのは手加減した状態だ。傭兵というものがどの程度の実力があるのか戦いながら見極めていたが、急激な力の上昇に付いていけないようではたいしたことないみたいだ。
「クッ……」
地面を転がりながら傭兵が剣を突き立てる。
武器を使ってようやく止まるが、そこに足場はなかった。
「こんな終わり方は認めない!」
突き刺さった剣をその場に残して傭兵が穴に落ちる。
さっき戦場のあちこちに落とし穴を造ったせいでちょっと吹き飛ばされるだけで穴に落ちてしまうようになってしまった。
ちょっとあちこちに落とし穴を造り過ぎてしまったかな?
クラーシェルには流通に欠かせない大きな街道があるため戦後には早急に復旧させる必要がある。俺が開けてしまった穴を埋める作業ぐらいは無償でさせてもらおうかな。
「これはいい剣だな」
魔法道具というわけではないが、ミスリル製の剣であるため迷宮に与えればそれなりの価値になる。
地面に突き刺さっていた剣を引き抜いて道具箱のある場所へ投げる。
回収有効範囲である1メートル内に入ると剣が消える。
穴に落ちた傭兵は気にせずに周囲を見る。
周囲には傭兵に続こうとしていた兵士とは違う格好をした連中が10人ほどいた。おそらく傭兵も戦いたい連中以外は逃げ出しているのだろう。
「誰から戦う?」
「こ、こんな化け物と戦っていられるか!」
冒険者たちが逃げ出す。
ま、逃げ場なんてないのだから放っておいてもいいだろ。
逃げ出した冒険者の中には魔法道具の銃を持った奴もいたので、あれは後で確実に回収することにしよう。
それよりも気になることがあった。
「ほ、本当に大丈夫なのでしょうか!?」
「やってみなければ分からないだろうが!」
馬に乗った騎士が鎧を脱ぎ捨てて軽くすると落とし穴を跳び越えようとしていた。
ちょっと興味があるので見てみよう。
十分な距離を馬に走らせて助走を付けさせると穴の手前で踏み込み跳躍。
「おおお!」
その光景を見ていた兵士たちから歓声が上がる。
人では越えられない距離でも馬を使えば越えることができるかもしれない。
そんな期待を抱かせてくれる光景だった。
……が、途中で失速して穴へと落ちていく。
馬は走ることに特化した動物で、跳躍力はそこまでではないので、さすがに20メートルの幅を跳び越えるのは不可能だったみたいだ。
騎馬として使われているだけの馬には可哀想なことをしてしまった。
「やったぞ!」
違う場所では風魔法を使える者が突風を体に受けながら穴を跳び越えていた。
跳び越えようとしている者が他にも何人もいることには気付いていたが、馬のインパクトには負けていたので無視していた。
「はい残念」
穴の縁ギリギリの所に立って喜んでいたのでナイフを足元に投げて足場を消失させて穴に落とす。
戦場が沈黙に包まれる。
俺のやったことが信じられない。何らかの方法で跳び越えたとしてもナイフを突き刺されるだけで穴に突き落される。
「こ、降参だ!」
1人の騎士が武器どころか鎧を脱ぎ捨てて降伏を宣言していた。
「きさま!」
それを見ていた別の騎士が降伏を宣言した騎士を殴る。
誇りある騎士なら完全な奇襲なうえ、途中までは絶対に勝てるはずだった戦いにおいて降伏など簡単にできるものではないが、誰しも自分の命は大切だ。
降伏する者を責めることなどできない。
リザルト
・ミスリル製の剣