第19話 襲撃報告
夕食には余裕を持って間に合った。
理由は、急いでいたメリッサ発案による高速移動方法だ。目視できる最長距離の場所へ跳躍し、駆けながら迷宮魔法のクールタイムが終了するのを待ち再び跳躍で跳ぶ。
ただ、この方法は絶対に誰かに見られるわけにはいかない。
転移系の能力は現代では、特殊なスキルや魔法道具を使うことでしかできないとされている。そんな貴重な能力をポンポンと使用すれば目立ってしまう。
そのため移動する場所は街道から離れた目立たない場所での移動となる。普段から全力疾走する時は、目立たない場所を走るようにしているため場所は特に問題ではなかった。
「では、報告させていただきます」
2日目の夕食は4人掛けのテーブルに座っての食事となるのでお祖父さん、ウェルスさん、ダリルさんと一緒になって食事をしていた。
そこで今日の午後にあった出来事を大まかに語った。
「ほ、本当にグリーソン一家を壊滅させたのか!?」
「はい。そうですよ」
「私も昨日からグリーソン一家への対策として色々と情報を集めていたんだが、構成員は数十人に及ぶと聞いていたが……」
「実際に倉庫の中には60人以上の構成員がいましたし、昨日の襲撃者も含めれば70人以上の規模があった組織だったのかな」
そんな組織だったが、力の暴力の前に屈してしまった。
向こうも力で罪のない人を黙らせるような連中だ。単純に自分たちが黙らさせられる順番が来たというだけだ。
「そんな組織を壊滅させただけでなく、裏にガルガンド商会が潜んでいる証拠まで掴んでくるとは……」
「そっちは完全に偶然なんですけどね」
最初はリンドバーグ男爵とグリーソン一家の繋がりを示すような証拠があればいい、くらいに思っていた。
ところがメリッサが言うには没落寸前の貴族よりも成り上がっている最中の商会に与えるダメージの方が社会的影響は大きいらしい。
「今、ウチのメリッサが証拠をまとめているところなので明日までにはお渡しできると思います。その証拠をどのように利用するかは、アルケイン商会にお任せしたいと思います」
俺たちが証拠を利用するとなると然るべき捜査機関に提出して法の裁きを受けさせるぐらいしかない。
それもガルガンド商会ほどの規模となると確実ではなく、逃げられてしまう可能性があるうえ、逆怨みされても困る。そこで同じ大規模な商会であるアルケイン商会にガルガンド商会を追い込んでもらう為に利用してもらおう、とメリッサと相談して決めた。
「お前たちが集めた証拠なのに私たちが貰ってしまっていいのか?」
「構いません。その代わり、護衛依頼の最中に勝手に抜け出したこと、依頼主の意向を聞かずに相手を殲滅してしまったこと、相手から奪った財産の所有権を俺たちに認めてくれれば十分です」
いくらフェルエスに着いたら護衛依頼が一時休止になるとはいえ、狙われると分かっている状況で1人だけを残して殲滅に向かったのは、護衛としては褒められた行動ではない。
「いや、構わない。お前たちが行動していなければ私たちは完全に後手に回っていた。逆に追加報酬を支払いたいぐらいだ」
「本当に大丈夫です」
今後の裏工作を思えばアルケイン商会の方が苦労するはずだ。
旅行にまで連れて来てくれたのだから、これ以上何かを請求するのは気が咎める。
「しかし、ガルガンド商会が裏にいたとは……」
「何でも後ろ暗い噂のある商会みたいですね」
「奴らは他人を平気で蹴落とす。私たちアルケイン商会も同じように短期間で成り上がった商会ということで逆怨みされていた。今までは明確な証拠がなかったせいで追及することができなかったが、明確な証拠が手に入ったというのなら追い詰めさせてもらうとしようじゃないか」
その目は孫を持つ祖父とは思えないほど爛々と輝いていた。
今までガルガンド商会に対して鬱憤が溜まっていたのだろうが、その報復を考えて生き生きとしていた。これが商会を大きくすることに躍起になっていた頃の祖父か。
「ところで、リンドバーグ家についてはどうしますか?」
誰も逃がすつもりはなかったし、本人を見てイライラしていたこともあってスライムの餌にすることに躊躇いはなかったが、領主がいなくなって困るのはリンドバーグにいる領民ではないのだろうか?
