第20話 狂熱
魔物を攻撃する。
その行動自体におかしなところはないが、行動を起こした人々の表情が異様だった。
血走った目、血が出るほど歯を強く噛み締めている。
「ぐはっ!」
「邪魔だ!」
「なに、しやがる!」
巨大とはいえ、たった1体の魔物を何百、何千人という数で攻撃すればぶつかってしまうこともある。
むしろ数が増えると、あちこちで互いの武器をぶつけ合っていた。
そうなれば今度は人間同士の戦いが始まる。
「どういうことなんだよ……」
どうすればいいのか分からず途方に暮れるしかない。
原因が分からないものの、誰による仕業なのかは判明している。
「くぅ……」
近くでは歯を強く噛み締めたせいで口から血を流し、膝をつきそうになっているアルハンドがいる。
「大丈夫か?」
「あなたたちはなんともないのか」
「……?」
調子を悪くしているのはノエルだけで他は何も異常を感じていなかった。
「強い精神系の薬でも嗅がされたような気分だ。昔、どこかのトラップでやられて錯乱した時に似ている」
「ああ」
ウチの迷宮にも似たようなトラップがある。
狭い通路を歩いている時にトラップを作動させるスイッチがある場所を踏むと毒ガスが噴射されて錯乱する。ガスを嗅いでしまった者は様々な状態異常を起こし、中には目の前で暴れている彼らのようになってしまう者もいる。
ただ錯乱しているだけ。
そう言われれば納得できる。
「まさか、あなたも毒に?」
「これでも冒険者ギルドのマスターだ。状態異常を防いでくれる魔法道具、それに斥候をやっていたんだから毒には慣れている」
それでも抗い難い誘惑があった。
「魔物に毒が仕込まれていて、解体した時に血が流れたせいで毒が拡散したんだろう」
影響を受けているアルハンドには、巨大百足が血を流せば流すほど影響が強くなっているように感じていた。
血と毒。
両者は決して無関係ではない。
「そう、じゃない」
だがノエルの考えは違った。
「これは毒じゃなくて神気の影響」
「神気って、ペテのか?」
「そう」
ペテは噴火の被害を受けた人々が辛い現実から逃げたことで生み出された神。
目の前に広がる光景に繋がっているようには思えなかった。
「辛いことがあって落ち込んでいる人が目の前にいた時、どうする?」
「……励ます?」
「宥める」
「応援する」
俺、シルビア、アイラの答えにノエルが首を振る。
彼女が満足いく答えは得られなかった。
「前向きにさせる。それがペテの能力みたい」
ペテに関する情報はティシュア様から教えられていた。
けれど、前向きにさせる。
「人は嫌なことがあっても未来を向いて、前進する必要がある。俯いている人がいたなら前を向かせる。その為に手段なんて選ばない」
巨大な魔物によって破壊された街。
俯いていた人々を強制的にでも前へ向かせようとした結果、奮い立つこととなった。
「元凶に憎しみをぶつけて嫌な事なんて忘れさせる。けど、街の崩壊を忘れるほど攻撃的になるには……」
「すごく憎しみを強くさせる必要がある」
今の彼らは憎しみだけが肥大しているような状態。
さらに原因すら忘れてしまうほど『憎しみ』だけが増大された結果、近くにいる者にも敵意を向けるようになる。
「これがペテの能力を悪用させた結果みたい」
本来は少しだけ前向きにさせる能力。しかし、限界以上に前へ向いた人間は倒れてしまい、それでも前を向き続けたことで地面に体を打ち付けてしまう。
そのせいで自身の体が傷つくことになろうとも構うことなく進み続ける。
「どうするべきかな?」
悩んでいると近くにいたアルハンドが飛び掛かって来る。横を見ることもなく蹴り飛ばすと、打ち付けた背中を押さえながら立ち上がる。
立ち上がったアルハンドが襲い掛かってくることはなく、どうにか正気を取り戻していた。
「あれは参考にならないな」
