第19話 死臭する街
冒険者ギルドの職員の中でも解体を専門にしている者たちが率先して巨大百足の体を解体している。あまりに大きすぎて冒険者ギルドにあった魔法道具でも収納することができず、硬い皮膚に苦戦しながら解体するしかなかった。
「それでも倒したばかりの頃に比べれば解体しやすくなったさ」
解体班のリーダーがいい笑顔で笑いかけてくる。
「やっぱり俺たちで切ろうか?」
神剣なら時間を掛けずに切ることができる。
「いや、これは俺たちでもできる仕事だ。あんたたちは自分の仕事に集中していてくれ」
俺たちに任されたのは街に魔物が残っていた場合への対処。
大型の被害が目立ったせいで街へ侵入した小型の魔物への対処が遅れている。先ほども避難している母娘が狙われ、冒険者によって救われている。
油断は禁物。もし、巨大百足のような魔物が出現した際には俺たちが対処するしかない。
「レドラスに促されたからだけど、俺たちが戻ってきてよかったな」
「そうですね」
「この百足だって動かないから解体できるようなものよ」
隣にはシルビアとアイラがおり、メリッサとイリスには別の仕事を与えたため別行動をしていた。
「大丈夫か?」
後ろを歩いていたノエルの表情は暗い。
視線の先には巨大百足があり、耳がペタンと倒れている。
「やっぱり巨大百足が強かったのはペレのせいなのか?」
「少なくとも神気の影響を受けているのは間違いない」
元はサンドワームだったらしい。そこに大量の神気を受けたことで肉体が変質してしまい、百足へと進化した。地中での移動能力と攻撃の助けとなる手を求めた結果らしい。
倒されたことで神気が腐臭のように漂っている。
普通の人間には問題ないが、ノエルのように神気に対して敏感な者に対して有毒になっていた。
「よう、ちょっといいか?」
「そっちこそ大丈夫なのか?」
近付いてくるアルハンドだったが、その表情は見るからに疲れていた。
「大変だけど、やることをやらないわけにはいかないからね。今回の件について知っていることがあれば教えてほしい」
「いいぞ」
火山で遭遇したペレについて教える。
以前はマウリア火山にいなかったはずの神で、現在は何らかの目的があってマウリア火山に居座っている。
ペレの言葉、それに緊急信号が上がったことから急いで戻って来た。
「サンドワーム共は地下を掘り進んで街の下まで侵入してきたんだろう。誰も地面が崩落して、そこから出てきた魔物に襲われるなんて考えないだろ」
結界という絶対の安心を寄せることができる魔法道具があったからこそ油断してしまった。
突然の襲撃に対して誰も行動を起こすことができなかった。
「だけど、そんな簡単な言葉で片付けられるような被害じゃないんだ」
建物は崩れ、溶かされてしまっている。
被害にあった人間は観光地エリアで多く、最初の襲撃から2時間が経過した今でも数百人の犠牲が確定している。これからもっと増えるだろう。
早急に対処しなければならないのは地面だ。サンドワームが火山から街まで掘り進んだことで、いつどこが崩落してしまってもおかしくない状態になっている。
「地面の方だけでも請け負ってくれて助かっている」
一刻の猶予もない状況なので、メリッサとイリスが協力して穴を埋める作業に従事している。
規格外の魔法とスキルならあっという間に終えられるだろう。
本当は俺も手伝った方が早いのだが、地中での作業は崩落の危険もあって眷属の全員が許可してくれなかった。
「さすがに今の状況を見過ごすわけにはいかないからな」
さらなる被害者が出ないよう協力するぐらいは惜しまない。
「それで……街に戻って来た時にいたのが、レドラスでいいのかな?」
「そうだ。戦闘が終わった後はどこかに行ったらしいけど、仲間の一人が一緒にいるみたいだから大丈夫だと思う」
街の惨状を目の当たりにしたレドラスは考え込んで姿を消してしまった。
心配したツァリスが一緒にいるから大きな問題になることはないだろうけど、ペレを前にして恐怖していた時とは違う落ち込み方をしていた。
「戻って来た時に火竜の姿を多くの人に見られてしまった。落ち込んでいるみたいだけど、街の状況を考えれば火竜が健在であることを示した方がいいように思う」
マウリアにとって火竜は守り神にも等しい存在だった。
危機的な状況を迎えた時、それまでの1年間も行方不明だったのに駆け付けてくれた。
近くにいる、と分かるだけで人々は希望を持つことができる。
「あいつにも協力させる。これまで何百年も火山を間借りしていたんだから、少しぐらいは街に貢献してくれたっていいだろ」
「助かる」
火山の活動を抑え、恩恵だけを与えるなど十分に役立っていたはずだが、今は黙っていた方がいいだろう。
――ブシュ!
