第11話 アンデッドの恐怖
うわ、容赦ないな。
けれどもアイラのイライラも分かる。
襲撃者がいることが分かったせいで怪しまれないよう俺たちは交代で宴会場を抜けることになった。そのせいでゆっくりと楽しむことができなかった。
さらに言えば真っ先にあの男が狙われたのは、覗き魔だったからだろう。襲撃者に対して相当イラついていた俺たちだったが、中でも女性陣の怒りを一番買うことになってしまったのは脱衣場で待機していた襲撃者だ。
正直言って覗き魔がいたと聞いて俺も一番イラついた。
「き、きさま……!」
従業員に扮していた男が怒りに体を震わせていた。
「おいおい怒るなよ。そっちは俺たちの命を狙ってきたんだ。捕まえたお前たちのことをどうしようが俺たちの自由だろ」
「仲間を殺した奴のことを許すと思うのか!?」
「なによ!?」
襲撃者の言葉を受けてアイラがさらに怒っていた。
「もう2、3人斬ってもいい?」
斬ることで俺たちが本気であることを知ってもらい怯えさせる。
なので犠牲者が増えることは構わないのだが、それでも情報が聞き出せなかった場合は面倒なことになる。
「短気はいけないぜ嬢ちゃん」
「む……」
フレディさんに嗜められて剣から手を放す。
冒険者であるフレディさんは首と胴体が分かれた死体を見ても平然としていたが、商人である祖父たちはそうではないので顔色が青くなっていた。
「じゃあ、どうするんですか!」
「そうだな……お前たちは拷問とか得意か?」
アイラと2人揃って首を振る。
拷問なんてしたことないな。
「俺もそんなに得意じゃないが、俺の方でやってみるか……」
そう言うもののあまり乗り気じゃないみたいだ。
「俺たちは少しぐらい痛めつけられただけで依頼人の情報を喋るような奴じゃないぞ」
「チッ」
フレディさんが舌打ちする。
俺も舌打ちしたい気持ちにさせられたが、実際に行動するよりも早くキレた人物がいた。
「ちょっと、いい加減にしなさいよ!」
アイラがキレた。
鞘に納まったままの剣を床に叩き付けて床に座る男たちを睨み付けている。
「あんたたちが襲ってきたせいでこっちはせっかくの家族旅行が台無しなのよ! こんな下らないことはさっさと終わりにしてあたしも温泉に行きたいの!」
「……」
アイラに威嚇されるものの男たちに喋る様子はない。
「やっぱり何人か斬ろうかしら」
危ないな……
「お前たち、今の内に喋っておくことをオススメするぞ」
「ふん。拷問された程度で喋るようなことにはならないさ」
「この……!」
アイラが鞘から剣を抜いてしまった。
「まあ、待て」
「止めないで!」
「せっかくだからメリッサの時にもやった確実な方法を採ることにしよう」
「確実な方法?」
あれ? アイラが完全に忘れてしまっている。
「ほら、王国兵士に使った方法だよ」
「ああ……!」
さすがに王国兵士相手に脅迫紛いのことをしたと知られるわけにはいかないので小声で教えるとアイラも気付いてくれた。
メリッサと初めて会った時の護衛依頼で盗賊に扮した王国兵士に襲われた。その際に本拠地などの情報を聞き出す為にアンデッドが蔓延る迷宮の墓地フィールドへと案内した。
情報を喋らなければアンデッドとして永遠に迷宮を彷徨うことになる。
そのことに怯えてしまった王国兵士は簡単に情報を渡してくれるようになった。
「大丈夫かな?」
「問題ない」
「けど、彼らは戦闘力が高そうよ」
「それは戦えるだけの力があったらの話だろ」
彼らの武器は全て俺が回収している。
銃や短剣だけでなく服の内側にナイフを隠していたりしていたが、収納リングで全ての装備品を回収して裸にしてから服だけを元に戻したので何かを持っている可能性は体内に隠し持っていなければないと考えていい。
服を戻したのは、男の裸なんていつまでも見ていたくなかったからだ。
「というわけで俺はお祖父さんたちを倉庫の外へ連れ出すからお前がやれ」
「分かった」
後から召喚で呼び出す必要がある以上、俺が迷宮へ行くわけにはいかない。
アイラと打ち合わせを済ませるとお祖父さんたちに倉庫から出てくれるようお願いする。
俺も倉庫から出る直前に最後の通告を言い渡す。
「今なら残っている8人全員が生き残ることができるけど、こちらの質問に答えるつもりはないか?」
「何度も言わせるな」
襲撃者たちは余裕なのか笑みを浮かべていた。
「そうか……次に会う時が楽しみだよ」
倉庫から出て扉を閉めると扉を背にして立つ。
