第14話 警戒網
「チッ、あいつら何をやっているんだよ」
建物の屋上で1人の男が地上を歩いている人物を見て呟いていた。
「標的は誰一人として仕留めてねぇじゃねぇか」
男が傍に置いていた銃を拾って銃口で狙う。
その先にいるのは――ウェルスさん。
ウェルスさんは奥さんや娘たちの買い物に付き合わされて疲れた様子で街を歩いていた。
「はい。現行犯ね」
「なに!?」
男が後ろから突然聞こえてきた声に振り向く。
あまりに遅い反応にあくびが出そうになるが、振り向いた顔を蹴り飛ばして屋上の端まで移動させる。
「な、何者だテメェ……!」
「お前の仲間を全員無力化した奴だよ」
「そうか、お前か」
男が懐からナイフを取り出す。
銃は蹴り飛ばされた時に既に手放してしまっている。
「死ね」
躊躇なくナイフを振りかざしてきたため半歩避けてナイフを持っていた右腕を強めに手刀で叩く。
「ぐわっ……!」
それなりに手加減はしたはずなのだが、手刀を叩き込んだだけで男の右腕があらぬ方向へと折れ曲がっていた。
敵対している以上、相手の状態など気にするつもりはない。
「何者だテメェ!」
折れ曲がった右腕を左手で押さえながら俺のことを睨み付けていた。
はっきり言って鍛えられているものの俺にとってはチンピラと大差ない。その程度の強さなど誤差程度にしか感じられなくなってしまった。
「そんなことは、お前が気にする必要はない。間違いだったなら困るから決定的な瞬間が訪れるまで待つつもりでいたけれど、お前は銃でウェルスさんのことを狙った。これだけでお前を敵と断定するには十分だ。こっちは家族に『トイレに行く』と言って別れて来たんだからさっさと済まさないとおかしな勘違いをされるんだ。だからさっさと済ませるぞ」
殺気を出しながら近付くと男がダラダラと冷や汗を流し始めた。
男も俺が本気だと悟ったのだろう。
「ま、待ってくれ! 情報が欲しくないか!?」
「残念だが、必要な情報なら既に昨日の奴らからもらっている。お前たちグリーソン一家は今日明日中に消えてもらう予定だ」
「ク、クソッ! あいつらどこまで喋りやがった!」
男が自分たちを売った仲間に対して怒りを露わにしている。
けれども俺には関係のない話だ。
「じゃあな」
「ちょ……」
転移で強制的に迷宮へ送る。
グリーソン一家の処遇については全く興味のない俺だったが、せっかくだから迷宮の糧になってもらおうと迷宮の地下63階にある沼地フィールドへと送った。あそこなら自生している植物で数日は生きられるかもしれない。
生きてさえいれば魔力は回収することができる。
男の実力では最下層まで辿り着くことは絶対にできない。
「チュウ」
「お前もありがとう」
屋上の隅から土色の鼠が現れる。
俺の使い魔であるサンドラットだ。
「チュウ……」
サンドラットが器用に肩を落として落ち込んでいた。
「どうした?」
尋ねると身振り手振りで何かを必死に伝えようとしていた。
そんなことをしなくても使い魔なんだから伝えたいことはなんとなく伝わるようになっている。
「自分に戦闘能力がないことが悔しいのか」
サンドラットが頷く。
「たしかにお前は戦闘能力がない。けど、たしかに俺の役に立ってくれているぞ」
現在、フェルエスの街に100体のサンドラットを放って襲撃者の残りがいないかの確認とお祖父さんたち関係者を襲おうとしている人間がいないか確認させている。
俺が使い魔と感覚を同調させた場合、同時に同調させられる数はせいぜいが数体が限界だ。
それというのもサンドラット以外の魔物だとそこまで知能が高くないため細かな指示を常に出し続けなければならないため感覚をずっと同調させたままにしておかなければならない。
しかし、サンドラットは戦闘能力が皆無な代わりに賢いため最初に『怪しい奴がいないか見張ってくれ』と簡単な指示を出すだけで自発的に行動してくれる。
