第13話 落とし穴(槍付)
マルス視点に戻ります。
アリスター伯爵の館を出るとすぐに街の北門へと向かう。
手続きを済ませて街道から外れて人目に付かない場所まで移動すればクラーシェルまで全力疾走だ。
「時間が惜しい。最低限の体力だけ残して行くぞ」
北に向かって全力で走る。
『全員情報の共有だ』
全力で走っている間は声が届かないので会話は全て念話で行う。
『これは……』
『酷い状況です』
クラーシェルの現在の状況を見てシルビアとメリッサが眉を顰める。
ギルドマスターからクラーシェルが襲撃を受けていると説明を受けた段階で情報を集める為に使い魔の鷲を放っている。
使い魔と感覚を同調させて得た視覚情報を迷宮同調を使ってパーティ全員で共有する。
現在は、開戦して間もなくというところで一番人数の多い東側では兵士の衝突が始まったところだった。
『どうしますか? 私たちなら1時間で辿り着けそうですが……』
メリッサが言いたいのはどこまで力を晒していいのかということだ。
最初は俺も力を隠す為にある程度は抑えて殲滅するつもりでいた。
しかし、今の状況を見て考えが変わった。
『全員出し惜しみはするな。全力でやれ』
『了解』
3人から返事が返ってくる。
その声には反対する気持ちは隠されていない。3人とも兵士が倒されていく姿に憤りを感じているみたいだ。
時間稼ぎを目的にしている北と南は同程度の数なため籠城を選択しているのでそれほど問題ではないが、5倍の戦力差がある東側が瓦解するのは目前だ。
そのまま1時間近くも走り続けているとクラーシェルの姿が小さく見えてくる。
『事前の打ち合わせ通り、シルビアとアイラで南側の敵兵を掃討しろ。メリッサが北側の殲滅。俺が東側に行く』
『本当に1人で大丈夫ですか?』
シルビアが心配してくるが、俺は全く気にしていない。
『俺は迷宮主になりたての頃に魔物1000体を相手にしたことがあるんだ。それに比べたら兵士5000人なんて大したことがない』
『あの……数が5倍もあるのですが』
確かに5倍の数を相手にしなくてはならないので人間の方が大変に思えるかもしれない。
だが、本能に忠実な魔物と違って人間には理性がある。
『ま、やり方次第だ』
状況次第では南側を担当するシルビアとアイラよりも早く終わる可能性だってある。
『じゃ、先行する』
俺とメリッサが迷宮魔法:跳躍でクラーシェルの上空まで一気に移動する。
その後、俺は東側へメリッサはそのまま北側へと風魔法を使って移動する。
シルビアとアイラの2人にはこのまま北上して帝国軍を後ろから殲滅してもらうことになる。
「さて……」
街の東側へと移動して自分の目で戦場を見ると今まで以上に酷い状況だということが理解できる。
最前線ではクラーシェル領軍、帝国軍に関係なく多くの死体が転がっており、最前線では死体の数がさらに増えていった。
「あの人影は……」
最前線に意識を向けていると見覚える髪が目に映った。
戦場でも美しい青髪。
「あれは、マズそうだな」
イリスティアは既に満身創痍といった様子で目の前にいる騎士と戦おうとしている。万全な状態なら勝てるのかもしれないが、今の状態では勝てるとは到底思えない。
「お節介かもしれないけど」
迷宮魔法:飛行でその場に浮遊しながら周囲に圧縮した風の弾丸を何発も生み出して帝国兵士と思われる相手に向かって撃つ。
「発射」
全ての弾丸が帝国兵士に向かって行く。
帝国兵士は突然の上空からの攻撃に対応できていない。
急所である頭を上空から狙うのは大変だが、必ず体のどこかに当たって致命傷に近い傷を負わせている。
こんなものかな?
最前線にいた数十人の兵士を倒すと知り合いのいる場所へと降り立つ。
「助けにきたよ」
味方であることは真っ先に伝えなければならない。
クラーシェル軍も帝国軍も突然最前線に起きた現象に付いて行けず呆然としていた。
そんな中、涙を流しているイリスティア。
「ど、どうした!?」
そんなに救援に駆け付けたのが嬉しかったのか?