「問題ない。子供のいない領主が行方不明になってもリンドバーグ家には分家がある。おそらく、そこから一時的な後継者を呼び、しばらくした頃に正式な当主とするはずだ」
それなら、問題なさそうだ。
あれは愚鈍な豚だったが、一応は領主だったから気になっていた。
「本人に会って思ったんですけど、どうしてあんな豚との間に縁談を設けたりしたんですか?」
俺の『豚』という言葉に微妙な顔をするウェルスさん。
「私は以前のリンドバーグ家ともそれなりの繋がりがあったから知っているんだけど、昔の彼は神童と呼ばれるほど優秀な若者だったんだよ」
「え、そんな様子は微塵もなかったですけど……」
俺には人の言葉を喋る豚にしか見えなかった。
「前当主だったリンドバーグ男爵は優秀な人物で、その1人息子である彼もそれ以上の人物だと言われ、将来は子爵として認められるほど領地を豊かにできるのではないかと期待される人物だった。幼い頃から何でもでき、自分の思い通りに物事を進めてくることができた。だが、それがいけなかったのだろうな」
そんな優秀な人物が初めて味わった挫折が縁談の破談。
初めて自分の思い通りに物事が進まなかったことにイラついた彼は、その後何事にも八つ当たりするようになった。結果、思い描いた通りに事が運ばないことが続き、結局全てのことに対して物事が上手くいかなくなってしまった。
さらに縁談が勧められた当初は痩せており、顔がイケメンだったこともあって縁談が断られるとは思いもしなかった。しかし、ストレスを溜め込んだ彼は暴食を繰り返し、気が付けば豚と思われても仕方ない体型になっていた。
今の豚になってしまった姿しか知らない俺には想像もできない。
「俺もお義父さんの付き添いでリンドバーグ家に行った時には幼い彼と挨拶を何度もしたから今の姿にはちょっとショックを隠せないよ」
若い頃からアルケイン商会で働いていたダリルさんが遠い目をしていた。
それよりも俺には気になる言葉があった。
「え、幼い彼?」
「ああ、今の姿しか見ていないと分からないかもしれないけど、彼は30代半ばぐらいだよ」
「え、ええ……!」
俺には40を過ぎた脂ぎったおっさんにしか見えなかった。
不摂生な生活を繰り返していたせいで体型だけでなく肉体年齢まで重ねてしまったらしい。
「縁談と言っても話を進め始めた当時はミレーヌが17歳。リンドバーグ男爵が12歳だったから将来的な話だったんだ。それが、縁談を断らされたせいでリンドバーグ家がここまで酷くなるとは思いもしなかった」
そういった罪の意識もあってお祖父さんはリンドバーグ家に色々と費やして来た。
それも数年前までの話で前当主の死亡と同時にリンドバーグ男爵を継いだ彼の領地経営は、酷いという一言に尽きるほどでお祖父さんもリンドバーグ家との付き合いを止めるほどだったそうだ。
しかし、お祖父さんに罪はないだろう。
そこまで酷くなってしまったのは本人の責任だ。
「当主が代わったとしてもしばらくの間は混乱が続く。リンドバーグの領民には悪いが、稼ぎ時だとして色々と商売をさせてもらうことにするよ」
その辺は俺たちが口出しをするよりもお祖父さんの方が手加減できるだろう。領民には罪はない。今回の依頼の為に徴税されているみたいだし、一刻も早く生活を立て直してほしいところだ。
「さて、暗い話はここまでにしておこう。さっきは報酬がいらないと言っていたが、個人的に報いたいと考えている」
「本当にいいですよ」
「そこで、お前たちに無駄な時間を使わせてしまった身として温泉を提供したい」
「温泉?」
「9時には入浴時間が終わりとなるが、宿には話を通しておくからゆっくりと入ってくるといい」
「いいんですか!?」
もちろんそういったサービスを受ける為には追加料金が必要になる。
昨日はお酒を飲んだせいで途中で上がってしまったし、宿に戻って来てから汗を流す為に入ったが時間が短かったせいでゆっくりできなかった。
せっかくだから温泉に入ってゆっくりさせてもらおう。
『ククッ……』
その時の俺は温泉を楽しみにするあまり迷宮核の笑いに気付くことができなかった。