第20話 祖父
執事に連れられてやって来たのは客をもてなす為の一室だ。
中に入ると長いテーブルがあり、奥には暖炉が備え付けられていた。そして、上座に白髪の老人が座っていた。
「アーロン様、件の冒険者をお連れしました」
「通してくれ」
低い声が響き渡る。
執事に促されて俺と母、クリスが前当主の左側に、シルビアたちが右側の椅子に座った。
祖父は部屋に入って来た人物――特に母を睨み付けるように見ていた。
「私はシルバーファングを討伐した冒険者を招待したはずなのだが、なぜお前がここにいる?」
「自分の息子が心配で付いて来た。それではダメかしら?」
「なに……?」
祖父――アーロンさんが俺のことを見てくる。
というかこの2人は過去に色々とあったとはいえ、仲が悪そうだ。
「初めまして。アリスターで冒険者をしているマルスと言います。ランクはBランクです」
「君たちパーティの情報は既に知っている」
さすがは商会の主だ。俺たちについて色々と事前に調べていたらしい。
「だが、さすがに冒険者の母親についてまでは調べていなかった」
調べていれば相手が自分の孫だということが分かったはずだ。
「本当にお前は、私の孫なのか?」
「そうね。血縁上ではその通りよ」
「勘当した娘の息子だ。あまり関係はなさそうだな」
アリスターに戻って来た母のことも快く迎え入れてはいなかった。
俺のことも孫だからと言って簡単に受け入れるわけにはいかないのだろう。
「あの、初めまして……」
それまで黙っていたクリスが祖父に話しかける。
クリスにとっては祖父との初めての対面だ。
「パーティメンバーについては知っている。リーダーのお前と同年代の少女が仲間だと聞いておる。ということは……」
「ええ、私の3人目の子供よ」
知らなかった孫の登場に祖父は驚いていた。
「クリス、と言います」
「私にそのように名乗る資格があるのか分からないが、私がお前たちの祖父だ。まさか、私にまだ孫が2人もいたとは……」
「あ、あともう1人いるけど、仕事があって来れなかったわ」
あっさりと告げられた事実に祖父は言葉をなくしていたが、
「そうか……」
どうにか一言だけ絞り出すようにした。
長い沈黙が訪れる。
俺としては冒険者として色々と挨拶をしておきたいところなのだが、母と祖父の間にある微妙な空気のせいで話し掛け辛い。母にしても色々とあったせいで自分から話を切り出し辛く、それ以上に祖父の方が切り出し辛い。もっと居心地が悪いのは無関係なシルビアたちだろう。
だから、ここで話を切り出すのはクリスだ。
「あの、母と仲良くしてくれませんか?」
「仲良くとは?」
「わたしには過去に何があったのか、どうすれば良かったのか難しいことは分かりません。けど、血の繋がった娘なら温かく迎えてあげるべきではないですか?」
クリスの言葉に祖父は頬を恥ずかしそうに掻いていた。
なぜ?
