第10話 宴会の裏で
宴会開始から2時間。
用意された食事も食べられ、酒に酔ったところで解散となった。
アルケイン家の使用人たちは、自分たちが片付けをせずに宴会場を後にすることを気にしていたようだったが、宴会場の片付けは宿の従業員が行うことになっている。そして、宴会場に招待者である当主や前当主、商会でも才覚があり前当主の義息子であるダリルが残っていた。そのため使用人たちは自分たちに与えられた部屋へと戻って行く。
彼らの奥様たちは、もう1度入浴するということで既に宴会場にはいない。
そこで、フレディさんや私兵リーダーを連れた俺はお祖父さんたちに近付く。
「どうした?」
「実は、3人に見てもらいたい物があるんです」
「見てもらいたい物?」
こんな夜更けに何を見せようというのか?
訝し気な視線を向けてくるが、彼らに見てもらわなくては話が進まない。
「分かった。どこにある?」
「宿の庭に倉庫があります。そこに置いてありますので、そちらまで移動してもらえますか?」
「仕方ないですね」
ウェルスさんも納得して俺たちに着いて来てくれることになった。
宴会場の片付けはほとんど済んでおり、後は従業員に任せておけば問題ない。
「それで、私たちに見せたい物とはなんだ?」
「物そのものは単純なんですけど、取り扱いに困る物だったので相談したかったんです」
「要領を得ないな」
俺も処分してしまっていいのなら悩むことなどなかったのだが、そういうわけにもいかないので相談したかった。
そうしている内に倉庫へと辿り着いた。
「とりあえず危険などはないので安心して下さい」
「どういう……」
俺の言葉に困惑しているダリルさんだったが、倉庫の中にあった物を見て驚いていた。
倉庫の中にはロープで両手両足を拘束されて床に転がされた男が7人もおり、倉庫に入って来た人物を睨み付けていた。突然、睨み付けられれば荒事に慣れていない商人では後退ってしまうのも仕方ない。
「彼らは一体何者だ?」
「襲撃者ですよ」
「なに……?」
俺の『襲撃者』という言葉に男たちが視線を逸らす。
「1人ずつ説明していきますよ。まず、手前にいる2人ですけど、庭にある木から闇に紛れてお祖父さんのことを狙撃しようとしていました」
「なんだと……!?」
さすがに自分がいつの間にか狙われていたと知らされれば驚かずにはいられない。
「ちなみにこれが狙撃に使われていた銃です」
狙撃銃を収納リングから出して証拠品を提出する。
「1人が狙撃手で、もう1人が周囲を警戒している役割だったみたいですね。なので、ウチの狙撃手に頼んで逆に仕留めてもらいました」
アイラに頼んで矢に特製の眠り薬を塗布したうえで2人とも射貫いてもらった。
矢の突き刺さった2人は何の抵抗もできずに意識を失い、地面の上に眠らされた後でアイラに回収されて倉庫まで連れて来られた。
「で、隣にいる2人はトイレに立ったウェルスさんを襲撃しようと曲がり角で待機していました。これについては、一番足の速いシルビアに回り道をしてもらって仕留めてもらいました」
ただし、意識を刈り取るだけだ。
酔って多少ながら足取りが覚束ないウェルスさん相手なら回り道をしても隠れ潜んでいた彼らの後ろに回り込むことができる。そのままウェルスさんに気付かれることなく襲撃者を回収すると倉庫へと運んだ。
ちなみに襲撃に使用されようとしていた毒の塗られたナイフも回収済みだ。
「じゃあ、こいつは?」
ダリルさんの視線の先には従業員の制服を着た男が寝転がされていた。
「彼は料理に毒を仕込んでいたんですよ」
「毒だって!?」
どんな毒か知らなくても生物として毒に恐怖を覚える。
「一番怪しかったのは彼なんですよね」
なにせ前当主であるアーロンさんが確実に食べると思われる食事に毒を仕込む為に宴会に紛れ込み、従業員にも関わらず食べられてもいない料理に近付くという不審な動きをしていた。普通、従業員なら食べられた食事を片付ける時か新しい料理を補充する時に近付くものだ。
「なぜだ……?」
「ん?」
「俺はたしかに毒を仕込んだ。その料理を前当主が口にする瞬間も見た。それなのに、なぜ前当主は生きていられる!?」
「私は毒の入った料理を食べてしまったのか……」
毒が入っていると気付かずに食べてしまったことをお祖父さんが恥じていた。
いや俺も見ていたけど、エビが好物だったらしくて笑顔でエビチリを食べているお祖父さんは美味しそうに食べていた。しかもエビチリという赤くて辛い料理のおかげで毒が入っている違和感にも気付いていなかった。