元から精神系攻撃に対して耐性のあったアルハンドだったからショックを与えたことで正気を取り戻していた。
他の者に同じことをしたところで正気になれる保証はない。
「いつもなら敵対した人間には容赦しないのに、今日は襲い掛かって来た相手にも手加減してあげているのね」
「俺だって必要ないから容赦していないだけだ」
もう一つ、気絶するまでボコボコにするという方法も考えた。
けど、それをするには時間が足りない。どれだけ強かったとしても元に戻さなければならない人が何万人もいたのでは、時間がどれだけあったとしても足りない。やるなら生きている人間を全滅させる必要がある。
血走った眼をした女性が、包丁を構えたまま突っ込んでくる。上から手首を叩いて包丁を落とすものの、女性の目から憎しみが消えることはない。むしろ今までよりも強い憎しみを込めて手を伸ばしてくる。
「寝ていろ」
額に手を当てて魔法で眠らせる。
感情を爆発させられているだけで強制的に眠らせてしまえばどうにもならない。この方法なら簡単に無力化することができる。
「いや、対人じゃ時間が掛かりすぎる」
シルビアやアイラも効果的な方法が思いつかず手を出せなくなっている。
「4人とも無事ですか?」
「なにやっているんだか……」
ようやくメリッサとイリスの二人が合流した。二人とも大きな怪我はなく、人混みを避けるべく建物の上を移動して来ており、着地した時にこちらへ来ようとしていた人を踏み付けにしていた。
二人とも状況は理解している。
魔法で放たれた冷気がこちらへ来ようとしていた人たちの足を固めてしまう。普通の人にそんなことをすれば足が凍傷で使い物にならなくなってしまう。凍らされてしまった人の足は心配だが、画期的な解決方法が思いつくまでは足止めしておくしかない。
「困っているようだね」
今度はツァリスとレドラスが飛び降りてくる。
着地と同時に大きな音が響き渡り、暴れていた人たちの意識を集めてしまう。
「シルビアとアイラ、それからイリスも一緒に誰も近付けないようにしろ。なるべく致命傷は負わせるなよ」
3人が蹴る、殴るといった物理的な方法で近付いて来ようとする人々を遠くの方へと吹き飛ばす。
手加減しているおかげで致命傷にはならないが、骨折ぐらいはしているかもしれない。
「何か方法があるのか?」
「あるよ」
自信があるらしくツァリスが笑みを浮かべる。
「精神に干渉してきたなら、こっちも魔法で精神に干渉するまでだよ」
魔法にも精神に干渉できるものはある。ただし、街一つを覆うことはできず、暗示を掛けて思考を誘導するのが精一杯だ。ツァリスほどの魔法使いが行使すれば効果があるのかもしれないが、神の精神誘導に敵うとは思えない。
「ワタシだって街にいる全員に精神魔法をかけるなんて不可能だよ」
「じゃあ、どうするんだよ」
「方法はあるよ。その代わり、レドラスに協力してもらう必要があるけどね」
レドラスのステータスは肉弾戦を主体としたもので、魔法はブレスの炎ぐらいしかない。
とてもツァリスの補助ができるとは思えない。
「オレが協力すればみんなは助かるのか?」
「そうだね。けど、アンタにとっては望まない結果になるだろうね」
「……やる」
レドラスが頷く。
「もうオレにとってこの街は故郷みたいなものなんだ。そんな場所に住む人たちが訳も分からないまま苦しんでいるなら助けてあげたい。そのせいで苦しい思いをすることになったとしても耐えきってみせる」
「いいね。覚悟ができているっていうなら、この街の人たちはワタシが必ず助けてあげる」
自然な動きでツァリスがレドラスの頭を撫でる。
その顔は間違いなく母親そのものだった。
☆コミカライズ情報☆
7月23日(土)
異世界コレクターのコミカライズ第2巻が発売されます。
ぜひ手に取ってみてください。




