第12話 リンドバーグ
「まず、お前たちが何者なのか答えてもらおうか」
「答えたら解放してくれるのか……?」
「お前たちの方から何かを要求できるような立場だと本気で思っているのか? お前たちは精一杯俺に媚びを売るしかないんだよ」
「くっ……」
従業員の服を着た男が歯を噛みしめる。
実際には知りたいことを全て喋ってくれたらきちんと解放するつもりでいる。
「嘘も沈黙も許さない。俺たちの質問に正直に答えるんだな」
「……俺たちはフィーントという街で冒険者をしていたグリーソン一家の者だ」
「していた?」
今は冒険者ではないということなのか?
首を傾げているとフレディさんが教えてくれた。
「グリーソン一家って言えばそれなりに有名だ。実力のない冒険者を何十人と纏め上げた元貴族の四男坊がリーダーを務める組織らしいな。引き受ける依頼は、ギルドで扱うような依頼に限らず暗殺みたいなことまで引き受けているらしいな」
そういう組織だからこそお祖父さんの襲撃も引き受けたのだろう。
「お前たちの仲間はここにいる人間……いや、この倉庫に連れて来られた9人で全員か?」
「フィーントに帰ればもっと多くの構成員がいる。けど、フェルエスまで一緒に来た仲間は9人で全員だ」
9人だけならとりあえず安心することができる。
これはいい情報を聞き出すことができた。
とりあえず今日のところは警戒を下げても問題なさそうだが、本拠地に戻れば仲間がいるとなると今後も警戒を続ける必要はあるみたいだ。
「で、目的は?」
「アルケイン商会の人間を誰でもいいから襲撃することだ」
「どうして?」
襲撃方法はどれもが致死性の攻撃だった。
アルケイン商会はこの数十年で大きくなった商会だが、そこまで恨みを買うような真似はしていないはずだ。
「そこまでは知らない」
溜息を吐く。
「ほ、本当だ。依頼人からは、アルケイン商会の連中に自分たちの犯した罪を自覚させたいから何人か人前に出られないようにしたいって言われたんだ」
本当に依頼を出した理由までは知らないみたいだ。
それにしても『犯した罪』?
お祖父さんの方を見るが首を傾げていた。本人たちも意識していないところで恨みを買っていたということだろうか。
「もう、いいだろう」
「最後の質問だ」
これだけは絶対に正直に答えてもらわなければならない。
「依頼人は誰だ?」
依頼人の情報を渡すなど裏切り以外の何物でもない。
口を閉ざすなら何人か迷宮に送ることになるだけだ。
「依頼人はリンドバーグ男爵家現当主だ」
貴族かよ……。
リンドバーグ……どこかで聞いたことのある名前だな。
「マズいですよお義父さん」
ウェルスさんはリンドバーグという名前に聞き覚えがあるらしく少し怯えた様子だった。
「ああ……」
「これは参ったね」
しかもお祖父さんとダリルさんも覚えがあるらしく動揺していた。
「たしかに貴族が相手となると問題だが……」
「そこまで怯えるものでしょうか」
フレディさんと私兵さんはリンドバーグという名前そのものには聞き覚えがあるらしいが、お祖父さんたちがそこまで動揺する理由には思い当たりがないらしい。
「おい、最後の質問にも答えたんだから解放しろ」
「ああ、それは構わないがさっきの約束は守れよ」
「も、もちろんだ」
最後に念押しとして『俺たちに関することを口外しない』ことを約束させる。
これで問題ない。
「じゃあ、目を醒ました後でお前たちがどういう行動に出るのかは自由だ」
「どういう……」
魔法を纏った手を襲撃者たちの額に当てていくと意識を失って床に倒れる。
迷宮魔法:睡眠。
魔法の効果が及ぶまで2秒の時間が必要なものの触れるだけで相手を抗うことのできない睡魔へと誘うことができる魔法。
襲撃者たちには、しばらく眠ってもらうことにした。
その間に事情を知っている者から事情を聞かなければならない。
「それで、リンドバーグというのは何者なんですか?」
お祖父さんたちの動揺は相手が貴族だからというだけではないのは分かる。
襲撃方法からアルケイン商会と何らかの関わりがある人物が敵だと判断して尋問現場に誘ったが、本当に関係者だったか。