「私は若かった頃は金を稼ぐことにしか興味がなかった。それは、子供ができても変わらなかった。子供を使って縁を作り、商会を大きくする道具程度にしか考えていなかった。だから、ミレーヌが出て行った時に怒って勘当した。だが、私も齢を取ってしまったのか最初に生まれた孫が懐いて来る姿を見るとそれまでのことがどうでもよくなってしまった」
「……そうらしいわね」
母は商会の従業員からそれとなく話を聞いていた。
野心に溢れた当主が孫と遊んでいる間だけはただのお爺さんにしか見えなかったという話だ。最初は娘として信じられなかったが、他の従業員からも話を聞いて事実だと判断した。
「それで、今さらな話だとは思うが仲直りをさせてくれんか?」
「勘当した話の方はいいの?」
母は貴族との結婚を蹴って父と結婚した。
その後、縁談を進めていただけの相手方との関係は悪化したはずだ。今は色々と手を回して許してもらったのだろうが、縁談を破談にした事実は今でも変わっていない。
「もちろん相手方との関係を思えば、私がどのように思っていても娘との復縁は許されるようなものではないだろう」
「だったら……!」
「だが、それが街で有名な冒険者の母親なら話は別だ」
つまり、懇意にしている冒険者が偶然にも自分の孫で、たまたま母親が自分の娘だった。
言い訳としては苦しいところがではあるが、その辺の処理は祖父に任せることにしよう。
「私は冒険者としては活動して1年にも満たない駆け出しの冒険者です。さすがにそんな身分で大きな商会と専属契約を結ぶのは難しいでしょう」
専属契約――貴族や商会主が特定の冒険者との間に契約を結び、契約金を払い続けることによって自分たちの依頼を優先してもらったり、長期の依頼による拘束を可能にしたりする契約のことだ。
もっぱら冒険者として長く活動しており、実績がある冒険者に対して長期の護衛依頼を頼む時などに用いられる。
「シルバーファングを倒せるだけの実力を持った冒険者が駆け出し、か……」
何か面白かったのか祖父が笑い出した。
「すまない。馬鹿にしたわけではなく、そのような男がいるのだと思うと可笑しくなってしまっただけだ。そして、そんな男が私の孫から現れるとは思いもしなかった。シルバーファングの討伐は、まさしく偉業だよ」
それは分かるんだけど、シルバーファングと戦った動機の1つは美味しい虎肉を食べたかったって世俗な理由で崇高なものではないんだよな。
「実力やこれまでの偉業は関係ありません。私たちには様々な経験が圧倒的に不足しています。だからこそ専属契約を結ぶにしても私たちがもっと多くの経験を積んでからの方がいいでしょう。ですが、個人的にアルケイン商会と親交を深めておくぐらいなら問題ないと判断します」
「そうか」
祖父がニヤリと笑みを浮かべる。
「そういう風にお前の息子は言っているが、どうする?」
「……分かりました。過去のことは水に流さずに冒険者マルスの母親としてアルケイン商会とは仲良くさせてもらいます」
「何を言っておる。今では従業員として働いている身ではないか」
「そうですね」
実家に頼るのが一番だったと頭では分かっていても心では拒否したかったのだろう。
ここは俺が助け舟を出すしかないな。
「母にも色々と便宜を図ってくれたようで感謝しています」
「私にはそれぐらいのことしかできなかった。あくまでも子供を持つ困っている母親に働ける場所を提供する。それだけだ」
ただ、子供の詳しい情報までは調べていなかった。
俺と母のことについて調べていたが、2つの情報を結び付けるまでには至らなかったみたいだ。
「さて、話が長くなってしまったが、私はシルバーファングのような希少な魔物の素材を提供してくれた冒険者にお礼として昼食をご馳走したかっただけなんだ。孫との初めての会食になってしまったわけだが」
タイミングを見計らっていたのか客室に入って来たメイドさんが次々と料理を置いて行く。
さすがは商会主だった人のおもてなしと言うべきか出された肉は全て期間限定で美味とされるスノウシリーズの魔物だ。しかも出された料理の中には縁がなくて狩ることができなかった馬肉のハムや燻製にした物まである。
「さ、食べてくれ」
祖父に言われ、俺たちも食事に手を付ける。
シルビアが俺の為に作ってくれた料理もそれはそれでよかったが、商会主の屋敷ということで最高レベルの調理技術を持ったシェフが調理した料理は最高に美味しかった。
料理を食べていたシルビアは味を覚えて自分でも作れるようになるつもりなのか真剣な表情で食べていた。
アイラは、見ず知らずの商会の屋敷で食べる食事ということで緊張しているのか手を震わせながら食べていた。
一方、王都にいた頃に商談などで商会主と話し慣れているメリッサは祖父と色々話しながら食事をしていた。
今回の狩りだが、狩猟訓練に励んだり予定外の肉が手に入ったり色々あったが、母と祖父を仲直りさせられただけでも大成功だと思う。