第27話 VS狂熱の女神―後―
痛烈なまでの尻尾による一撃を受けたレドラスが地面に倒れる。
ドラゴンが地面に背をつけるという状況に誰もが動きを止めてしまう。
「……かっこわる」
近くにいたイリスの呟きが聞こえる。
「かっこわるい、だとっ!?」
起き上がったレドラスが憤る。
その言葉はドラゴンにとって最大限の侮辱にも等しい。
「正気に戻ったかい」
「……あ?」
頭上を飛んでいるツァリスを見上げるレドラス。
久しぶりに見る母親の本当の姿を見て心がクリアになっていく。
「かあちゃん……ああ、何があったのか覚えていないけど、だいたいのところは予想できるさ」
「なら、いいんだよ」
飛んでいるツァリスの周囲にいくつもの魔法陣が浮かぶ。
準備が完了したところで視線が俺に向ける。
「やれ。主である俺が許可する」
「助かるね」
魔法陣から放たれた土の塊が魔物を圧し潰し、電撃が貫いていく。
ツァリスが周囲から迫る魔物を引き受けてくれたおかげでメリッサが自由に動けるようになった。
「二人とも、離れてください」
メリッサの魔力が地面に流され、ペレの周囲にある地面が棘のように変形して隆起すると全身をあらゆる方向から貫く。
それでも肉体を変化させて棘から脱出する。
「こんな攻撃をいつまで続けたって意味ないでしょ。さすがに、わたしも諦めないといけないみたいだから退散させて……」
「逃がすわけないだろ!」
ハッと振り向く。
解放されたはずなのだが、ペレの中で『レドラスは味方になった』という意識が少しだけ残っていた。そのためレドラスの位置の把握を怠った。メリッサの魔法は自身に注意を向ける為のものだった。
「テメェのせいで、こんな齢になって母ちゃんに怒られただろ!!」
振り抜かれた尻尾がペレに叩きつけられた。
自分がツァリスからされたようにペレにも同様の攻撃をする。
「ッッッッッッッ!!」
苦悶の表情をしながらも耐えようとしたペレだったが、耐え切れずに吹き飛ばされて壁に叩きつけられてしまう。
遠目に見えるペレの姿は、血を流しながら立ち上がるのが精一杯だった。
「血……?」
しかし、その姿は違和感を抱かせるのに十分だった。
これまで斬ったり、貫かれたりしていたが攻撃を受けた部分が炎になっていて人の姿をしているというのに血は一切流していなかった。そっちの方が人と同じ姿をしているのだから異常だが、神としては血を流している方が異常だった。
何故かレドラスの攻撃だけは炎になって回避することができなかった。
「……! ノエル、あそこだ!」
俺が何か言わなくてもノエルも気づいた。
巣の縁に立って溶岩の海を覗き込む。視線をあちこちに移動させ、目的の物を見つけた。
「あった!」
溶岩に浮かぶ紅い宝石。
最初に溶岩の海から弾き出された時は全員の意識を逸らすため偽物を飛ばし、肉体を構成する光景をゆっくりと見せつけることで本物であるかのように錯覚させていた。
本物は最初から溶岩の海にいたままだった。
「チッ」
舌打ちと共に戦っていたペレの姿が消える。
自らの生存の為にこれまでの苦労を投げ捨てるつもりだ。
「土地に関するあらゆる権限を捨てれば縛りからも解放されるだろう。それでもペレにダメージがないわけじゃない」
しばらくは動けないだけのダメージがある。
それではペレの目的を叶えられないどころか最悪の結果を招くことになりかねない。
僅かな可能性に賭けた逃走。このまま消えてしまうよりはいい、なんて考えた結果だろう。
「あ、逃げる!」
溶岩の上に浮かんでいた宝石が跡形もなく消える。
戦闘の間もずっと準備をしていたのだろう。ペレとしては自身の権能【狂熱】で俺たちの精神まで狂わせられれば満足だったのだろうが、失敗してしまった時点で逃げるしか選択は残されていなかった。
「その決断には遅すぎるんだよ」
「でも、どうやって倒すの?」
見えていた核が消えてしまった。
「それも問題ない。さっきレドラスが攻撃した時、ペレはどうやっても攻撃を無効化することができなかったんだ」
そもそも炎で作られている体。
神気で分身体を通して本体まで攻撃してダメージを与えるしかなかった。だが、それ以上のダメージを与えることがレドラスの攻撃ではできた。あまりに大きすぎるダメージだったため分身体にも致命的なダメージが現れた。
俺たちとレドラスの違い。
人間や魔物、迷宮主であることは関係ない。
「レドラス!!」
「な、なんだよ」
「もう一度、溶岩の海に突っ込め」
「……へ?」
再びレドラスの背後まで移動すると尻尾を掴んだまま飛んで、溶岩の海に向かって思い切りぶん投げる。
2回目ということもあって冷静であろうとしたレドラスが溶岩の中に落ちる。
「ブレスだ」
レドラスの驚愕した感情が伝わってくる。
「最大出力でブレスを放て。お前の攻撃だけはペレに致命傷を与えることができるんだ」
肝心な事を忘れていた。
ペレは不完全な土地神となっており、火山を間借りしていただけのレドラスは名実ともに完全な土地神となった。
レドラスはペレよりも上位の存在となった。
「けど、さっきは……」
「今度は確実に倒せる。俺が手助けしてやる」
耐えられる範囲でレドラスのステータスを魔法で上げる。
「あいつが本当の意味で恐れていたのは、火山を支配していたお前の方だ。あんな奴を恐れる必要なんてない。お前のトラウマを払拭する為にも全力で放て」
正確な位置は分からない。それでも、どこかにいるのは間違いないためレドラスの攻撃を確実に当てられるブレスが必要だった。
口を大きく開けたレドラス。
魔力の砲撃が口から放たれ、溶岩を吹き飛ばす。
火山の奥深くで高密度のエネルギーを放てばどうなるのか?
先ほども懸念したように火山の噴火が人為的に引き起こされ、火山内部で溶岩が荒れ狂っていた。
「【要塞壁】」
「【迷宮操作】」
「【世界】」
魔法とスキルによって火山内部の壁が補強され、噴火を抑えこむ。
これ以上の噴火を見せてしまうと街にいる人々を不安にさせてしまう。
「神っていうのは不思議なもんだよな」
巣の中心へ歩く。
この巣は土地神となったレドラスが何百年もいた場所で、ある意味においてはマウリア火山の中心となっていた。
だからこそ基点となった。
「レドラスの攻撃は俺たちと比べたら圧倒的に弱い。それでも立場次第でこんなに違ってくるんだから」
何もなかったはずの場所に現れたのは全身が焼け焦げたペレだった。
少し前までの美しい姿は残されておらず、炭のような姿だった。
「聞きたいことがある」
「ぐふっ」
神剣をペレの胸に突き刺すと血とは違う煙のような物を口から吐き出した。
「今、ゼオンはどこで何をしている?」
☆コミカライズ情報☆
7月23日(土)
異世界コレクターのコミカライズ第2巻が発売されました。




