第2話 嫁
いや、恍けるのは止めよう。
誰のことを言っているのか候補は分かる。
「シルビアたちとはそういう関係ではありませんよ」
「3人とも関係を持っているのにか?」
全員、ですか……。
しかも核心に至る何かを知っているような口ぶり。
「『紫の果実』という名前に聞き覚えはあるかな?」
「そんな宿屋の名前は知らないですね」
「はぁ~」
俺の答えを聞いて祖父が溜息を吐いていた。
「お前は色々とできるし、頭も切れる方だが交渉事とかは苦手みたいだな」
そういうのはメリッサの担当だ。
俺も自分の間違いに気付いた。
「そうです。その宿屋を利用したことがあります」
祖父からは名前しか聞かされていない。
しかし、俺は宿屋の名前だと答えてしまった。これでは、どのような場所なのか知っていると言っているようなものだ。
恥ずかしさから思わず両手で顔を覆ってしまう。
そして、宿屋での一件が知られていることでさらに恥ずかしくなる。
「君たちのことは初めて会った日から偵察が得意な冒険者を雇ってさらに詳しく調べさせた。君たちの強さに関する秘密でも得られればと思ったが、そっちに関しては分からなかった」
いくら物理的に調べたところで俺たちが迷宮主や迷宮眷属であることが分かるはずがない。
「だが、お前たちの私生活――紫の果実を利用していることが分かった」
「……はい」
「あの店がどういう店かは知っているかね?」
「宿屋、ですよ」
「それは間違いではない」
ただし、休憩目的に利用する男女の利用客の多い宿屋だ。
「報告によると最初はシルビアという少女と一緒に仲睦まじく入って行ったらしいじゃないか」
「あの時は、買い物に宿屋まで付き合わされただけなんです」
宿屋まで……。
最初は朝の内に夕食の材料でも買いに行くかのように軽い感じで買い物に付き合うように頼まれ、軽く返事をして付き合うことになった。しかし、シルビアに連れられて入った店が宿屋だと気付いた時には既に手遅れだった。
シルビアは食材の買い物で多くの店に顔を出し、メイドとして近所付き合いも欠かさないため独自のネットワークを持っていた。そこから『紫の果実』に関する情報を手に入れて俺を騙してまで連れ込んだ。
「で、問題はその翌日だ」
朝帰りしたシルビアの顔は艶々しており、代わりに俺はゲッソリとしていた。
疲れていた俺は、アイラから尋ねられたことに正直に答えてしまった。その後、疲れていた俺では抵抗することができずアイラに拘束されて紫の果実へと連れ込まれた。
「さらに、その3日後」
翌日帰った時にはメリッサから襲撃があるのかと思って警戒していたが、何事もなく過ぎ去った。
その安心感がいけなかった。
魔法で作り出した眠り薬を食後の紅茶に盛られて眠ってしまった。
気付いた時には2度も利用したことのあるベッドの上にいましたよ。
「全て、俺がいけないんです」
迷宮接続のせいで屋敷内のことが迷宮核に筒抜けになってしまった。
それで、しばらくそういうことは自重しようということになっていたのだが、最初にシルビアが我慢できずに行動を起こしてしまった。それにアイラとメリッサまで続いてしまったのが今の状態だ。
「ちょっと屋敷では事情があって……」
「やはり幼い妹がいる屋敷では気を遣うか……」
祖父が何か勘違いしているみたいだが、それもあながち間違いではないからいいか。
「私がそういった事実を知っているうえで確認させてほしいのだが、この後の行動も考えると彼女たちは納得したうえで君と何度も事に及んでいるわけだな」
「はい……」
これは2週目、3週目の件も知られているみたいだ。
「調査を任せた冒険者によればパーティメンバーであるシルビア、アイラ、メリッサの順番で代わる代わる『紫の果実』を訪れたとある。しかも、君が連れ込んでいるわけではなく、君が連れ込まれている立場みたいではないか。そして、彼女たちの順番は3周しても変わらないとのことだ」
以前に行われた本気の殺し合いで決められたローテーションを守っていた。
シルビアの順番の時にはアイラとメリッサは行動を起こさないし、逆にアイラとメリッサの順番の時にはシルビアが行動を起こさない。
彼女たちに順番について聞いたところ、
『私たちはあの時、全力で戦いました。なので、順番が気に入らないなどという理由で変更するつもりはありません』
『そう。ちょくちょく順番が変わっていたら面倒でしょ』
『1番のわたしが言っても説得力がないかもしれませんが、順番には納得しているんです』
いつの間にか3人の間で決められていたらしい。
ちなみに次に順番の変更が行われるのは1年後。もしくは4人目が加わった時とのことだ。加えないよ! これ以上増えたら俺がもたないよ!
