第29話 火竜への信仰と巫女
街を歩く。
魔法があるおかげで仮の建物ならあっという間に造られていた。
「随分と物々しいな」
大通りを歩いているだけ何人もの冒険者と遭遇した。
どうやら彼らから尊敬の念を抱かれているようで姿を見つけられる度に感謝の念を送られていた。
サンドワームの襲撃があった際、冒険者たちは奮闘していたものの彼らだけなら街は壊滅していた。そんな状況を救ったのだから尊敬されてもおかしくない。
「さっきも言ったように上層部連中は魔物の襲撃を恐れているんだよ」
街を守る結界は、あくまでも魔物が寄り付かないようにしているだけ。
無意識のうちに結界へ接近するのを嫌うようになっているが、その嫌悪感を無視すれば街に侵入することもできる。
今回はペレによって狂わされていたため嫌悪感を覚えることもなく街への侵入を果たすことができた。ペレが力を失った今は恐れる必要などないのだが、ペレの存在を知らない者たちは怯えるしかなかった。
「それでも逆に街の人たちは怯えてないみたいね」
アイラが言うように笑顔でいる民衆は多かった。とても魔物の襲撃に怯えているようには思えない。
「あの時の精神魔法が効いているみたいだ。自分たちは火竜が守ってくれているから大丈夫。もちろん頼り切るのではなく、自分たちの力で復興させて街の未来を手に入れる」
レドラスの存在は人々の支えとなっていた。
そんなレドラスが今はどうしているのか、というと……
「よう、お前ら」
大通りの向かう先から人間形態のレドラスが串焼きを手にしながら歩いていた。
「何をしていたんだ?」
「もちろん仕事をしていたんだよ。力はあるから重い資材をあちこちに運んで、朝から疲れたわ」
街の復興が必要とされているため依頼さえあれば何でも引き受けてくれる冒険者の需要は高まっていた。
そんな状況でレドラスは正体を隠して復興の手伝いをしていた。
「今日は一人か?」
「いや、さっきまで一緒にいたはずなんだけど……」
レドラスが後ろを振り向く。はるか遠くに見知った女性がいた。
「げっ」
女性はレドラスの傍に俺たちがいることに気付くと、逃げようと踵を返す。
しかし、頭をレドラスに掴まれて前へ進むことができなくなる。
「どこへ行くつもりだ、ペレ」
そこにいたのは女神ペレ。
……その残滓と言っていい存在だった。
「あいつらと関わるつもりはないのよ」
消えたくない、と願っていたペレ。
一度は崩壊したはずの彼女だったが、今はレドラスの隣にいた。
「まさか、こんな形になるとは思わなかったな」
「信仰されることでレドラスが新たな力を得るとは思っていました」
ちょうど崩れた建物の残骸を片付けてできた広場で子供たちを相手に紙芝居を披露している芸人の姿が見えた。
彼が読み聞かせているのは、火竜の伝説。
何百年も火山の噴火を抑えていた火竜だったが、忽然と姿を消してしまった。いなくなった理由は人々が火竜の存在を疎ましく思ってしまったから。
傲慢な人間は火竜を排除して火山の恩恵をもっと得るつもりだった。実際、火山の開発計画はあったようで、レドラスがいなくなったのを機に計画を進めようとしていた。
そうして火竜がいなくなってしばらく経った頃、火山の噴火が起こり、魔物たちも暴走するようになってしまった。
人々は成す術も蹂躙されるだけだったが、そんな時に火竜が助っ人を連れて助けに来てくれた。
その助っ人というのが6人の冒険者。
さらに火竜の『巫女』と認められた魔法使いの女性だった。
火竜の『巫女』は魔法で火山の地形を変え、祈りを捧げることで何時間も続くはずだった火山を鎮めることに成功した。
「俺たちの存在は隠した。けど、それがどうしてこういう形になるんだ?」
「あの時、街には吟遊詩人もいました。火山の様子を見ていて面白おかしくしたことで、こういう形に落ち着いたようです」
街にいた酔っ払いと交流を持ったメリッサが聞いた話では、あの日の翌日の夜にはそういった話ができてしまっていたらしい。
しかも魔女の名前は――ペレ。
どこかでペレの存在が漏れてしまったらしく、噴火を起こした犯人ではなく鎮めた『巫女』として伝わっていた。
「その勘違いがこういう風になるんだから不思議」
