第9話 戦争準備
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クラーシェル。
昨夜街へと駆け込んで来た村人たちによってグレンヴァルガ帝国軍が攻めて来たことが知らされた。
その兵力は先遣隊だけで1万。
冒険者ギルドには少しでも多くの情報を得ようとほとんどの冒険者がいた。
「イリスティア、こんな所にいたのか」
「フィリップさん……」
私の冒険者仲間であり、パーティのリーダーであるフィリップさん。
戦闘時には両手に装着した手甲で敵を軽やかな動きで殴りに行く頼りになる人です。
「初めての戦争で不安になる気持ちは分かるが、リーダーがそんな不安そうな顔をしていてはパーティメンバーを不安にさせるぞ」
「リーダーはフィリップさんです……」
「そう思っているのはお前だけだ」
元々はフィリップさんたち3人がパーティを組んでいたところに私が加わりました。そのため私がパーティで下っ端だったのですが、気付けば彼ら以上の力を身に付けてしまったせいでリーダーみたいな扱いを受けていました。
「私みたいな小娘にリーダーは無理です」
「やっぱりお前でも戦争は怖いか」
「はい……」
これまで戦闘には慣れて多くの魔物を討伐し、盗賊だって斬って来ました。
ですが、いざ戦争となるとこれまでの覚悟が消えてなくなってしまいます。
「お前は、これまでと同じようにしていろ。お前が自由に戦える状況は俺たちが作り出してやる」
「お願いします」
フィリップさんの頼もしい言葉に安心します。
どうやら不安になっている私を励ます為だけに話しかけてくれたらしくギルドにいる他の冒険者と話をして情報収集をしています。
「……自由に戦う、か」
私の脳裏にはある女性冒険者の姿が映ります。
彼女のように戦場を美しく颯爽と駆け抜けられる冒険者になりたい。
そう思ってこれまで努力してきましたが……
「みんな、集まってくれ」
ギルドの上階からギルドマスターが下りて来たことで注目が集まります。
クラーシェルのギルドマスターは、10年前にも帝国と戦争があった際にクラーシェルへと派遣されてきた騎士で、王国に騎士として召し抱えられる前の少年時代には冒険者をしていたという噂がある人です。戦争時に受けた怪我が原因で騎士を引退することになってしまい、冒険者をまとめていた功績が認められてギルドマスターとなったそうです。
色々と噂のある人ですが、本当のところは分かっていません。
ですが、冒険者として頼りになる人なのは間違いありません。
「偵察に出ていた冒険者から情報が入った。帝国軍は今日のところは、隣にあるフロード村を拠点にするとのことだ。ただし、野営の設営が最低限であるらしいから最終的な目的地がここであることは間違いない」
「やっぱり……」
誰かが暗い声で呟いた。
奇襲の利点を最大限に活かすなら籠城のできるクラーシェルは是非とも奪取しておきたい拠点だ。フロード村は、あくまでも仮の拠点。
「敵の規模は逃げ延びて来た村人からの情報と相違ないのか?」
「1万の軍勢であることは間違いない。ただし、実働部隊が6000に支援部隊が4000という構成らしい」
「厳しいな……」
奇襲の為に派遣されてきた兵力だけあって実働部隊の方が多い。
「クラーシェルには約800の兵士がいる。それに冒険者も200人近くいるおかげで住民の協力も得られれば半数近くにはなる」
大規模な戦争はなかったが、これまで毎年のように国境付近で数百人が衝突する小競り合い程度なら起きていたため不測の事態に備えて兵力は常備させていた。
冒険者も国境が近いことがあって国境を越えて商売をしようとする商人を狙った盗賊から護衛する依頼が数多くあったためかなりの人数がいた。
それでも敵の実働部隊の半数にも届かない。
「帝国軍が攻めてくるとしたら明朝になるだろう。最初の報告を受けた段階で領主と大まかな話し合いが済んでいるが、まずは東側の防衛力を厚くすることで合意した」
帝国は、クラーシェルの東側にある。
2国の間には大河が流れており、現在ではそれが国境となっているが既に国境線は越えられて王国側の村を占領されてしまっている。
クラーシェルとフロード村との間には何もない。
「敵も消耗を抑える為に東側から攻めて来るはずだ。だが、北と南を捨てていいというわけではない」
交通の要衝でもあるため街の東西南北には整備された街道が続いており、街道の周囲には草原が広がっているだけで街道と同様に何もない。少し迂回するだけで北と南から攻めるのは簡単だ。
