第3話 旅行出発
「それで、父さんからの依頼で旅行に行こうと?」
「はい……」
母から睨まれた俺にはただ頷くしかなかった。
相変わらず母と祖父の仲は良くなっていない。
「まったく……父さんだけじゃなくて母さんや姉さんたちまで何を勝手なこと言っているのかしら」
母が家族のことを思い出して呆れていた。
さすがに自分に息子がいなかったからと言って孫や甥の相手をそのように扱うのは自分勝手だろう。
「彼女たちの姑は私1人よ」
え、そっち!?
いや、たしかにその通りなんだけど、他に怒るべきところがあるでしょ。
「シルビア?」
「ごめんなさい。今は色々と知られていたこともあって顔を合わせられません」
『紫の果実』に関してはシルビアの暴走が発端だから彼女としては他人には知られたくない出来事だったはずだ。
シルビアの母親であるオリビアさんを見ると微妙な表情をしていた。
「オリビアさん、姑ってなりたいものですか?」
「どうかしら? 私が義母と一緒にいたのは数年間だったけど、自分も田舎者のくせに『これだから田舎者は……』とか散々馬鹿にされてきました。そう考えると生きている間に1発ぐらい殴っておくべきでしたね」
紅茶を飲みながら闇を漏らしていた。昔、姑との間に何があったんだろう?
彼女も色々と苦労してきたみたいだ。
「そう考えるとシルビアは幸せかもしれませんね」
「わたし?」
「だって姑から色々と言われることはないでしょう」
「はう……」
恥ずかしさからシルビアが顔を赤くしていた。
それはシルビアを嫁扱いしているのと変わらないですよ。
「当然です。こんなにできた娘たちを虐めるなんてありえないですよ」
母は当たり前のようにシルビアたちを受け入れていたからな。
自分の料理を受け継ぎ、言うことをきちんと飲み込むシルビアは当然のことで、妹たちの面倒を率先して見るアイラ。色々と知っていて気が利くメリッサ。
姑としていびるより可愛がる方を選んだみたいだ。
「で、今回の依頼だけどどうする?」
「費用は依頼主が負担してくれるのですか?」
「そういうことになってる」
「家族まで旅行に連れて行けて行き先は有名な温泉街。しかも依頼主が商会の主ともなれば冒険者として護衛依頼は間違いなく引き受けた方がいい依頼でしょう」
そうして商会との間に縁ができれば将来も安心できる。
問題は、依頼の裏に隠された思惑の方だ。
明らかに面倒なことになる。
「私は受けた方がいいと思います」
メリッサは依頼の詳しい内容を聞いても賛成の立場を変えなかった。
「あたしは温泉に行きたいし、そういうの気にしないから行くわよ」
アイラは嫁関係の話を気にしないみたいなので賛成。
「……ここでわたしだけが参加しないと負けた気がするのでわたしも参加することにします」
シルビアも渋々ながら参加を認めた。
「母さんや姉さんが変なちょっかいを出さないか見ないといけないから私は参加するわよ」
「もちろん私も行きます!」
「わたしも!」
母だけでなくクリスとリアーナちゃんも参加を表明した。
「あの、私は本当に参加してもいいのでしょうか?」
オリビアさんの立場は俺の祖母や伯母から見たら直接の関わりがないから微妙なんだよな。
「もちろんオリビアさんも大丈夫です。依頼主からは、『家族も連れて来ていい』と言われていますからオリビアさんを連れて行っても問題ありません。関係を聞かれたら孫の嫁の母とでも言っておいて下さい」
「はぁ……」
ガエリオさんとミッシェルさんも同じような立場でいいだろう。
ただし、孫の嫁の母と言った瞬間に恥ずかしさから逃げ出したくなってしまった。こんなことが2週間近くも続くのかと思うと憂鬱だ。
「改めて旅行の目的が分かったけど、全員参加ということでいいかな?」
『はい』
了承も得られたことだし、明日辺りに祖父へ依頼を受ける旨を伝えに行こう。
☆ ☆ ☆
旅行出発当日。
アルケイン商会屋敷の前には5台の馬車が止まっており、使用人と思われる人々が旅行に必要な荷物を馬車に積み込んでいた。
その近くでは私兵と思しき統一された服を着た男が10人。少し離れた場所ではベテラン冒険者と思われる30代ぐらいの男たちが5人話し込んでいた。
「おい、今回は新人も雇ったらしいぞ」
「そんな奴が役に立つのかよ」
「ま、一族総出なうえに勘当されて戻って来た三女の家族も参加するっていう話だから念には念を入れているんだろ」
「なるほど」
隠すつもりのない会話は近付く俺たちに筒抜けになっていた。
さて、新人としてそろそろ挨拶をするか。
「ん?」
近付くとさすがはベテラン冒険者と言うべきか近付く俺たちの存在に気付いた。
「おいおい新人ってお前たちかよ」
「はい。今回の護衛依頼を受けたBランク冒険者のマルスです」
「マジかよ……」
挨拶の為に名乗るとベテラン冒険者たちが怯え出した。
なんでだ?