「その前に聞きたいが、リンドバーグという名前に聞き覚えはあるか?」
「いえ……ちょっと待って下さい」
さっきからどこかで聞いたことのある名前だ。
もう少しで思い出せそうなんだけど、思い出せずにいる。
『3日目に迂回しなければ立ち寄るはずだった街の名前です』
こちらの状況を把握し続けていたメリッサから答えが貰えた。
俺もようやく思い出した。
「アリスターからフェルエスまで真っ直ぐ来ていれば立ち寄るはずだった街の名前ですよね」
「そうだ」
目的地がフェルエスだと聞いて事前に地図で立ち寄れる街の名前は確認していた。
しかし、途中にあるリンドバーグという名前の街を迂回するように北へと回り込んでからフェルエスへと向かっていた。
その時は、迂回した方が近道なんだろうなと特別不思議には思っていなかったが、実際にはリンドバーグに立ち寄るわけにはいかない事情があったみたいだ。
「私たちアルケイン商会はリンドバーグ家から酷く恨まれている。そのため商売でもリンドバーグとの繋がりはない」
「一体、何をしたんですか?」
貴族が暗殺者みたいな人物を使って襲撃してくる尋常ではない。
「貴族であるリンドバーグ家との間に縁談を進めていたんだが……」
ん?
「私の娘の我が儘によって縁談が破談となってしまったのだ」
ああ、母の嫁ぎ先候補として挙げられていたのがリンドバーグ家だったのか。
「しかも相手は現当主だ。前当主とは謝罪をしたこともあって良好な関係を築き直すことができていたのだが、数年前に当主の後継が行われたのだが、息子である現当主は今でも怒っているらしく、良好とは言えない関係が続いてしまっていた。それが、まさか襲撃をされるほどの恨みだったとは思っていなかった」
お祖父さんが自分の失態を恥じるように遠い目をしていた。
今では孫を可愛がる穏やかな祖父だが、当時は色々と手を伸ばして身内すらも道具のように扱っていたらしいから今回の騒動は自分の責任だとでも思っているのだろう。
けど、そんなはずがない。
「お祖父さんの責任ではありません。悪いのは今でも恨み続けている向こうです」
「だが……」
「今回の問題を解決する為なら俺はどんなことでもしますよ」
商会が巻き起こしたトラブルだというのなら深く首を突っ込むつもりはなかった。旅の間だけ身を守ってあげるつもりでいた。
しかし、事は母にまで及んでしまった。
今後のことを考えて憂いは排除しておきたい。
「悪いが、今回の問題は戦闘力で解決できるような問題ではない。お前は、貴族に手を出すということがどういうことなのか理解していない」
『そうでもありませんよ』
『どういうことだ?』
メリッサから念話が飛んでくる。
『リンドバーグ家は男爵家ですが、近年では領地経営に失敗。しかも貴族同士の抗争に負けたことから財政は既に破綻寸前の貴族です。こんな依頼を出せるだけの資金を持っているのが不思議なぐらいです』
本当の意味で没落寸前の貴族っていうことか。
メリッサは王都で商人や貴族を相手に色々と話をしていた影響で貴族の事情なんかにも精通しているからリンドバーグ家の状況についても知っているみたいだ。
『現当主はお義母様と同年代の方だと伺っていましたが、若い頃に女性との婚約が破談になったせいか後の縁談もなかなか上手くいっていないということで未だに結婚していないらしいです』
『マジか……』
母と同年代ということは俺みたいな子供がいてもおかしくない年齢のはずだ。
血を繋げなければならない貴族にとって致命的な問題だ。
『なので、当主の地位を継ぐ者がいたとしても親戚から養子として連れてくることになるだろうと噂されていました』
そんな家なら今回の問題さえどうにかすれば乗り切れるかもしれない。
「今回の一件ですけど、俺に任せてくれませんか?」
「どうするつもりだ?」
「貴族と敵対するつもりはありませんよ。なんせ貴族とは敵対していませんからね」
床で眠らされた襲撃者たちを見る。
こいつらは雇われただけで貴族ではない。