当然ながら、そのままだと死に至る劇薬だ。
なので事前に解毒させてもらっただけだ。
「残念だったな。どんな劇薬を使ったのか知らないけど、こっちにはどんな毒でも解毒させられる回復薬がある。お前が仕込んだ毒は解毒済みだったんだよ」
毒が入れられるのを確認した後でお祖父さんが食べる前に回復薬を仕込んでおいたおかげで毒は中和された。
「一番許せないのは残りの3人です。彼らは俺たちが寝泊まりしている部屋に爆薬を仕掛けようとしていました」
「爆薬!?」
しかもその量はかなり多く、起爆させるだけで宿の一部を吹き飛ばせる威力があるものだった。
彼らについては、メリッサに頼んで魔法によって姿を見えなくした状態で背後に近付き強制的に眠らせることで阻止した。爆薬を仕掛ける部屋は3人で手分けしていたので標的は無差別だったと思われる。
「どうしてだ?」
「ん?」
「俺たちの隠密は完璧だったはずだ。それが、どうして俺たちの存在に気付くことができたんだ!?」
いると分かっている俺たちからしてみれば稚拙な隠れ方だったけど、気配の絶ち方に関しては完璧だったと思う。現にフレディさんを含めて護衛の人どころか宿の従業員すら誰も気付いた素振りがなかった。
その原因は、彼らが所有していた魔法道具にある。
「これだろ」
収納リングから取り出されたペンダントを見て驚きから目を丸くしている。
「こいつには装着者の気配を絶つ効果があるらしいな。けど、残念ながら俺たちの見つけるスキルの方が優秀だったんだよ」
『迷宮操作:地図』を使えば周囲の地形を地図のようにして頭の中に表示させることができる。そこにシルビアのスキルである【探知】を重ね合わせることによって人の動きまで詳細に表示させることができた。
移動中に罠が仕掛けられていたことから警戒していた俺たちは、すぐにこの方法でのんびりしているように見せながら警戒し続けていた。
さすがに俺たちだけだと入浴中まで警戒するのは難しかったかもしれないが、迷宮核がいてくれたおかげで常に監視が行われていた。
「ところで、こういう場合はどうすればいいですか?」
後ろの方で捕まえられた男たちのことを呆然としながら見ていたフレディさんに尋ねる。
今まで護衛依頼を引き受けたことはあったが、その時に襲ってきた盗賊や魔物は悉く退治してきた。そのため捕縛した場合の対処方法を知らないので事情説明も兼ねて連れて来た。
「そうだな……まず、襲撃犯がこいつらだけなのか知る必要がある」
他に襲撃者がいた場合、襲撃が今後もあることを意味している。
護衛の人数は20人にも満たないが、戦う力のない人間は使用人も含めれば20人以上いる。人数的に全員を護衛するのは難しいし、襲撃者がいることに気付けなかったフレディさんたちでは単独で対抗するのも難しいかもしれない。
他にも仲間がいないか確認することは大切だ。
「それなら少なくとも1人は見つけています」
「なに……?」
「連れて来たわよ」
女性の声が倉庫に届き、全員がそちらへと振り向く。
倉庫へとやって来たアイラは肩に担いでいた男を床に寝転がされた男たちの前に放り投げた。
「うわ、酷いな……」
先に倉庫にいた襲撃者たちは外傷も少なく拘束されていたが、新たに連れて来られた襲撃者は両手両足を鋭い物で抉られたようで血を流していた。
「信じられる? こいつ脱衣場の天井裏で狙撃しようと隠れていたのよ。そうしたら怒ったメリッサが奥様たちにバレないように魔法の氷柱で両手両足を串刺しにしちゃったのよ。その時に魔法でこいつの声も届かないようにしていたみたいだから悲鳴も聞かれていないわ」
実際には覗きではないのだろうが、それだと女性陣の裸を覗き見ようとしていたことになる。
見取り図で確認していただけで対処は奥様たちと一緒に行動している彼女たちに任せていたから詳しい場所までは確認していなかった。
そりゃ、メリッサが怒るわけだ。
「さて、お前たちは9人で全員か?」
「……」
襲撃者の誰も答えない。
ま、襲撃者たちがプロならそう簡単に口を割るとは思えない。
「この……!」
答えない襲撃者たちにイラついたアイラが剣に手を掛けていた。
それは、まだ早い。
「待て、アイラ」
「なによ? 止めるつもり?」
「いや、やるならまずは1人だけだ」
「分かった」
アイラは一切躊躇することなく覗き魔の首を刎ねた。