すると中で転移が行われた魔力反応が感じられる。
「おいおい、嬢ちゃんだけ残しておいていいのかよ」
「いいんですよ。これから他人には知られたくないスキルを使って彼らに恐怖を植え付けることになります。これは、さすがに知られるわけにはいかないのでお見せするわけにはいきません」
「しかし……」
フレディさんは女性であるアイラに拷問を任せる形になってしまったことを気にしているみたいだ。
とはいえ、アイラが直接何かをすることはない。
気にするだけ無駄というものだ。
「それで、情報を喋ってもらったら彼らの処遇はどうしますか?」
「そうだな。こういう場合は依頼人にもよるが、証拠を揃えて然るべきところへ被害届を提出するべきだ」
「その相手が貴族などのこちらから手を出しにくい相手だった場合にはどうしますか?」
そのことが気掛かりだった。
「その可能性があると?」
お祖父さんの言葉に頷く。
「彼らはいくつもの魔法道具を所有していました。少なくとも個人で所有していられるような量ではありません。考えられる可能性としては、どこかの大きな組織に所属しているか依頼人から渡された場合です」
どちらの場合であっても個人で簡単に対処していい問題ではない。
事によってはお祖父さんたちアルケイン家にも被害が及んでしまう可能性がある。
お祖父さんもその辺の懸念は理解しているみたいだ。
「相手次第だ」
結局、情報を得ていない段階ではそれしか言えない。
「それよりも彼らは本当に情報を吐いてくれると思うか?」
「それは大丈夫でしょう。少々、時間は掛かるかもしれませんが――」
『終わったわよ』
アイラから念話が届いた。
早過ぎるよ。まだ5分も経っていないよ。
「ちょっと待って下さいね」
召喚を使用してアイラを迷宮から呼び寄せる。
扉1枚を隔てた程度の距離なら扉を開けることなく使用することができる。
「もう終わったみたいなので戻りましょう」
「も、もう!?」
驚くウェルスさんを無視して倉庫の中に入る。
すると中には拘束を外されているにもかかわらずお互いの体を抱き寄せて震えている5人の男たちがいた。
「おい、予想以上に怯えているんだけど?」
さっきのニヤッとした余裕の表情はどこへ行ったのだろう。
『それが最初の1人がゾンビに襲われて、そいつもゾンビになって仲間の1人を襲い始めたところですっかり怯えるようになっちゃって』
『しかも、その様子を見ていた1人が恐慌状態に陥って遠くに逃げ出しちゃったから連れ帰る余裕がなかったんだよね。あれは傑作だよ』
迷宮で起こった出来事を覗いていた迷宮核が笑っている。
『あ、シルビアたちが温泉から上がったみたいだ』
お前は、何を覗いているんだ!?
今回は非常事態ということで連絡がいつでも取れるように宿屋の監視をしている迷宮核との迷宮接続も解除していない。
俺は、今後の彼女たちとの関係も考えて覗きのような使い方はしていない。
しかし、繋がったままのシルビアたちの様子も把握していたらしい。
『いや、やっぱり若い娘たちの入浴している姿っていうのは絶景だね』
ダメだ。こいつは思考がオッサンだ。
『何をしているんですか!?』
『こっちは護衛の最中だったのですよ』
温泉に入浴中だったシルビアとメリッサから声が届くが、迷宮核に気にしたような様子はない。
「はあ……それよりも上手くいったんだな」
「人数は減ったけど、問題ないわ」
最後に俺たちに何をされたのか口外しないよう闇魔法による呪いを掛ければ何も問題はない。
「いいか、お前たちには『俺たちに関すること』、『何をされたのか』の一切を口外することを禁止する」
「い、言ったらどうなるんだ?」
襲撃者の1人が怯えながら聞いてくる。
「少なくとも強制的に教えられない状態にさせてもらう」
「は、お前らの手でめい――」
『迷宮』――それは禁止ワードだ。
「ひっ」
禁止ワードを口にしようとした襲撃者の頭部が爆散する。
「分かったか? 俺たちに関することを口外しようとするとこのようになる」
仲間の悲惨な姿を見て襲撃者たちが首をカクカク縦に振っていた。
しかし、今の行動は少し軽率だったな。
禁止ワードを軽い気持ちで口にしようとしてしまった襲撃者もそうだが、それ以上にお祖父さんたちのいる前で頭部の爆散させられた死体を作り出してしまった俺を叱りつけたい。
後ろを振り返るとお祖父さんたちの表情が真っ青になって何も言えなくなっていた。