「これは俺たちいらないんじゃないか?」
「どういうことですか?」
「お前たちは自分たちが冒険者の間でどういう扱いを受けているのか知らないみたいだな。Sランク冒険者すら倒せるシルバーファングを討伐したBランク冒険者。ランクは冒険者になってから1年も経っていないせいで未だに低いが、その実力はSランク冒険者以上だと言われているんだ。少しは自分たちが異常な実力者だっていう自覚を持った方がいいぞ」
シルバーファングを倒してからそういう評価になっていたのか。
討伐後は、冬ということもあって依頼の数も少なくなっていたからギルドを訪れることも少なくなっていたし、訪れてもジロジロと見られているような雰囲気だったから遠慮していたんだよな。
そのせいで俺たちの評価について聞きそびれてしまっていた。
「済まないな。自己紹介が遅れた。俺はお前たちと同じBランク冒険者のフレディだ。とはいえ、全盛期はとっくに過ぎちまったし、お前たちほど規格外の力を持っているわけではないから期待するなよ」
「違いねぇ」
そう言って5人とも笑い出した。
新人が来るということで世話を焼かなければならず面倒くさそうにしていた彼らだが、やってきた新人が自分たちよりも強い相手だと知って安心しているようだ。
ただし、慢心させておくわけにはいかない。
「さっきフレディさんも言っていましたけど、俺たちは戦闘能力こそありますが冒険者になって1年にも満たない新人です。なので、護衛の経験ならみなさんの方が上だと思うので扱き使ってもらって結構ですよ」
「そうか」
実際にその通りである。
これまでにも護衛依頼を受けたことはあるが、隣町へ行く行商人の護衛など個人が相手であって馬車が5台もある団体の護衛はしたことがない。
「そういうことなら俺たちの指揮で護衛するってことでいいのか?」
「それでお願いします」
「で、気になっていたんだが……」
フレディさんの視線が俺たちの後ろへと向けられる。
そこには俺たちの家族である妹と母が3人ずつ手荷物を持って立っていた。温泉に行かないかとメリッサの家族であるガエリオさんたちを誘ったところ、ガエリオさんは店があるので行けないと断られ、ミッシェルさんとミレーヌさんだけが旅行に同行することになった。
「家族も連れて行っていいのか?」
「そういう風に誘われました」
「いいのか、それ?」
事情を知らない者から見たら家族まで旅行に連れて行ってくれて優遇されているようにしか見えない。
変な誤解を与えない為に問題ない範囲で事情を説明しておこう。
「実は、俺の母があなたたちのさっき言っていた勘当された三女なんです」
「なに!? ということは、お前はアーロンさんの孫になるのか」
「みたいですね」
とりあえず家族が同行することには納得してくれたみたいだ。
俺の家族としてではなく、前当主の家族として着いて行く。
「とりあえず護衛の方法だけど、俺たちが馬車の前。私兵が馬車の左右を固めて、お前たちが後方を警戒してもらうことになっている。道中は頼むぞ」
「はい。善処します」