第17話 グリーソン一家―後編―
「テメェら、どいてろ」
「ブイさん……!」
攻められずにアイラとメリッサを囲むだけで留めていた男たちの外から1人の大男が2人に近付いて行く。
大男は体長が2メートル以上あり、背中には自分の身の丈ほどある大剣を背負っていた。
「女どもを相手に何をビビっているんだか」
いや、あんたも両断された男の姿を見てビビっていたじゃないか。
「あんたが戦ってくれるの?」
「ああ、俺は一時的に雇われただけの用心棒だが、かなり強いぜ」
「そう……」
剣を抜いてアイラが前に出るものの返事は素っ気ない。
かなり強い、などと言っているが俺たちの相手になるわけがない。
「そっちに先手は譲ってあげるから掛かって来なさい」
「威勢のいい女だ。雇われた時はつまらない依頼だと思ったが、存外楽しめそうだ」
大男が剣を上から振り下ろす。
身長もあって高い場所から落とされた剣はかなりの威力を発揮するはずだった。しかし……
「なんだと!?」
アイラの剣によって受け止められていた。
「そんな……女の細腕で受け止められるはずがない!」
「女だとかそれ以前の話なのよ」
一旦剣を引くと左右から叩き付けるように振るう。
しかし、全ての攻撃がアイラの手によって弾かれてしまう。
やがて――パリン!
大男の持っていた剣が衝撃に耐え切れずに中程から割れてしまった。
「分かった? あんたは筋力に任せて剣を振っているだけなの。そんな攻撃ちょっとのステータスと技術があれば簡単に防げるわよ」
「テ、テメェ……!」
折れた剣を放り捨ててアイラに襲い掛かろうとした大男だったが、1歩踏み出した瞬間に股下から頭へ振り上げられたアイラの剣によって両断されてしまった。魔剣使いという強大な敵を相手に数年間も戦い続けて来た彼女にとって、ただ力が強いだけの相手など敵ではない。
2つに分かれた大男の体が床に倒れた音が倉庫内に響き渡る。
「ヒッ、ブイさんが……!」
あの大男は臨時に雇われたというだけあってグリーソン一家の中でも実力のあった方なのだろう。
それが何もできずに両断された。
「なんだよ、あいつら!?」
「バケモンだ!」
「逃げろ……!」
取り囲んでいた男たちが一斉に逃げ出す。
倉庫には俺たちが斬って入って来た壁以外にも人が出入りする為の小さな物から荷物を搬入する為の大きな物まで扉がいくつもあった。
真っ先に逃げ出した男たちがドアノブに手を触れる。
「あ、あれ……?」
しかし、いくら回そうとしてもドアノブが回ることはない。
「なんだよ、これ……」
「どうなっているんだよ!?」
その現象は全ての扉に対して起こっているため倉庫内のあちこちからどよめきが聞こえて来た。
「だったら……」
武器を取り出した1人が壁に向かって斧を叩きつけようとしていた。
アイラに武器を向けるのは躊躇われたが、壁を壊して逃げることに関しては躊躇しなかった。
けど、今となっては頑強さだけならアイラよりも壁の方が上だ。
――キン!
壁に叩き付けた斧の刃が折れていた。
「は……?」
壁に武器を叩き付けることに対して躊躇しなかったことから建物の破壊は普段から行われていたのだろう。だからこそ壁に傷1つ付けることなく斧の刃が折られてしまうことが信じられなかった。
「悪いが、この倉庫からは誰1人として逃がすつもりはない」
「お前が何かをやったのか」
「ああ」
逃げずに俺の前に残っていたサルマが呟いていた。
俺がやったのは単純。『迷宮操作:構造変化』によって倉庫の壁の強度を上げさせてもらった。おかげで彼らの力程度ではドアノブはビクともせず、たとえ斧による一撃だったとしても傷1つ付けることはできない。
「お前ら、出入り口は1つしか残されていないぞ」
サルマが言うように全ての扉が動かせない以上、出入り口は俺たちが入って来た倉庫の壁のみ。
全員の視線がそちらへ向けられる。
わざわざ音を立てて分かりやすく入って来たのは、全員に出口の場所を知らせる意味もあった。
ただ、そう簡単にはいかない。
「壁の前には魔法使いの女が1人いるだけだ!」
数十人が唯一の出口へ殺到しながら、その内の一人が叫ぶ。
魔法使いは一撃が強力であるが、一度魔法を使うまでに準備時間が必要であり、ステータスの関係から一般的に近接戦闘が得意でないとされていた。けれども、それは一般的な話だ。
「こちらは夕食までには戻らなければならないのですから、そちらから向かって来ていただけるのは好都合です」
数十人の男たちに襲い掛かられているというのにメリッサに臆したような様子はなく、むしろ戻り時間を気にしていた。
そんな様子に気付くこともなく最初にメリッサの傍に辿り着いた一人が剣を振り上げていた。
男の腹部に電撃が槍のように突き抜ける。
「ぐふっ……」
全身から白煙を上げながら男が倒れる。
「え……」
倒れた男に続こうとしていた男たちの足が止まる。
あまりに一瞬の出来事に脳の処理が追い付かない。
「一人も逃がしません」
メリッサが両手を広げると彼女を中心に電撃が爆ぜ、頭上に生成された炎の玉が男たちへと向かって行く。炎の玉を浴びた男たちは全身を炎に包まれ、その光景を見ていた男たちも避けようとするもののいつの間にか冷気で足が凍らされて動くことができなくなっており、炎や電撃を回避することができなくなっていた。
あの辺だけ局所的な異常気象が発生している。
魔法に必要な詠唱は?
