第17話 借金返済
翌日、騎士である兄に頼み、「借金を直接渡して返済したい」、ということで伯爵に面会を要求すると「明日なら会うことができる」と言われた。
普通は、事情があろうと伯爵のような貴族と面会することなどできない。
しかし、その辺りは騎士である兄のコネを利用させてもらうことにした。
その日は、引っ越してきてからの2日間に色々とありすぎたせいで忘れていた生活必需品を含めた色々な物の買い出しを行っている内に1日が過ぎてしまった。
そうして、迷宮から帰って来てから2日目。
とうとう伯爵との面会が叶った。
貴族との面会ということで正装を用意することになった。昨日の内に用意する必要があったためサイズが一致している物をそのまま買ってきた。相手が貴族ということもあって装備品一式は全て収納リングの中にしまっている。
右手の中指に嵌められた指輪。それだけが今の装備品だった。
領主の館へ通されると騎士として勤めていた兄が出てきて案内してくれるようだ。
「お前なら大丈夫だと思うけど、くれぐれも失礼のないようにするんだぞ」
「はい。気を付けます」
緊張はしていたものの、緊張のせいで伯爵と上手く話せないというほどではない。
貴族との面会なんて初めてだ。もちろん何を話すかは準備している。
「準備はいいか?」
「はい」
兄に案内されて応接室へと入る。
応接室にあるソファには既に30代ぐらいの男性が座って待っていた。金色の長い髪を後ろで縛り、温厚そうな顔をした渋い男性だ。
「紹介しよう。こちらがキース・アリスター伯爵様だ」
「初めまして、キース・アリスターだ」
やはり、面会相手の伯爵だった。
「アリスター様、本日は私のような者に時間を用意していただきありがとうございます」
「いや、堅苦しい挨拶は抜きにしようじゃないか」
相手が伯爵ということで敬語を用いたが、伯爵の方から断られてしまった。
しかし、さすがに伯爵相手に砕けた口調というわけにはいかない。
「まずは座りたまえ」
対面に置かれたソファに座るよう勧められたので座る。
「君も今日は騎士としてではなく、彼の兄として私に対応しなさい」
「失礼します」
兄が俺の隣に座る。
そこで、応接室にメイドが入って来て俺たち3人の前に紅茶を置く。
「まったく、君たち兄弟は父親に似て真面目だね」
「父をご存じなんですか?」
「私が父から伯爵を継ぐ前の事だね。当時の私はまだ父の手伝いをするぐらいで忙しくなかったから君ぐらいの年齢の時には領地にある村々を直接出向いて、村の様子を確かめていたよ。今は部下に任せているけど、実際に自分の目で確かめるのと部下からの報告を聞くだけでは、やはり違いがあるからね」
俺が父の真似事のように兵士の仕事を手伝って魔物退治の為に村から離れた場所まで狩りに行っていたのと同じようなものだろうか?
いや、そんなものと同列に扱うのは伯爵様に失礼だ。
「そんな時に真面目に働く君たちのお父さんと出会ってね。貴族としてそれなりに鍛えていたから大丈夫だと思っていたんだけど、村のチンピラに絡まれていたところを助けてもらったこともある。そういうこともあって彼が困っているのなら助けたいと考えていたんだ」
そうして、父の子供である兄が仕官を求めていたこともあって騎士団への入団を認めた。もちろん入団試験を行った結果、問題ないと判断されたうえでの話だ。
それから1年後、父が行方不明になったことを村長から聞かされた。
「まったく、今の村長はダメだね。私が訪れた時の村長は村のことをきちんと考えられる人だったんだけど、今の村長にそんな様子はないよ」
当時の村長、ということは今の村長の父親だ。今の村長は、5年前に亡くなった村長から引き継いだことによって村長になっていた。伯爵が村を訪れた頃は、村長の補佐をしていたと聞いている。
「そうなんですか?」
「ああ、村のお金がなくなったことを相談に来たんだけど、最初から君たちのお父さんがお金を持ち逃げしたと決め付けていた。しかも行方不明になった彼を心配している様子は全くない。ただ、村にお金がないのは困るから貸してほしいと言われたよ」