現に今も俺が指示していないにも関わらず建物の屋上に怪しい奴を見つけたと報告してくれた。
他の魔物では、こうはできない。
自発的に動いてくれるおかげで連絡をやり取りする時に魔物1体と感覚を同調させるだけの負担で済ませることができていた。
ただ我が儘を1つだけ言わせてもらえるなら。
「お前たちを狩りの時に使うことができたなら、な」
俺の言葉をしっかりと理解できるサンドラットがまた落ち込んでしまった。
サンドラットは鼠の魔物だ。そのため寒さには弱いので狩りの時には周囲に放つことができなかった。今も冬であることは変わらないのだが、温泉街ということもあって地熱の影響から気温が高いのでサンドラットも問題なく行動することができていた。
「まあ、この後も警戒を頼むよ」
「チュウ」
一声鳴くとどこかへと消えていった。
彼らには、しばらくの間アルケイン商会関係者の監視をしてもらう必要がある。
昨日捕まえた連中からは、9人だけで全員だと聞いたが、彼らが知らないところで別の人員が派遣されている可能性を考えてサンドラットに監視をさせていた。サンドラットには襲撃者を見つけても撃退するだけの力はないので怪しい奴らを見つけたら即座に報告するように言い含めてある。
『そっちは問題ないか?』
『襲撃者らしき影はありません』
『そうか。すぐにそっちへ合流する』
『はい。戻らないご主人様をお義母さまが心配されています』
急いで家族の下へ戻ると昼食にお店へ入ろうとしているところだった。
「え、ここ?」
「あら、戻ったのマルス……」
戻ったことに安堵する母だったが、俺の様子から何かを感じ取ったらしく怪しんでいた。
というか俺は入ろうとしている店が気になる。
「ここ激辛麺料理で有名なお店らしいんです」
「美味しそうですよ」
激辛麺料理を扱っている店を選んだのはリアーナちゃんとメリルちゃんだ。
普段は大人しく自己主張をしないリアーナちゃんと滅多に我が儘を言わないメリルちゃんが食べたいと言っている。
「ごめんなさいお兄様。2人とも辛い料理を食べたことがないみたいなので挑戦したいらしいです」
「いや、こういう場所で出される激辛料理って……」
リアーナちゃんとメリルちゃんが入ってしまったのでとりあえず俺たちも仕方なく店の中に入る。
「いらっしゃい」
気の良いお兄さんに迎え入れられて皆でテーブルに着く。
メニュー表を見てみると一番目立つ場所に『激辛ブライス麺』と書かれたオススメ料理があった。
「これがいいです」
メリルちゃんがオススメ料理を見て目をキラキラさせていた。
そんな顔をされては兄として注文しないわけにはいかない。
「すいません。激辛ブライス麺を人数分お願いします」
「はいよ」
20分ほど待っていると全員の前に真っ赤なスープの中に太麺の入った丼が運ばれてくる。
「これは……」
口の中に入れなくても匂いだけで辛いということが分かる。
シルビアが鼻を押さえている。
『いただきます』
ブライス麺を食べる。
うっ……予想通りに辛い。しかし、食べられないわけではない。
「ごめんなさい……」
激辛料理を食べたいと言っていたリアーナちゃんが半分ほど食べたところで諦めてしまった。
「わたしもです。お兄様……」
クリスもリタイアした。
必然的に2人の食べていた食器が俺の前に運ばれて来た。
俺が食べるしかないのか……。
「ふふん、2人とも情けないわね」
対照的に平気な顔で食べ続けているのはメリルちゃんだ。
ただ、辛いのは問題ないみたいだが元々が少食だったため食べるスピードが遅く完食できるのか不安になってきた。
「お、兄ちゃん残さず食べてくれたな」
「当然です。注文したんですからしっかりと食べさせてもらいますよ」
実質2人分を食べさせてもらった。
「「ごめんなさい……」」
「今度からは食べられるかしっかりと考えてから注文するように」
「「はい」」
しばらくは辛い物はいらなさそうだ。