「最初に冒険者から話を聞いた時には『複数の女性と同時に付き合うとは何事だ!』 と怒ったものだが、双方に浮気をしているつもりもなければ愛人のような遊びの関係でなければ問題ないだろう。しかも女性陣が順番を組んでローテーションを組んでいるということは、女性陣も納得済みということだ」
少なくとも俺に彼女たちを捨てるような意思はない。
まだ、俺の覚悟が決まっていないだけだ。
それに貴族や大商人の中には複数の女性を娶っている人や愛人を囲っている男性だっている。冒険者のような自由度の高い職業でハーレムパーティなら仲にはそういった人もいると聞いたことがある。
「それで、お前にとって彼女たちはどのような存在なんだ?」
最初の質問に戻るわけか。
ここまで知られているなら認めるしかないな。
「嫁、です……」
まあ、嫌っているわけではないどころか好意を抱いていることは確かだ。
シルビアは俺に色々と尽くしてくれる。
アイラと一緒にいれば対等な感じで気が休まる。
メリッサには俺が気付けないことや知らないことで世話になっている。
「というわけで孫、甥の嫁にウチの女性陣が会いたがっているんだよ」
「どういうことです?」
「ウチが女系家族だということは知っているか?」
「はい。母は3人姉妹の末女ですよね」
「そして、長女の子供3人と次女の子供2人も娘だ」
おう……。
自分に従姉が5人もいたことにも驚きだが、全員が女性ですか。
そうなると孫8人の中で男は俺と兄だけか。というか孫8人って、母たちは結構頑張ったんだな。
「あの子たちは生まれてきた子供が女の子だと知った瞬間落ち込んでいた。商会の後を継ぐ者としては、男の方がいいからな。とはいえ、2人に生まれてきた子供が全員女の子である以上、長女と同じように婿を取って跡を継がせるつもりでいる。お前たち2人もいるにはいるが……」
「俺と兄では無理でしょうね」
俺は冒険者として有名になり過ぎてしまった。それに商人としての知識もないので商会の後継者になれるとは思えない。
兄も騎士として数年働いているので商人への転職は難しい。
「そういうわけで女ばかりだと婿を迎えるか、娘を嫁がせることになるわけで嫁を迎え入れたことがない。そういうこともあって姑という立場に憧れているんだ」
パーティメンバーを連れて来てほしい理由は分かった。
つまり、旅行先でシルビアたちに会って少しでもいいから姑気分を味わいたい。
さすがにこれは相談せずに決めるわけにはいかない。
「個人的には依頼を受けてもいいと思うんですけど、理由が理由なので彼女たちと相談してからでもいいですか?」
「頼む。私の為にも依頼を引き受けて欲しい」
やり手の商会主として知られていた男性が俺に頭を下げてきた。
「え、どうしたんですか?」
「妻や娘から絶対に連れてくるようにと脅されているんだ」
脅されている!?
「どうしてそのようなことに?」
「君も結婚すれば妻や娘に男が敵うはずがないということが理解できるようになるはずだ」
祖父が遠くを見つめるような目をしながら言った。
え、こんな人が本当に野心に溢れていた商会の当主だった人なの?
「たしかに外での私の評価はやり手の商会主だったかもしれないが、家庭内でのヒエラルキーなど最下位だよ。ミレーヌが出て行った時に妻からどれだけボコボコにされたか……」
昔を思い出した祖父の顔に当主としての威厳は全くなかった。
「とにかく、どうにかして受けてくれ」
「……分かりました」
俺にはそれぐらいしか言えない。