第1話 誕生日
わたし、シルビアは人生で最大のピンチを迎えていました。
奴隷になってしまった時以上のピンチです。
唯一の救いがあるとすれば1人で直面しているわけではなく、仲間が他に2人もいるということでしょう。
困っているのは眷属の3人全員です。
「それで、相談っていうのは?」
困った事態に対処するべくお義母様に相談することになりました。
わたしたちは住んでいる屋敷のダイニングにあるソファに座ってお義母様に相談事を告げます。
「クリスちゃんから聞いたんですけど、もうすぐご主人様の誕生日みたいですね」
事の始まりはどこかへ出かけていたクリスちゃんがお小遣いを使って何かを買ってきたことから始まります。
春の朗らかな日差しを受ける4月。
昨日は特に依頼を受けていたわけではなかったので屋敷で掃除をしていると帰って来たクリスちゃんを迎えました。
「ただいまシルビアさん」
「お帰りなさいクリスちゃん」
わたしたちも随分と屋敷での生活に慣れたみたいでクリスちゃんとも本当の姉妹のように接することができます。
隣にいた本当の妹であるリアーナもクリスちゃんと仲良くしています。
どこに行っていたのか聞いてみると驚愕の事実を聞くことになりました。
「明々後日お兄様の誕生日なので初めて誕生日プレゼントを用意したんです」
「え、誕生日……?」
「あれ、知らなかったんですか?」
そういえば、かなり長い時間一緒にいるはずなのにお互いの誕生日も知りませんでした。
「どうして知らないんですか? お兄様は、みんなの誕生日は知っていたみたいですよ。お兄様に誕生日プレゼントの話をしに行ったら、シルビアさんにはいつも料理でお世話になっているから豪華な食事をしに行くと言っていましたし、お2人の分の誕生日プレゼントも考えているみたいでしたよ」
ご主人様は知っていたみたいです。
どうして教えていないわたしたちの誕生日を知っているのか気になったので聞いてみたところ……
「ごめんなさいお姉ちゃん。わたしが教えたの」
よくよく考えればわたしの誕生日を知っている家族は屋敷に2人も住んでいるのだからわたしが教えなくても知るのは簡単です。
メリッサの誕生日は初めて会った時の依頼中に15歳の誕生日を迎えていたので知っていてもおかしくありません。
アイラは……本人から知るしかないので本人が喋ったのでしょう。
「私も気が付かなくてごめんなさい。てっきりシルビアさんたちなら誕生日プレゼントを用意していると思っていたんです」
「わたしも……クリスちゃんと一緒に選んできたプレゼントを渡すことに夢中でお姉ちゃんが用意していることにまで気付いていなかった」
「ううん、ありがとう」
このまま気付けずに誕生日当日を迎えるよりも残り3日しかない状況で誕生日について悩む方が絶対にいい。
クリスちゃんとリアーナに別れを告げてその場を後にすると念話を使用して2人に連絡を取ります。
『至急、話し合わなければならないことができたので屋敷に戻るように』
出掛けていた2人でしたが、至急という言葉を聞いてすぐに戻って来ました。
「明々後日、ご主人様の誕生日なんだけど知っていた?」
「「え?」」
2人ともやはり知らなかったので動揺していました。
本当ならわたしも動揺したい。
けど、やらなければならないことがある。
『誕生日プレゼント……どうしよう?』
男性へのプレゼントなんてしたことがないわたしたちには誕生日プレゼントを選ぶのは至難だった。
「なるほど。それで1日悩んだけど、答えが出なかったから私に相談してきたのね」
その日、各々で誕生日プレゼントについて考えたものの答えが出なかったので翌日にお義母様を捕まえて相談することにしました。
もう誕生日は明後日です。
「ところでマルスは?」
「今日は釣りに行っています」
「釣り?」
最近、釣りを趣味にし始めたみたいで暇な時間があると釣りに行っています。
ご主人様のいない時間はわたしたちにとって好都合です。可能ならサプライズで事を進めたいです。
「それで、去年までの誕生日をどのように過ごしていたのか教えてほしいんです」
過去のデータから誕生日プレゼントに適した物を考える。
いいアイディアです。……発案者はメリッサだけど。
けど、相談されたお義母様は微妙な顔をしています。なぜ?
「その前に教えておかないといけないんだけど、私の誕生日は明日なのよね」
『え?』
ご主人様の誕生日が明後日で、お義母様の誕生日が明日。
「ウチは裕福な家庭じゃなかったから連日だとどうしても私とマルスの誕生日を一緒に祝うことになっていたのよ。で、お祝いの内容もいつもよりちょっと奮発したお肉を用意するぐらいだったわね」
「じゃあ、誕生日プレゼントを渡したことは……」
「残念ながらないわ」
お義母様がちょっと恥じていました。
母親として息子の誕生日を祝えなかったことが悔しいのでしょう。
「となると、私たちでプレゼントを考えなければなりませんね」
メリッサが再び悩み始めています。
しかし、お義母様に相談したことによって悩みが逆に1つ増えてしまいました。
「お義母様はプレゼントに何がほしいですか?」
ご主人様と一緒にお祝いされていたお義母様にプレゼントを渡さないわけにはいきません。お義母様にも何かプレゼントをする必要があります。
しかし、お義母様は全く悩まず、
「私? 何もいらないわよ」
プレゼントなどいらないと言って来ました。
「私にプレゼントがあるのだとしたら、あなたたちよ」
正面に座るわたしたちを見ながらそんなことを言って来ます。
「息子の誕生日プレゼントを真剣に悩んでくれる女の子がいる。それだけであの子の母親である私は満足なの」
言いたいことは分かるんですけど、何か形に残る物をプレゼントしたいです。
「何か欲しい物は本当にないんですか?」
「欲しい物……」
お義母様が真剣に悩んでくれています。
もっと軽い気持ちで答えて欲しかったんですけど、返って来た答えは想像以上に重い物でした。
「そうね。『孫』が欲しいわ」
『え……』
「姉さんは未だに若いつもりでいるらしいから孫ができてショックを受けていたみたいだけど、私は息子2人が立派に成人してくれたし、クリスが成人する頃には孫の面倒を見ながらゆっくりと余生を過ごしたいわね」
期待に満ちた目を向けてきます。
つまり、わたしたちにそういうことをしろと言っているようなもので……。
「大丈夫よ。まだ5年あるんだからゆっくり考えなさい。こういうのは焦る必要なんかないの。特にあなたたちはまだ若いんだから色々と経験を積んでから親になるといいわ」
わたしたちには何も答えられません。
恥ずかしさからダイニングを後にするしかありませんでした。