第13話 アイラの家族
翌日は、自由行動にしていいとのことで宿屋から出て温泉街へと家族で出かけていた。
朝食を食べた後でメリッサにアリスターにある屋敷まで転移で戻ってもらい、兄とガエリオさんを連れて来てもらい、それとなく合流させてある。
3つの家族にアイラが加わって総勢12人で観光地のお土産を物色している。
アイラは妹たちと一緒に笑いながらお土産を見る振りをしながら護衛をしている。昨日は尋問に付き合わせてしまったし、お土産を見ている時ぐらいゆっくりしてほしい。
俺たちは少し離れて後ろからその様子を眺めていた。
『うん。アイラも旅行を楽しんでいるみたいでよかったよ』
昨日も尋問中に襲撃者たちが答えなかったことにかなりイラついて「せっかくの家族旅行が台無し」って叫んでしまったぐらいだから相当楽しみにしていたんだろう。
そんな風に考えているとシルビアから溜息交じりの念話が届いた。
『少し勘違いしているようですので訂正しますけど、アイラは旅行を楽しみにしていたわけではありませんよ』
『え……?』
『教えてしまってよろしいのですか?』
メリッサは何か知っていたらしくシルビアに確認している。
『私の独断ですが、ご主人様にも知らせることにしましょう。このままだとアイラは自分から言い出すことはないです。さすがにそれは彼女が不憫です』
『そうですね』
2人は何かを納得しているみたいだが、俺には何を言っているのかサッパリ分からない。
『ご主人様。アイラはただの温泉旅行を楽しみにしていたわけではありません。家族との旅行を楽しみにしていたんです』
違いが分からない。
どちらも旅行ではないのか?
答えが分からずにいるとメリッサからヒントが届けられた。
『私たちにはまだありますが、アイラさんが失ってもう手に入らない物があるのは分かりますか?』
『は?』
『ヒントは今の彼女です。彼女がどういう状態か見てみてください』
言われるままアイラの様子を見てみると鉱石を削って作った動物の彫り物を妹3人に渡しているところだった。彫り物はかなりの重量があるらしく、妹たちは3人で持ち上げるのが精一杯だったが、アイラは1人で持てたことを自慢していた。
10歳の子供を相手に何を張り合っているんだ?
『分からん』
結局、メリッサの問題の答えは分からなかった。
『答えは、「家族」ですよ』
『え?』
言われて俺も気付いた。
俺とシルビアは既に父親を失っているものの母親と妹は近くにいる。メリッサは生き別れてしまったものの家族と再会することができた。
しかし、アイラの家族は既に全員が死んでいる。
再会することは――もうできない。
『彼女にとって血の繋がった両親と弟は永遠に取り戻せる物ではありません』
『だからでしょう。アイラはわたしたちの中で一番妹たちのことを大切にしています』
『そっか』
仲良く過ごしている光景にばかり目が行ってしまい、アイラがそこにどんな想いを抱いているかなんて考えたこともなかった。
おそらくアイラは俺たちの家族に自分の家族を投影しているのだろう。
本物の家族の中には弟もいたと話には聞いていたので年下の家族は可愛がりたいみたいだ。
『アイラにとってアリスターの街は魔剣探しの旅が終わった街でもあります。義理とはいえ、そこで得られた家族は掛け替えのない家族なんです』
『おそらく彼女が今もパーティにいるのはそういう理由でしょう』
手に入れた家族と一緒にいたいからパーティに加わった。
俺は、すっかり彼女の言う「楽しそうだから」という理由を信じ切っていた。
『最初はその言葉通りだったんでしょう。ですが、みんなと本物の家族のように接する内に……』
『本当の家族の影を重ねていたのか……』
幸いというべきか屋敷には常に2つの家族が生活しているし、ガエリオさん一家もたまに遊びにやってくるので寂しさを感じるようなことはなかった。
