第16話 グリーソン一家―前編―
「なんだって!? 依頼に失敗した?」
広い倉庫のような建物の一番奥にいた眼鏡を掛けた男がアルケイン商会を襲撃した奴らから何があったのか報告を聞いていた。話を聞いている限りだと彼がグリーソン一家をまとめている人物サルマ・グリーソンみたいだ。
今回の依頼――リンドバーグという没落寸前の貴族から受けた旅行へ行くアルケイン商会関係者への襲撃。
依頼そのものは普段から受けている依頼とそれほど変わらないため簡単に終えられると思っていた。自分たちの本拠地がある街の方向へとやって来てくれているのはありがたい。アリスターという腕利きの冒険者が多い街で襲撃するのは難しい。
だから、街を離れる旅行は絶好のチャンスだった。
それが蓋を開けてみれば、手に入れたばかりの魔法道具を試す意味で使ってみた罠は歯牙にも掛けずに無力化され、襲撃に向かわせた部下も半数が帰って来ることができなかった。
何の冗談だ?
そう思わずにはいられないはずだ。
「誰にやられた?」
「そ、それが……」
「馬鹿野郎!」
襲撃者を逆に撃退した相手について話そうとした奴の頭部が爆ぜた。
たった今頭部が爆ぜて死んだ男の血を浴びたサルマが困惑している。
何が起こった?
それまで普通に会話していたにもかかわらず唐突に頭部が爆ぜて死んだ。訳が分からない。
何が起こったのか、原因も分からない。
しかし、1つだけ確かなことがある。
「お前たちを返り討ちにした奴にやられたんだな」
生き残った3人の襲撃者に尋ねるものの肯定も否定もしない。
「どうやら、そいつについて何か教えるだけで起動するみたいだな」
呪い――特定の条件を満たすことによって相手にダメージを与える。
さすがに一撃で死に至らしめるほど強力でありながら、発動条件は酷く厳しい。そんな呪いは聞いたことがなかった。
「チッ、舐めた真似をしてくれる!」
舌打ちするサルマ。
「おい、集められるだけ人員を集めろ」
「今は大きな依頼も受けているわけではないので、ちょうど全員が集まっています」
その言葉が聞きたかった。
「なら、大丈夫そうだな」
「へい」
アルケイン商会への襲撃に参加しなかった部下の1人がサルマの言葉に頷いていた。
だが、その言葉を聞いていた襲撃者の生き残りたちは気が気でなかった。
「まさか、奴らの所へ行くつもりですか!?」
「当然だ。この商売は舐められたままじゃ生きていけないんだよ」
そうだよな。
暗殺や襲撃なんていう依頼する側にも相応のある依頼をしているにもかかわらず、失敗して自分の存在についてまで露見する可能性のある奴らに依頼が出されるはずがない。
今後の信用の為にも俺たちのことをどうにかする必要があった。
「悪いが、依頼に関係なくアルケイン商会の奴らは殺させてもらうぜ」
「ひひ、いいさ……あいつらのせいで僕の人生はメチャクチャになったんだ。あんな奴らがどうなろうが、知ったことじゃないな」
おや?
グリーソン一家しかいないと思っていたら奥の部屋から襲撃者たちとは違って上等な服を着た男が出て来た。服は上等な物なのだが、着古された感じがあり、肥え太った肉が内側から服を盛り上がらせていた。
『おい、あれがもしかして……』
『話に聞いていた特徴とも一致しますからリンドバーグ男爵だと思われます』
隣にいたメリッサが教えてくれる。
その姿は――醜悪。その一言に尽きる。
脂ぎった肉。ゴテゴテとした指輪などの装飾品をこれでもかといったぐらいに身に付けている。もう、見ていられなかった。
そろそろ行ってもいいかな?
