第2話 シルビアのプレゼント相談
「それで、私に相談しにきたの?」
「うん……」
お義母様との相談を終えた後、わたしたち3人で話し合って各々でプレゼントを考えるということになりました。
ただ、1人で悩んでいても答えなんて出てこなくて誰かに相談するしかありませんでした。
わたしの場合は、実の母に相談することにしました。
「母さんは父さんにどんなプレゼントを渡していたの?」
目の前にはわたし以上に人生経験豊富な人物がいる。
お義母様にもお義父様にどんなプレゼントをしたのか聞ければよかったのですが、とても聞きに戻れるような心境ではなかった。
「わたしは知っているんだから。母さんと父さんが隣村の幼馴染で、休日にどっちかが遊びに行く時は絶対に2人は必ず一緒に遊んでいたこと。父さんが冒険者になるっていう夢を叶えに街へ行った時も夫の帰りを待つ妻のように帰りを待っていたらしいのに、わたしができるまでそんな生活を続けていたらしいじゃない」
「ど、どうしてそんな昔の話を!?」
「村だと有名な話だったよ」
と言ってもお祖父さんやお祖母さん世代が昔を懐かしんで娘であるわたしに当時のことを昔話のように聞かせてくれる感じでした。
幼い父は、母親と一緒にどこかからか村にやって来ると住み着き、母親と一緒に農作業をしながら生活費を稼いでおり、たまにある休日に隣村から数人の友達と一緒に遊びに来た母さんと出会った。
お互いに意識しているにも関わらず、特別に仲が進展することもなく一獲千金を夢見て冒険者になる為に街へと向かった。
街へ出て行った父さんだったが、思い出したように時々帰って来ており、帰って来る度に母さんと甘い空間を作り出していたにも関わらず、冒険者として活動する日々だったため結婚はしていなかった。
けど、それもわたしを妊娠していることが発覚するまでの話で、母さんの妊娠が分かった時に父さんもようやく結婚を決意した。
そういうわたしが生まれるまでの経緯を村のお祖父さんたちは嬉しそうに語っていました。
「あ、あの人たちは……」
母さんが恥ずかしさから両手で顔を覆って俯いていた。
わたしもよくする照れ隠しです。
村にいたお祖父さんやお祖母さんにとっては知っている娘に両親の想い出を語ってあげているようなものなのだろうが、当事者にとっては恥ずかしい話題であることには違いありません。
話を聞いていた幼い頃は、両親の恋愛話に『いつか自分にもそんな人が現れるのだろうか?』と少し憧れを持って聞いていました。
けど、父さんの過去について色々と知った今となっては昔のように憧れだけを抱いて聞くことはできません。
父さんが幼い頃は盗賊の子供として自分も罠の解除などをしていたことは既に聞いて知っています。そんな父さんが母親――亡くなったお祖母ちゃんと一緒に村へとやって来た。しかも父親はいない。
色々な状況を考えると盗賊から足を洗った父さんとお祖母ちゃんが村で生活を始めたみたいです。しかし、その生活は大変だったはずです。なにせ、それまでは盗賊だった人に農作業は辛い作業だったはずです。おまけにお祖母ちゃんは1人で父さんを育てなければならなかったので、わたしの家以上に生活は苦しかったはずです。
そんなお祖母ちゃんの姿を見ていたからこそ父さんは自分のスキルを活かせそうな冒険者を目指すことになった。
好きだった母さんとの結婚を拒んでいたのもおそらくは盗賊だった過去が影響しているのかもしれません。
とはいえ、当事者は既にいません。
結局のところ、父さんの過去などわたしの憶測でしかありません。
「それで、誕生日プレゼントの相談だったわね」
恥ずかしさから復活した母さんが話題を逸らすべく誕生日プレゼントへと話題を戻します。
わたしも2日しかない時間を無駄に使うわけにはいかないので、誕生日プレゼントについて聞けるのは賛成です。
「シルビアも知っての通り、結婚してからは普段よりも食材を奮発して夕食を作るぐらいで大したことはしてないわ」
「わたしが聞きたいのは結婚する前の話なの」
結婚してからどういう生活をしていたのかは大体知っています。
そもそもわたしが2人の間にできたからこそ、両親は結婚したのだから2人だけの結婚生活は短かったはずです。
「べ、べつに……」
しかし、母さんは言い淀んで教えてくれそうにありません。
「母さん?」
訝しんで尋ねると母さんが重たい口を開き始めました。
「父さんは冒険者としてあちこち飛び回る人だったけど、お互いの誕生日と村の祭りがある日だけは必ず帰って来てくれる人だったわ。そこで自分がどんな冒険をしてきたのかお酒を飲みながら笑い合うのが私たちなりの誕生日の祝い方だったわ」
誕生日だけは必ず一緒に過ごす。
なんだかほっこりする誕生日プレゼントでした。
けど、それだと母が言い淀んだ理由が分かりません。
「……ヒントは、自分の誕生日と父さんの誕生日よ」
ええと?