イリスが復活したペレの体を観察する。
以前のような【狂熱】や炎の権能は失ってしまい、地形の変化を得意とする魔法使いとして人間と変わらない肉体でいた。
「これじゃあティシュアと変わらないじゃない」
今のティシュア様を毛嫌いしていたペレ。
人々には目の前にいるペレが『巫女』だと知られていないようだけど、人間と交わって生きていかなければならない状況に不満を持っていた。
『今こうしていられるだけでも感謝しなさい』
「……分かっているわよ」
ノエルの体を借りたティシュア様の言葉に渋々ながら同意する。
「そっちはいいのよ。わたしが気に入らないのは、あのババァよ」
「あら、随分と余裕そうね」
「ひぃ……!!」
忽然と姿を現したのは人間形態のツァリス。
こちらの様子は俺たちが見聞きした情報。さらにレドラスが得た情報からも把握していた。
「それだけ余裕なら、もっと厳しく教えてもいいわね」
「そ、それだけは勘弁を……」
「何を言っているの? まだ噴火した火山の溶岩を受け止められるほど強固な壁を造れるようになっていないでしょ」
魔女として復活した際に復興を手伝える程度の魔法を授かったペレ。しかし、火山の噴火をどうにかできるほどの力はなかった。
そこでツァリスがペレの教師役を買って出ていた。
「い、嫌だ! せっかく休憩がもらえたのに調教されたくない!」
「レドラスが近くにいるおかげで【空間転移】はできるけど、迷宮の外に居続けると魔力を無駄に消費するんだから時間は無駄にできないんだよ」
「壊したのはあんたなんだから、直すところまで責任を持ちな。直す能力がないならしっかりと教えてあげるから、頑張って身に付けるんだね」
「……っ!」
涙目になりながらどこかへ引きずられていくペレ。
「た、助けてレドラス」
「無理だ。オレは母ちゃんに勝てない」
「そうだね。あんたが何をしているのかは手に取るように分かるよ」
精神魔法を利用して信仰の対象に祀り上げた影響なのかツァリスとレドラスの間に強固な繋がりができていた。ただし、魔法が得意でないレドラスにとって利用する術のない繋がり。おかげでツァリスが一方的に利用することになっていた。
その繋がりを【迷宮同調】で利用することで遠距離の転移を可能にしていた。
「街の入口にある看板みたいに人々を守る存在に1日でも早くなるんだね」
火竜と『巫女』。
そんなタイトルが付けられた絵が街の入口付近の外壁に描かれており、訪れた多くの人々に火竜の伝説が伝えられていた。
信仰の対象になるのはいい、と思っていたレドラス。ところがドラゴン形態の自身の絵に向かって祈りを捧げられている光景を見てしまうと、どうしても恥ずかしさを堪えられなかった。
さらに誰が造ったのか分からない銅像まである。
精巧に造られており、片手間での作業とは思えず頭を抱えていた。
「そんな物を用意するぐらいなら復興の手伝いをしてくれよ」
「バカだね。そういうのがあるから心の拠り所になれるんだよ。あんたの本来の役割は、力で復興の手伝いをすることじゃなくて人々の心の拠り所になることだよ」
自身で決断して受け入れたレドラスは仕方なく恥ずかしさを堪えることにした。
「早く帰ってこいよ」
「あ、そうだ」
引きずられているペレが救いを求めていた。
「いい情報を渡すからレッスンを甘くするように言ってくれない?」
「いい情報?」
「ゼオンに味方している神はわたしだけじゃない。力があって味方しようとしている連中は、あいつの指示でヤバいことをしている。何をしているのか知っているけど、さすがにこれ以上のことは神として教えられないわ」
これで第47章がラストです。
世界を思い通りにしようとする者が現れたため、世界を構成する根幹の一つであるはずの神も自分勝手に動くようになってしまった。
最終的には生きていますが、神の力をほとんど失い、見下していたはずのレドラスの元で生きていくことになります。さらにツァリスの厳しい教育を受けるので、元神としては惨めな生を送ることとなります。
次章は『神隠し』編。
最後のペレの言葉から予想できると思いますが、ゼオン側についた神々の企みに対抗することになります。