『アイラ』
『分かった』
倉庫の壁を斬る。
「なんだ!?」
さすがに壁が崩れるような音を立てれば気付かれる。
「初めまして。あんたが今から襲いに行こうとしていた奴だよ」
俺もサルマも襲撃者たちの姿を見る。
彼らは俺の姿を見てガタガタと震えるばかりで何も行動することができずにいた。
「どうやら、本物みたいだな」
サルマが剣を抜く。
剣から魔力を感じることができたので試しに鑑定を使用してみると、
「なんだ……ガラクタか」
魔法道具である魔法剣であることは間違いないのだが、ランクがCとSランクの武器を使っている俺たちからすればガラクタ同然の代物だ。
「どうやら物の価値が分からないらしいな」
それを価値が分かっていないと勘違いしたサルマ。
「そっちから来てくれたのは僥倖だ。まずは、お前たち3人から斬り刻んでやる」
リーダーのサルマだけでなく、震えている襲撃者とリンドバーグ男爵を除いた全員が武器を構えていた。
「何か勘違いをしているようだから教えておいてやる。俺たちは喧嘩を売りに来たわけじゃない」
「なに?」
「お前たちが先に俺たちへ売った喧嘩だ。俺たちは売られた喧嘩を買っただけだ。当然相手の命を奪う攻撃をしてきたんだから逆に自分たちが壊滅させられる可能性も考えているんだろうな」
「おいおい、この人数に囲まれた状況でよくそんなセリフが言えたな」
俺たちは約60人の男たちに囲まれている。
「雑魚が集まったところで……」
「テメェ!」
俺の言葉が聞こえた1人が剣を手に襲い掛かってくるが、アイラの剣によって一振りで両断させられてしまった。
一撃で絶命した仲間の姿を見て男たちが襲い掛かるのを躊躇していた。
たった一撃で力の差を思い知ってしまった。
「何をしているお前たち!?」
そんな力の差を理解できないリンドバーグ男爵が吠えている。
「お前たちには領民たちから徴税した金を払っているんだ! ここで失敗するようなことは許さないぞ」
「そういうことか……」
落ち目同然のリンドバーグ家がどうやってグリーソン一家のような相手に報酬を出したのか気になっていたが、出処は領民からの徴税か。
「ちょっと行ってくる」
アイラとメリッサに一言だけ言い残すと跳躍でリンドバーグ男爵の背後に移動すると背中から踏み付けて床に倒す。
「ぐへっ!」
床に叩き付けられたリンドバーグ男爵が汚い声を上げていた。
悲鳴まで気持ち悪いな。
「な、何をする!? 僕は貴族だぞ!」
「少し黙っていてくれないか? 少なくとも私的なことに領民から徴収した税を使用する奴を領主だとは認めない」
「僕の領地にいる領民だ! どうしようが、僕の自由だろ!?」
まったく救いようがない。
俺たちが住んでいるアリスターの街は辺境ではあるものの住人の数が多いこともあって税収も高く、得られた税収は住民に還元されるようインフラの整備に費やされている。辺境という過酷な場所では、お互いが手を取り合って生きて行かなくてはならない。
こいつの領地がどんな場所なのか知らないが、こいつはその辺のことを理解していない。
「黙っていろ豚」
「豚!?」
「俺は心底お前が父親でなくてホッとしているよ」
「何のことだ……?」
少なくとも母が幸せになれたとは思えない。
「いや~あたしたちとしてもその豚はないわね」
「どうして、こんなのと縁談を進めようとしていたのか理解に苦しみますね」
アイラたち女性陣から辛辣な言葉が投げ掛けられる。
けれど、その言葉で気付いたようだ。
「そうか……お前たちはミレーヌの子供だな!?」
「だったら、どうした?」
「あの女に縁談を断られてから僕の人生はおかしくなったんだ。パパも僕に当主の座を死ぬ時まで譲ろうとしなかったどころか最期には親戚の中から選ぶとか言っちゃうし、縁談を進めようとしても『ちょっと……』とか言われて結婚できなかったんだから!」
そりゃ、この見た目で結婚したいと思う女性はいないだろう。
試しにアイラを見てみると呆れたように首を振っていた。しかも本人が無能と来ているため当主の座も危うかったのかもしれない。
「もう、いいから黙ってろ」
闇魔法を使ってリンドバーグ男爵の重量を増加させて動けなくさせる。
「アイラ、メリッサ。後片付けは俺がやるから留守番をしているシルビアの分まで全力で暴れろ」
「分かった」
「はい」
そう、シルビアにはもしもの場合に備えて護衛に残ってもらっていた。
けど、グリーソン一家の口から『倉庫にいるので全員』という言葉を聞き出せた今ではシルビアを残して来た意味がなくなってしまった。
『わたしも暴れたかったです』
相当ストレスを溜め込んでいたシルビアの叫びが念話で聞こえてくる。