ちなみに西側は王都へと向かえる街道があり、さすがに迂回して西側へ回ろうとしても北と南にいる者が気付かないはずがないということで最低限の兵力だけを割くことになった。
「そこで冒険者ギルド側で冒険者ランクを参考に配置を決めさせてもらった」
タイミングの悪いことにクラーシェル唯一のSランク冒険者パーティは王都へと出かけた後だった。
その下となると私たちも含めてAランク冒険者が所属するパーティが5つある。
私たちは、他2つのAランク冒険者のいるパーティと一緒に東側へと回されることになった。
「よろしくお願いします」
フィリップさんたちと合流してパーティで挨拶へと向かう。
こういう挨拶をする時は女である私が挨拶をした方が相手の受けがいいということで私から挨拶をすることになっていた。こういう役回りだから私がリーダーだと誤解させてしまっている。
「こちらこそよろしく」
「……ああ」
代表同士握手をする。
1人は茶髪の双剣使いの男性で速さを活かした攻撃が得意な人だ。
もう1人のローブを着た男性は全ての指に指輪の嵌められた手で握手こそしてくれたものの私がこの場にいることが明らかに不満そうな態度だった。
「……戦争の参加は初めてだな?」
「はい。10年前の戦争の時には助けられる住民側でした」
「お前の実力は把握している。Aランク冒険者だっていうのも納得できる。だが、戦争を魔物との戦闘と一緒に考えない方がいい。本当なら女子供が出てくるような場所ではないんだ」
「なっ……! 女だから戦えないとでも言うつもりですか!」
「単純に俺のプライドの問題だ。女の力でも借りなければならないほど手が足りない状況だからな」
「では、その実力のほどを試しますか?」
自分でも短気だとは思います。
けれども女だから戦場に出られないなどという言葉を投げ掛けられたら戦場に立つ彼女に憧れた私としては黙っているわけにはいきません。
私が自分の聖剣の柄に手を掛けると男性も指輪の嵌められた手を掲げて……
「ストップ!」
いつの間に抜いたのか左右の手に持った双剣が私たちの前に掲げられていました。
「これから戦争をするっていうのに仲間同士で喧嘩するわけにはいかないでしょ」
「それもそうですね。男女差別するような相手でも貴重な戦力であることには違いありません」
「俺は最初からお前の実力は認めている。ただ女が戦場にいることが認められないだけだ」
「それが男女差別だと言うのです!」
「せいぜい泣かないように気をつけるんだな」
「な……!」
それは私にとって禁句にも等しい言葉です。
思わず斬り掛かりそうになった私の肩にフィリップさんが手を置いて落ち着くように言ってきます。
これでは、いけませんね。
「それで、私たちはどのように行動しますか?」
「そうですね。北と南はAランク冒険者が1人ずつなので、その冒険者がまとめ役となって下位の冒険者を指揮することになるでしょう。ただ、僕たちはランクだけでまとめ役を決めるのは難しいでしょう」
「そうですね……」
少なくとも男女差別してくるような相手の指揮下で戦いたくありません。
「冒険者は普段はパーティ単位で行動しますからこの人数が誰かの指揮下で戦うのは難しいでしょう。というわけで大まかな指揮は騎士の方に従うとして戦いはパーティ単位で行うというのはどうでしょう」
「その場合、危険は大きくなりますよ」
「そうなんですけど、僕たち冒険者の場合軍隊のようなまとまった行動を取るというのは不可能だと思いますよ。これは経験則によるものです」
彼も10年前の戦いに参加したことがあるみたいです。
なんとなくフィリップさんたちの方を見てみると苦笑していました。これは、彼の言うことが正しいみたいです。
「分かりました。それで行きましょう」
その後、Aランク以外の冒険者とも顔を合わせました。
ほとんどは何度か軽く顔を合わせただけの相手でしたが、中には遺跡探索で一緒になったBランク冒険者であるルフランの姿が見えました。素行の良くない彼ですが、実力はあるので東側へと回されたみたいです。
そうして東側へは冒険者120人が回されることになりました。
200人がいるとは言ってもほとんどが戦争には耐えられない力しか持たない低ランクの冒険者です。
ここに兵士を加えたメンバーで戦わなくてはなりません。
厳しい戦いではありますが、逃げ出すわけにはいきません。
この頃、マルスたちは誕生日パーティで騒いでいます。