体を確認してみると満身創痍といった様子だが、大きな怪我をしている様子はない。
「大丈夫そうだな。後は俺が1人でやるから休んでいてくれ」
「そんな……」
イリスティアが何か言いたそうにしていたが無視する。
肉体的には無事なことを確認すると帝国軍の方へ足を進める。
帝国兵たちは突如現れた俺によって仲間の多くがやられたことに怒っているみたいだが、同時に数十体の死体を用意した俺を恐れているみたいで動けずにいた。
奴らには一言伝えなければならないことがある。
「お前たち、分かっているのか!」
風魔法を使って張り上げた声を遠くにいる帝国兵にも伝える。
「宣戦布告もなしに国境を越えての都市襲撃。お前たちがやっているのは戦争なんかじゃない。ただの盗賊行為だぞ」
決して彼らを敵国の兵士などとは認めない。
こんな戦いに誇りなどあるはずがない。
「宣戦布告? そんなことを言っているからお前たちは負けるのだ。戦争など勝った者が全てを決めることができる。後の世にどのように思われるかなど私たちに決める権利がある」
指揮官らしき男が近くにいた魔法使いに魔法を使わせて俺の下まで声を届ける。
ほら、これだ。
奴らは勝った時の事ばかり考えて負けた時の事を一切考えていない。
けれども今言葉を発したのは国に仕える軍人だ。
帝国軍の中にはよほど急いで人を掻き集めたのか鍛えられているわけではない農民のような人物まで混ざっている。戦争に付き合わされている彼らに罪はない。
「帝国兵のみなさん! 今なら逃げることを認めてあげます。故郷にいる家族に再会したいなら今すぐ引き返して下さい! 今だけですよ」
『今だけ』という言葉を強調して伝える。
魔法を使って届けているのだから全員に届いているはずだが動く者は誰もいない。
まあ、そうなるのも仕方ないのかもしれない。徴兵された兵士が戦場から逃げ帰れば待っているのは悲惨な人生だ。それに負ける要素など全くなかった。逃げる者など誰一人としていなく、そんな宣告をする俺のことを笑う始末だ。
「いいだろう。この場にいる人物を全員敵と見做す」
ナイフを正面の左右に向かって1本ずつ投げる。
キンキン。
俺の異常なまでの膂力のおかげで100メートルほど先まで飛んで行ったナイフだったが、騎士の剣によって叩き落されて地面に落ちる。
「なんだ。このナイフ?」
降伏勧告をしてきた相手から放たれた攻撃がちっぽけなナイフ。
あざ笑うように俺を見ている彼らだったが、次の瞬間に凍り付くことになる。
「迷宮操作:落とし穴」
ナイフを起点に迷宮操作が発動する。
幅20メートル、長さ1キロの穴が生まれる。
「あああぁぁぁぁぁ」
落とし穴の上に立っていた人々が穴の底へと落ちて行く。
その数――ざっと見ただけで800人弱。
「さあ、これでもう逃げることはできなくなったぞ」
幅20メートルの穴。
普通の方法では跳び越えることなど不可能だ。
「お、おい……うっ」
穴の中に落ちた兵士たちがいつまで経っても上がって来ないことを不審に思った穴に落ちずに済んだ兵士の1人が穴の中を覗き込んだが、穴の中の光景を見た瞬間に自分の行動を後悔してしまった。
穴の底には、大量の槍が上を向いた状態で設置されており、落とし穴に落ちて来た人々を串刺しにしていた。
呻き声を上げている人がいる。運良く生きていた人々もいたが、致命傷を避けているだけで遠くない内に死ぬことが決まっている怪我だ。
――迷宮操作:落とし穴。
これまでは穴を簡単に作れる便利なスキルとして使ってきたが、今回はさらに穴の底に槍まで設置してみた。迷宮の魔力的には赤字になりそうだが、戦争を仕掛けて来た相手には俺も怒っている。
「これから始まるのは戦争なんかじゃない。人の家に勝手に侵入してきた盗賊を穴に落とすだけの簡単なゲームだ」
穴の底に落ちれば槍に串刺しにされる。
そんな未来を回避する為には俺を全力で倒さなければならない。