そうして、しつこい村長を相手に伯爵は仕方なくお金を貸すことにしたらしい。
村、とはいえ伯爵が治める領地での出来事だ。不測の事態が起きれば、最悪の場合には伯爵の責任になることもあった。
「だが、私は村に対してお金を貸したはずであって君たちにお金を貸したつもりはなかったんだ。というのも彼は持ち逃げした相手が君たちのお父さんだとは言わなかった。それどころか『村の中でも評判の悪い兵士』が持ち逃げしたと言っていた」
俺も借用書に書かれていた内容を思い出す。
たしかに借用書には、『お金を持ち逃げした人物の家族にまで責が及ぶこと』などといった文章が書かれていたが、具体的な人物名は出てこなかった。最後の方に後から付け足したように書かれているだけだ。
(つまり、俺たちは村がした借金を個人で背負わされたっていうことか……ま、よく確かめもせずにサインをした俺も悪いけど、今じゃあどうでもいいな)
村長を恨む気持ちがないわけではないが、村長に復讐したいなどと思うようなことはなく、本当にどうでもよくなっていた。
迷宮主になった今、その程度のことは些細なことになっていた。
ただ、今のままでは村長がお金を返すようなことはないだろう。
それでは伯爵に迷惑が掛かってしまう。
「こちらをお納めください」
昨日の内に買っておいた上等なケースに金貨を12枚入れ替えておいた。
さすがに皮袋のまま渡すのは気後れした。
「君たちがこのお金を返す必要なんかないんだよ。それに私が貸した金額より多いような気がするな」
蓋を開けたまま渡したため、すぐに俺が渡した物が何か金額も含めて分かったらしい。
「いえ、迷惑だけでなく心配も掛けてしまったので、この金額でお返ししたいと思います。伯爵が返済期間に猶予を与えてくれたおかげで母や妹に苦労を掛けることなく返済できます。その感謝の気持ちだと思って下さい」
「分かった。君の気持ちは受け取ろう。ただ、1つ確認しなくてはならない。このお金は真っ当な手段によって手に入れたお金だよね」
「はい。迷宮に潜って手に入れた財宝です」
……嘘は言っていない。
「君の言葉を信じることにしよう。もしも村の方からお金を返しに来た場合には、そのお金は君たちに返すことを約束するよ」
金貨の入ったケースを自分の傍に寄せる。
「ところで一昨日は迷宮で怪我をしたと聞いたよ。怪我は……もう大丈夫みたいだね。君のお兄さんなんて帰らない君を心配して落ち着かない様子だったから私が直接話をして、この数日にあったことをその時になって初めて知ったよ。その時になって村長が言っていた行方不明の兵士が君たちのお父さんだと気付いた。私に相談してくれれば……いや、それは無理か」
兄の立場を考えれば、迷惑をかけるわけにはいかなかった。
伯爵も兄のことを考慮してくれたのか、それ以上言ってくることはなかった。
「だけど、これからも冒険者を続けるつもりかな? それなりに戦えるみたいだし、よければ私の方で仕事を紹介してあげることもできるよ」
「いえ、冒険者を続けてみようと思います。やらなければならないこともありますから」
そうだ。借金を返して終わりではない。
「やらなければならないこと?」
「はい。父の行方を捜したいと思います」
行方を晦ませた父。
家族が全員揃って初めて母や妹に笑顔が戻ってくる。
「どうやら色々と考えているみたいだし、君の思うとおりに行動してみるといい。もしも、何か支援してほしいということになれば協力してあげるよ」
「ありがとうございます。もしも、困ったときには頼らせてもらうことにします」
領主の館を後にする。
これで、借金に追われるようなことはなくなった。
次は、父を探す為の手段を冒険者ギルドで探さなければならない。
「とりあえず、今日はもう帰って寝よう」
貴族様と話をして予想以上に疲れた。
冒険者ギルドに行くにしても正装のままあのような場所に行くわけにもいかず、今日は混雑していることが予想されるため遠慮した。
今日は、満月の日だ。迷宮に挑む冒険者はいなく、多くの冒険者が休みにしているか、ギルドで受けられる依頼を受けている。そんな混雑が予想される日に手間の掛かることをする必要もない。