どうしていくつもの魔法が同時に放てる?
様々な疑問がメリッサに襲い掛かろうとしていた男たちに湧き上がるが、それを可能にしているのは純粋にメリッサの魔法に対する適性のおかげであり、彼女が持つスキルの恩恵であるため答えなど分かるはずがない。
「なんだよ、これ……」
元々俺たちの異常性を知っていた宿で襲撃してきた男の一人が呟いた直後、男が電撃の槍を受けて死んだ。
「ちょっとメリッサ! あたしまで巻き込まないでよ」
「2人の現在位置は把握しているので大丈夫ですし、威力はかなり抑えています。2人なら魔法を受けても平気でしょう」
「だったとしても味方から攻撃を受けるなんて嫌よ!」
今、アイラは倉庫の中を駆け回りながらメリッサへと向かって行かずに陰に隠れていた男たちを見つけては斬って行くという作業を行っていた。
1人も逃がすつもりがないと言ったのだから隠れても無意味だと分からなかったみたいだ。
倉庫の中には隠れる場所があるのだが……
「ひっ!」
今も隅の方に置かれていた箱の陰に隠れていた男が、箱に電撃が当たった衝撃に驚いて出てきてしまった。その結果、アイラに簡単に見つかってしまい斬られている。
逆に箱の方は無事だ。俺の構造変化による強度強化は、壁や扉だけでなく倉庫内にある無機物全てに及んでいる。威力を抑えたメリッサの魔法なら傷付けられることすらない。
「テメェら、よくもやりやがったな!」
「何を言っている。これはお前たちが始めた降伏なんて存在しないどちらかが全滅するまで続く戦争だ。悔いるなら金に目が眩んで依頼を受けてしまった過去の自分を悔やむんだな」
「うるせぇ!」
怒気をまき散らしながらサルマが魔法剣を構えながら近付いてくる。
だが、生憎と相手にするつもりはない。手から突風を放つとサルマを後ろへ吹き飛ばす。
「お前の相手は俺じゃない」
そう言うとサルマは後ろに迫っていたアイラの気配に気付いて振り返った。
そうして倉庫内の様子を確認するとメリッサの魔法が既に止んでおり、動いている自分の部下は誰一人として残っていなかった。
「まさか……」
「生き残りはあんた一人だけよ」
ここまでの案内役に使った襲撃者も魔法に巻き込まれて死んでいる。
彼らを敢えて放置したのは、襲撃が失敗に終わったことを報告に戻らせて拠点を探る為だ。街のゴミ捨て場に放置した瞬間から使い魔の鷲を監視に当たらせており朝から感覚を同調させていたので簡単に拠点を探すことができた。
しかも、鍵が開けっ放しだった3階の窓から倉庫内に入って報告の内容も聞かせてもらったので依頼を受けてからの詳しい経緯なども聞くことができた。
彼らには戻るまでに何時間もかかった距離だったが、俺たちが全力で走れば1時間も掛からずに辿り着くことができた。時刻は既に3時を過ぎてしまっている。夕食の6時までには戻らなければならないので無駄な時間を費やしているような余裕はない。
「これだけの組織を作るのにどれだけ苦労したと思っている!」
「そんなこと知らないわよ」
「俺は貴族の四男でスペアのスペア以下の存在だったが、兄貴が当主になって子供が無事に成長すると捨てられるように家から追い出された。俺は優秀なんだ。実家の連中を見返してやる為に何年も掛けてゴロツキ共を纏め上げたっていうのに……!」
「だから、あんたの苦労なんか知らないわよ」
「クソッ!」
サルマが魔法剣に魔力を流すと剣から炎が噴き出し刃に纏わりつく。
「ほう、炎を操ることのできる魔法剣か」
魔法の使えない者にとっては魅力的な剣かも知れないが、俺にしてみれば魔法を使って自分で炎を用意した方が手っ取り早い。
やっぱりCランクの魔法剣ではこの辺が限界か。
「死ねや!」
魔法剣をアイラが避ける。
避けた時に炎が相手へと降りかかる。本来なら剣を避けても周囲に炎が及び相手を燃やすことのできる剣なのだろうが、アイラには火傷1つないどころか服すら一切燃えていない。
アイラに渡した聖剣と同様に彼女が着ているコートは俺が渡したSランクの防具だ。Cランクの炎程度でどうにかできるような代物ではない。
「ふっ」
アイラが一呼吸してサルマの横をすり抜ける。
全ての敵を倒し終えて剣を鞘に納めるとサルマの体が上下に分かれて床に倒れる。サルマは最期まで自分が斬り殺されたことにすら気付かず死んだ。
「おつかれさま」
「すっきりしたわ」
俺が声を掛けるとサルマを斬った瞬間の鋭い目付きが消えて綻んだ笑顔を見せてくれていた。
「それで、こいつだけは生かしておいてよかったの?」
俺の足元には未だに踏み付けられたままのリンドバーグ男爵がいた。
彼は倉庫内で行われた惨劇に体をガタガタと震わせていた。
「こいつには喋ってもらわないといけないことがある」
その為にわざわざ生かしておいた。