わたしの誕生日は7月で、父さんの誕生日が10月……ああ!
「分かったみたいね。これだけで理解してくれるなんてシルビアも大人になったのね」
母さんがわたしの成長を喜んでくれているけど、これはそういう話ではありません。
「お互いにお酒を飲んでいると、どうしてもね。それに私はどうも昔から暴走癖があったみたいで、いっそのことシルビアも私のように……」
「わたしの暴走癖は遺伝だったの!?」
そんな事実知りたくなかった。
そして、今の一言でわたしにも暴走癖があることが知られてしまった。
普段はなんともないのですが、時折襲わずにはいられなくなる時があります。向こうの方がステータス的には強いはずなのですが、3人で協力すればどうにかなってしまった事実があるだけに抑えられそうにありません。
「あら、もう襲っていたの? だったら問題ないじゃない」
「ううん。絶対にその手段は使っちゃいけないの」
3人の間に協定を設けてそういうプレゼントだけは選ばないことを約束してあります。
それというのも温泉から帰り道で数日間、ご主人様に避けられてご主人様との間に距離を感じてしまったからです。理由は間違いなく2日目の夜にあった出来事でしょう。
そういうわけで、しばらくは強硬手段に出るのはなしです。
「そういうことなら自分の得意なことで挑めばいいじゃない」
「得意なこと?」
「その格好をしているから分かり辛いのよ」
今の街中へプレゼントを探しに行けるよう冒険者としての動きやすい服を着ています。さすがにメイド服で色々な店を巡るほどの余裕はありません。
「メイド服に着替えなさい」
「はぁ……」
収納リングに一瞬で着ていた服を収納し、普段から着ているメイド服を取り出します。掛かった時間は一瞬。
「凄い技術ね」
一瞬で着替えたことに母さんが驚いています。
「さて、その服に着替えたなら自覚しているでしょうけど、今のあなたはマルスさんに忠実なメイドです」
「まぁ……」
「シルビアは普段からその服を着て何をしている?」
「何をって……」
掃除をして、洗濯をして、料理を作って――家事全般ですね。
1度だけ戦闘に使ったこともありますが、本当に使ってしまったのは眷属だけで戦ったあの時だけです。
「昔から率先して私の手伝いをしていて家事については問題のない娘だったけど、メイドとして働き始めて以降、その実力は飛躍的に向上しているわ。プレゼントにもその力を発揮した方がいいと思うわ。そういうわけで、何か作ることにしましょう」
「作ると言っても……」
普段から料理はわたしがしています。
屋敷にいる間は2人の母と妹と一緒に作っていますが、野営時にはわたしが調理を担当することになっているので基本的にご主人様は常にわたしの料理を食べていることになっています。しかも金銭的に余裕があるおかげで使っている食材も村にいた頃には考えられないほど良質な物を使用しています。
今さら食事がプレゼントになるとは思えません。
「安心しなさい。普段は作らない物を作るつもりだから」
「それは――」
母さんから作る物を聞いたわたしは、母さんと一緒に調理に必要な材料の買い出しに出掛けることにします。