『私たちの中で最も家族を大切にするアイラさんだからこそ家族旅行を邪魔されたことに対して怒ったんです』
ちょっとした慰安目的の旅行だったんだけど、そこまで重たく考えられていると思っていなかった。いや、実際にアイラは重たく受け止めていないのだろう。けれど、温泉街での買い物を楽しんでいるのは間違いない。
もうちょっとアイラにも気を遣ってあげるべきだったかな。
アイラとは対等な立場で接することができるから気軽に色々と話ができるから少し甘えていたところがあったのは自覚している。シルビアは俺に対してメイドとして一歩引いた場所から接するし、メリッサはどちらかと言えば難しい話をする相談相手みたいな感じだ。
だからアイラの存在も貴重だった。
『はぁ、主失格かな?』
『そうではありませんよ。主だからと言って眷属の考えを全て把握できるわけではありません。そんなことを言っていたら私やシルビアさんの考えを主は把握しておられますか?』
『……していないな』
『そういうわけで、そこまで気にする必要はありません』
メリッサから慰められてしまった。
「お兄様、面白い食べ物を見つけました」
ちょっと落ち込んでいるとクリスが白くて丸いお菓子を持って近付いて来た。
念話にばかり集中していて家族との団欒を忘れるわけにはいかない。
「温泉まんじゅうという名前のお菓子らしいです」
「へぇ」
「お兄様も食べてみて下さい。お金なら既に払ってあります」
「ありがとう」
クリスから温泉まんじゅうを貰って口に運ぶ。
食べた瞬間にふっくらとした生地の中に入った餡の甘さが口の中に広がる。
けど……
「普通のまんじゅうと何が違うんだ?」
たしかにアリスターで食べられるまんじゅうよりもふっくらとした感じがあるし、温泉っぽい味わいがある……かもしれない。けど、それだけだ。
ま、これも観光地感覚ということでいくつか買って行くことにしよう。
観光に来たのならこういうお土産を買って帰るのも醍醐味だ。
「ありがとう」
隣ではシルビアも温泉まんじゅうを受け取っていた。
口の中に運んだ味を確かめるように食べているが、この味を自分で再現するのは難しいと思うし、あまり意味がないと思うぞ。
『ところで、さっきのアイラさんの家族についての話ですけど』
『ん?』
てっきり話は終わったと思っていただけに油断していた。
『失った家族を取り戻すことはできませんが、新たに手に入れることはできます』
『死霊術ならやるつもりはないぞ』
迷宮魔法や魔神の加護があるおかげで死体に偽りの魂を埋め込んで動かすことはできる。しかし、俺はそれで生き返ったと言うつもりはない。以前に死魂の宝珠によって父を再現したことはあるが、あれは生前の父を一時的に再現しただけで生き返らせたわけではない。
『そういうわけではありませんよ』
呆れたような笑った声が聞こえてくる。
温泉まんじゅうを食べていつの間にか口の中が渇いてしまったので、お店の人がくれたお茶を飲んで口の中を潤す。
『血の繋がった両親や弟を手に入れることはできませんが、自分の子供は手に入れることができるではないですか』
ブフォ!
メリッサの言葉に思わず口の中にあったお茶を噴き出してしまった。
何があったのか不審に思って皆が俺の方を見てくる。
「おまっ、何を言っているんだよ!?」
「そういう反応をするということは、少しは自覚があるのではないですか?」
妖しい笑みを浮かべながらこっちに近付いてくる。
そして、耳元に口を近づけると、
『頑張ってくださいね。彼女が最も欲している家族をあげられるのは主だけなのですから』
わざわざ絶対に聞こえないように念話で告げて来た。
俺たちの中では誕生日の関係から一番年下のはずなのだが、大人っぽい見た目から妖艶な仕草をすると一番絵になる。
きっと俺の顔は真っ赤になっている。
どうにか話題を変えようと考えていると、
『反応があった。ちょっと行ってくる』
『はい』
メリッサから離れて一人だけで行動する。