第15話 温泉街
「それで、何があったのか教えてくれないかしらマルス」
昼食の激辛麺を食べ終わったところで水を飲んで休憩をしていたところで母が話し掛けて来た。
「何のことです?」
「惚けたって無駄よ。トイレに行くなんて嘘なんていうことは分かっているんだから」
さすがは母親。息子の嘘ぐらい簡単に見抜けるらしい。
だが、何が起こっているのか知られるわけにはいかない。特に当事者である母には絶対に知らせたくない。自分の過去が原因で家族が狙われていると知れば母は必ず責任を感じる。
なので、俺にできることは話をはぐらかすことぐらい。
「シルビア、アイラ、メリッサ」
「はい?」
「なに?」
「どうしました?」
辛さに耐えながら食事を終えたシルビアたちが立ち上がった俺を見上げる。
彼女たちは激辛料理が得意というわけではないが、自分たちの妹が食べたいとワガママを言ったため責任を感じてキチンと自分の分は完食した。
他にも大人組は全員食べ切っている。
「デートしよう」
「「「……え?」」」
俺に言われた言葉が信じられないのかキョトンと首を傾げていた。
そういえば、今まで遊び目的で出掛けたこととかないんだよな。
隣に座っていたシルビアの手を取って立ち上がらせる。
「お、やるな」
隣のテーブルで食べていた兄がニヤニヤとした笑みを向けてくる。
なんか、ムカッとくる。
「そういう兄さんだってアリアンナさんと一緒にデートしてきたらどうですか?」
「お、おい……!」
まだ母にバレていないと思っている兄が自分の彼女の名前が知られてしまったと思って動揺している。
「あら、いいわね」
だが、既にアリアンナさんのことを知っている母は余裕の表情だった。
「知って……」
「当然よ。母親なんだから、それぐらいのことは知っています」
隠せていると思い込んでいた兄が肩を落としていた。
まあ、アリアンナさんとのことは兄が自分でどうにか解決しなければならない問題だ。
「じゃあ、行こうか」
3人を連れて店の外に出る。
「いいのでしょうか?」
「護衛のことか?」
他にも何人か襲撃者がいるのは間違いない。
けど、せっかく旅行に来ているのに襲撃者のことばかり気にしていたのでは楽しむことができない。
さっきアイラの話を2人から聞かされて楽しむことにした。
「サンドラットを追加で人数分張り付かせたから危険があれば知らせが届くようになっているから心配するほどじゃないさ」
「そう、なんですけど……」
今のところ直接狙われたわけではないが、狙われる危険性のある状況に自分の家族を置いてくることにシルビアは不安があるみたいだ。
「いざとなれば兄さんだっているんだからどうにかなるだろ」
本物の騎士だ。
観光地ということで武器は持ち込んでいないが、チンピラ程度なら武器がなくても倒せるだけの実力はある。
「じゃあ、行こうか」
☆ ☆ ☆
フェルエスは街の奥にある火山に続く大きな道が街の中心にあり、大通りの両端にはいくつもの店が軒を連ねていた。
いつもと違って先頭を歩くアイラは特産品が珍しいのかキョロキョロと店にある商品を見ていた。
「やはり普通の街にある物と比べて値段が高いですね」
「おい……!」
包丁を取り扱っている店を覗きながらメリッサが不用意な発言をしてしまったことに驚いていると、
「気に入らないんなら買わなくていいんだぜ、嬢ちゃん」
店の奥から白い鉢巻を巻いた職人のような男が出て来た。
「いえ、高いことを嘆いていたわけではありません。それだけ値段を上げるに相応しい付加価値がこの商品にあるのか、ということを聞きたいのです」
「こいつは、フェルエス火山でのみ採取することのできる鉱石から造られた包丁だ。切れ味の保証はさせてもらうぜ」
「たしかによく切れそうですね」
メリッサとは違った視点から包丁を見ていたシルビアが呟いた。
「ほう、そっちのお嬢ちゃんは価値が分かるのか」
「パーティ内で調理を担当しているので自然と詳しくなっただけですよ」
シルビアの視線は、店主と会話をしながらもガラスケースに収められた包丁に注がれたままだった。
「欲しいのか?」
「いえ、そういうわけでは……」
シルビアが言い淀む。
理由は、包丁を見た瞬間に分かった。
包丁の良し悪しなんてメリッサと同じで俺には分からないが、包丁の横にある紙に書かれた値段を見て納得した。
(金貨2枚は、ちょっと高いかな)
それでも気に入ったならお金を出すことに躊躇いはない。
「すいません。これを下さい」
