第28話 女神の手土産
ここでの戦闘が始まった際、ペレは「あんたたちの首を手土産にする」と言っていた。
一体、誰に渡すつもりだったのか。
そもそも信仰から神となったのに土地神になって魔力を得ようとするのが不可解と言っていい。
今回のように失敗した時には必要以上のリスクを負うことになる。
たしかに膨大な量の魔力を得られる。ペレのように信仰の弱くなった神なら縋りたい気持ちがあったのかもしれない……そう考えていた。
だが、ペレに譲り渡す相手がいるなら……女神が譲り渡すような相手など限られている。というよりも一人しかいない。
「ゼオンと繋がっているんだろ」
「いいや」
「惚けても無駄……」
「いや、本当に今回の件とゼオンは関係ない。あいつに認めてもらう為に手土産としてわたしが勝手にやったことだから」
ゼオンはどこかの迷宮の拡張を行っているはずだ。100階まで到達するつもりなら相当な魔力が必要で、短期間で集める為には大きな事件を起こして大量の魔力を生み出して掠め取る必要がある。
だが、そんな大事件を起こせば俺たちの耳にも入ってしまう。それが分かっているから現在地の特定に苦労させられていた。
ペレのように不用意な真似はしないはずだ。
「あいつに認めてもらってどうするつもりだったんだ?」
「……本当に何も知らないのか。あいつが作ろうとしている世界は、これまでの世界を模倣していながらも全く新しい世界だ」
その世界にも過去にあった信仰は存在する。そうして信仰から神が生み出されることとなる。
そう、新しい世界には新たな神が存在することとなる。
「新たな世界が作られれば古い世界は衰退するのみ。元から衰弱していたわたしは遠くない内に消滅することになる……そんなの受け入れられるわけがなかった」
ゼオンの計画を知った一部の神が選択したのは、ゼオンが作る新たな世界に自分たちも足を踏み入れるというものだった。
作られるはずだった新たな神に成り代わる。
ゼオンが作ろうとしている時代から存在している神々なら問題なく成り代わることができるはずだった。
ただし、その為に絶対必要なのがゼオンの協力。
彼の協力なしに新たな世界の神となることはできない。
「その為の魔力か」
今ならゼオンが魔力を必要としている。
交渉材料としてこれ以上のものはない。
「でも、交渉で会ったことぐらいあるんだろ」
「……会ったことはない。全部、代理がやっていた」
神と交渉ができる代理など、他の神か『巫女』ぐらいしかいない。
味方する神と『巫女』のどちらもゼオン陣営にある。
『貴女には神としての矜持はないの?』
ノエルの体を借りたティシュア様。
どうしても割り込まずにはいられなかった。
『神は基本的に現世の在り方に干渉してはならない。干渉するとしても定められた形でなければならない。貴女は絶対のルールを破ってまで土地神となって大量の魔力を得ようとした……何故?』
「何故? あなたのように出来事をあるがまま受け入れた人には分からないかもしれないけど、わたしたちは消滅なんかしたくなかったの」
少しでも信仰を取り戻そうとしたり、可能な範囲で便宜を図ろうとしたりした時もあった。
ところが、そんなことをしても上手くいかないのが神だ。
全能に思える力を持っていたとしても不便を強いられていた。
「あなたこそ現状で満足?」
子供たちの面倒を見る。
神としての力も大部分を失い、祖母のように穏やかな余生を送る。
『はい。私には満足な状況よ』
「たった数人の人間が存在を覚えてくれているだけでいい。そんな状況を受け入れられるかどうか。あなたたちとわたしの違いはそこよ」
決して交わることのない二人の立場。
「さて、そろそろ時間みたいね」
炭がボロボロと崩れていくようにペレの肉体も崩壊を始めていた。
俺が止めを差す必要など崩壊を止める術はなかった。
「そこの奥にいる奴に忠告だけしてあげる」
「……オレ?」
溶岩の海から脱出したレドラス。さすがに溶岩の中で爆発を起こし、その中にいたせいで無傷とはいかなかったらしく体のあちこちに傷ができていた。とくに翼の一部には穴が開いていて見ているだけで痛ましかった。
それでもいずれは修復される傷だった。
「神になったなら覚悟しなさい」
「覚悟?」
「そう。この土地に縛られることになるし、これまでのように自由に出歩くことができなくなる。なにより人から祀られる状況を受け入れるしかない。ま、それもわたしよりマシな方だけどね」
そこにいるだけで火山の噴火が抑えられる。今度は明確な因果関係を持って祈られることとなる。
ペレの場合、祈られると前向きになった陽気な気持ちが送られ、同時に捨てられるはずだった火山への恐怖心も送られていた。憎しみにも似た恐怖は、時にはペレの心を蝕んでいた。
信仰する者が減ったことで負担が減ったのはペレにとって少ない幸運だった。
「少しは身なりにも気を付けた方がいい。少しでも弱い姿勢を見せただけで信仰はあっという間に傾くことになる。わたしが手にするはずだった火山を完全に手にしたなら、負けるなんて許さないよ」
ペレの肉体が完全に崩壊した。
☆ ☆ ☆
10日後。
俺たちは再びアルハンドに呼ばれてマウリア島を訪れていた。それというのも今回の報酬が未精算だったためだ。噴火は抑えることができたが、魔物による被害を受けたため騒がしく、改めて訪問することになっていた。
普通なら再び訪れるのにも時間が掛かるため街に滞在しているが、最低限のアリバイだけ準備して屋敷で休憩していた。
「いやぁ、今回は本当に助かった」
アルハンドが迎えてくれたが、場所は冒険者ギルドの前。執務室を使えないのには理由がある。
「先にギルドマスターの部屋から直した方がいいんじゃないか」
冒険者ギルドの建物はサンドワームの襲撃によって壊れており、どうにか1階部分が残っているだけだった。おかげでアルハンドたち職員の事務仕事は無事だった建物を借りて行っていた。
建物の1階には多くの冒険者が今日もいて賑わっている。
「今は現役の冒険者の方が貴重なんだ。他の場所でもできる仕事なら後回しにしているだけだ」
マウリアで生活する人々が今も恐れているのは、魔物の襲撃が再びあること。
一応、俺たちは結界があるからそんなことは起こらない、と分かっているけど一般人には分かるはずもない。
「今回の襲撃は女神が関与してから起こってしまった。けど、女神の存在を公表するわけにいかないからそういうわけにはいかない」
あくまでも自然災害による噴火。さらに、その影響を受けたことで魔物が活性化してしまった、ということで落ち着かせてもらった。
神が自己の目的の為に人間を犠牲にしてもいいと思っていた。
そんな事実を知らせる必要はない。
知っているのは責任者であるアルハンドぐらいだ。
「領主様にはその辺りを詳しく説明しておいた。おかげで気持ちばかりだけど報酬を上乗せしてくれた」
アルハンドが収納リングから大きな箱を地面に出現させる。中を確認すると金貨や宝石の類がギッシリと詰まっていた。
今回は報酬に期待していなかった。本来なら領主が依頼人となって率先的に動いて責任者であってもおかしくない。だが、マウリアの領主は関わりたくなかったのかアルハンドを責任者に指名していた。
どうやら報酬を支払うぐらいの責任感はあったらしい。
「これは街にいた全員の気持ちだ」
サンドワームを倒した時に堂々と姿を晒した。
きちんと貢献すれば報酬が支払われる。そういった姿勢を見せる為にギルドの前で待ち合わせがされていた。
「少し、歩かないか?」
☆コミカライズ情報☆
7月23日(土)
異世界コレクターのコミカライズ第2巻が発売されました。