巨大百足の体を突き刺す音がやけに響き渡って来る。
音のした方を見れば、ある冒険者が自分の武器である大剣を突き刺していた。姿勢や彼の後ろの地面を見れば勢いよく突っ込んだのが分かる。
突き刺された場所からは、緑色の血が溢れ出て、地面を染め上げるだけでなく突き刺した冒険者の体まで緑色に塗れていた。
「へっ、化け物が! 人間の力がわかったかよ!」
巨大百足は襲ってきた魔物の中ではボスだと言っていい。
魔物の襲撃によって知り合いや大切な人が傷付けられてしまったのか、冒険者は平常心ではいられなかったみたいだ。
「まったく……倒した魔物に八つ当たりするなんて冒険者失格だな」
アルハンドが叱るべく近付いていく。
なんとなく気になって俺も近付こうとする。
「うん?」
しかし、歩き出したところで服を掴まれていることに気付いて足を止めた。
「どうした、ノエル?」
振り返ればノエルがコートを掴んでいた。
体を震わせ、まるで何かに怯えているよう。そんな様子を見てシルビアとアイラも心配になったらしく気遣っている。
「3人とも……気付かないの?」
「何が?」
「まだ、生きている……」
「まさか!?」
生きている。
倒したものだと思っていた魔物が実際には生きていて、突然起き上がってくるのはよく聞く話だ。
だが、巨大百足に限ってそれはあり得ないと落ち着く。死んだふりができるのは止めを完全に差していない場合だ。巨大百足は魔石を抜き取られているから、死んだふりなど絶対にできない。
「じゃあ……」
誰が?
聞こうとして自分の前提が間違っていることに気付いた。
「そうじゃない。生きているのは、あの百足を強化するのに使ったペレの神気!」
「……!」
魔石を抜き取ったことで油断していた。
巨大百足は元の体に満遍なく神気を与えられたことで強化されていた。魔石を抜き取ったとしても、強化に使用された神気は体に残ったままである。
時間を置けば、いずれは自然消滅してしまうものだ。それでも倒されてから数時間ほどしか経っていないなら、ほぼ残っているようなものだ。
「けど、魔石を回収しているんだから何もできないだろ」
「あれは爆弾だったんだと思う。そして、倒された時点で影響は広がっていた。もう手遅れ」
「何を……」
巨大百足を背にしてノエルに尋ねている僅かな時間の間に、巨大百足の方で異常事態が起きていた。
人々が武器になる物で巨大百足を攻撃し続けていた。武器を持つ冒険者は自身の武器で、武器を持たない一般人でも包丁やナイフを手にして攻撃していた。
ほとんどの攻撃は巨大百足の硬い表皮を貫くことができない。それでも攻撃していた人々は諦めることなく攻撃を続けていた。
はっきり言って異常な光景だ。
「この光景は街のあちこちで起こっている」
「まさか、放置していたサンドワームの死体を相手にしているのか」
どうして、こんなことが起こったのか。
「これこそペレが本当にやりたかったことだと思う」
☆コミカライズ情報☆
7月23日(土)
異世界コレクターのコミカライズ第2巻が発売されます。
ぜひ手に取ってみてください。