「お、けっこう値段するけどいいのか?」
「値段に見合うだけの価値がある店なのでしょう」
「当然だ」
笑顔になりながら店主が木彫りのケースに包丁を入れてくれる。
ケースを受け取るとシルビアに渡す。
「いいんですか?」
「いいんだよ。金のことなら気にせずに言えばいいんだから」
シルビアもそれなりに持っているはずなんだけど、高い買い物をすることに躊躇してしまっていたらしい。俺から話を切り出さなければ買えるだけのお金を持っていたにもかかわらず、店を後にしていたかもしれない。
「お前も欲しい物があるんだろ」
「いえ、私は……」
メリッサは遠慮しているが、さっき素通りした店をチラチラと気にしていたのは覚えている。
2軒戻って熊のぬいぐるみを買って来る。熊のぬいぐるみは30センチぐらいの大きさで、本物の熊とは掛け離れたデフォルメされた目によって可愛らしく仕上げられていた。
「ほら」
「なんというか、私のイメージに合わないと言いますか……」
たしかにメリッサの理知的なイメージからすればぬいぐるみを買うのは合わないのかもしれない。
「イメージがなんだ。欲しいなら買っちゃえばいいんだよ。せっかく観光地に来ているんだから金とかイメージとか気にせずに買い物を楽しもう」
「「はい」」
2人とも俺からプレゼントされた物を収納リングにしまう。
「そういうわけで、アイラも何か欲しい物があったら……って、あいつどこに行った!?」
先頭を歩いていたアイラがいつの間にか姿を消していた。
観光地の大通りということもあって人通りが多く、目立つ紅髪だったとしても目視で探すのは大変だ。主権限で眷属の現在位置を確認させてもらう。
「いたよ……」
4軒先にある店の前で止まっている反応があった。
3人でその店に行くと店の前に掲げられたメニュー表をジッと見つめている。
「さっき食べたばかりなのにまだ食べるつもりか?」
「だって……」
「入りましょう」
「楽しもうって言ったのは主ですよ」
店の前に立ったままの俺とアイラを無視して後から来たシルビアとメリッサが店の中へと入って行く。
「いや、いいけどさ」
仕方なく4人で店の中に入ると4人掛けのテーブルへと店員に案内される。
「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりでしょうか」
「えっと……」
「この特製クリームを使ったパフェを人数分お願いします!」
「いえ、3人分で。コーヒーを1つお願いします」
さすがに特製パフェを前にして目をキラキラさせている女性陣と違って昼食を2人分食べたばかりの身ではパフェを食べ切れる自信はない。しかも、メニュー表に描かれた絵が正しければけっこうな大きさになる。これも観光地仕様か。食べ切れるのか?
他にどんな商品があるのか会話をしながら待っているとすぐに注文したパフェとコーヒーが運ばれて来た。
「ごゆっくり」
3人がパクパクとパフェを食べていく。
さっき激辛料理を食べ終わった時は少し苦しそうにしていたのにそんなことは感じさせずにパフェを減らしていく。
「あ~最高。こういう贅沢をできるだけでもパーティに加入した甲斐があるわね」
アイラが満面の笑顔を浮かべていた。
そういう顔で、そういうセリフを言われると本当にそう思っているように聞こえる。
「そういうものか? お前だってパーティに加入する前は中堅ランクの冒険者だったんだから、それなりに金は持っていただろ」
「分かっていないわね。女の1人旅なんて危険すぎて野宿なんかできないから常に宿暮らしよ。それに、あたしは最低限の依頼しかしていなかったから報酬は少なかったし、旅に必要な消耗品やら剣の手入れに必要な道具を買っている内にお金なんてあっという間に底を尽くわよ」
「そういうもんか」
その辺の苦労を知らずに迷宮主になってしまったから分からない。
借金をしても数日で完済してしまったので本当の極貧生活も味わっていない。
「で、動き出すのはいつぐらいになりそうなの?」
いつの間にかパフェを完食したアイラが真剣な目付きで尋ねてきた。
俺のコーヒーはまだ半分近く残っているんだけど……。
「おそらく今から2時間後ぐらいだな。時間が掛かったとしても夕食前には片が付くだろ」
面倒事はさっさと終わらせるに限る。
それまでは、温泉地の観光を楽しませてもらうことにしよう。
というか、もう少し時間が欲しいところです。激辛料理2人分はちょっとキツイ。